フェルナンド視点⑤
『ルルーシュ様に会いたいか』という質問に、ティアがハッキリ『はい』と答えていたのを聞いてしまった俺は、部屋に戻って仮眠用ベッドに潜り込んだ。
(そうか……ティアは兄会いたさにここに……ッ!!)
喜んでいただけにとてもショックだった。
俺はダシに使われたのだ。
少し前ならそれでも良かった筈が、今はただただ悲しい。
戻ってきたニックにブランケットを剥ぎ取られて用意を促されるも、もう会いたくなかった。
どんな顔をしていいかわからないし、どんな態度を取ってしまうかもわからない。
「ティアレット様のお気持ちを考えてください!」
「…………」
(ティアの気持ち、か……)
シャツの胸ポケットには、ティアからの手紙を大事に入れてある。
毎日数回は眺めているので、文面など見なくてももう諳んじれるようになっていた。
『まだ私達はあまりにも互いを知らなさ過ぎる……そうは思いませんか?』
フトその言葉を思い出し、冷静さが少し戻った。
(──彼女から聞いたわけではない。 全て俺の想像だ……)
いつもの悪癖が出ていたのだ、と気付く。
その想像を否定はできないが、それだけが理由の全てではないのではないか。
そう思いたい、というのもあるが……ティアが兄と会いたかったとしても、俺と婚約して花嫁修業にウチに来る理由としては弱い気がする。
それに前後の会話はわからないが、『兄に会いたいか』と聞いたのはニックで、彼女はそれに答えただけだった。
確かに俺はまだティアのことを知らない。
俺の印象の中でのティアはそんな女性ではないが、それをすぐ疑ってしまう程度でしかない。
本当の彼女はどんな人かなど、おそらく一部の家人の方が俺より知っているだろう。
だから俺は、確かめなければならないのだ。
ティアレットが本当は、どんな女性かを。
──少なくとも手紙の中では互いを知る為にこちらに来る、と決意してくれていたのだから。
そうは思えど気持ちはなかなか上がらず……
のろのろと起き上がり支度をする間、既に俺の気持ちを察しているニックは、いつものように少しだけ俺に尋ねる。
立ち聞きしていたことを責めはしなかったが、呆れたようにこう言った。
「立ち聞きなんて下品な真似をしていたバチが当たりましたね」
「ふぐっ……」
ニックの一言はいつも容赦がないが、詳しく聞いたりはしないし、こちらが聞いていないことを向こうから話すことも殆ど無い。
慣れないうちは信頼されていないのだと思っていたが、よくよく思い出せば昔からこういう人だった気がする。
王都に行ってからは会うのも稀だった彼にも、意識できていないレベルで悪癖が出ていたのかもしれない。
「いいですか? ──どうあれもう既に、彼女は貴方の婚約者です」
そう言ってニックは、俺の背中を思い切り叩く。
それに少しだけ、奮起する。
(そうだ、ティアは俺の婚約者だ)
まずは……長旅を労い、もてなすべき。
(とりあえず悩むのは後! わざわざ来てくれたことへの感謝と喜びを伝えなければ!!)
俺はそう思い、気合いを入れた。
──だが、元々弱い俺のメンタルは先の衝撃から復活しておらず……無理にテンションを上げたことで自分でもわかる程、気合いが空回りした。
困惑を隠しきれない様子のティア。
それに焦り、益々空回りする俺。
巻き起こる負のスパイラル。
(悲しくなってきた……)
折角ムーディーに調えてくれた部屋も、美味しい料理も台無しだ。
だがテンションを下げたら終わる。
どう挽回すればいいのか、どうすれば挽回できるのかわからない。
そんな負のスパイラルを断ち切ったのは、やはり天使だった。
「──あ、あの……無理なさらないでください」
「え……」
「お仕事もお忙しいのに、フェルナンド卿にばかり頑張らせてしまって……あっ、」
気遣わしげに掛けてくれた言葉を途中で止め、なにかに気付いたティアの顔が急激に赤くなる。暫し視線を彷徨わせながら再び何かを言おうとするが、声が出ていない。
やがて思い切ったように息を吸った。
「……ふぇっ、フェルさまにっ」
「!!」
真っ赤になったままそれだけ言って、後の言葉はどんどん小さくなってしまい続かず……『ばかり』ぐらいまでが辛うじて聞き取れた。
その先の代わりに両手で覆った隙間から「ごめんなさいまだ慣れなくて」と、物凄い早口での謝罪が聞こえてくる。
嬉しさよりもまず驚きに顔を上げた俺は、そこで初めて今日、ティアをきちんと見た。
若草色のドレスに身を包んだティアは、まさに天使そのもの。
にも関わらずドレスを贈った側のマナーとして身に付けた姿を褒めることすら、できていなかった。
そのことに、今更気付く。
「──ティア」
「はい……」
「すまない。 余計に気を使わせてしまった……その……」
──ティアのことはまだよく知らない。
気持ち的にはぐちゃぐちゃで、疑いとか嫉妬とか……汚い部分も沢山ある。
だが、それだけではない。
口にしたかった。
儀礼的な意味でなく、心から思う。
今ふつふつと込み上げてくる、様々な感情を。
『よく似合っている』
『綺麗だ』
『来てくれて嬉しい』
なんとかそれらを口にした俺も、それを聞いた彼女も真っ赤になり、その後は互いに無言のまま食事をした。
無言だったし、緊張はしたが……何故か心が軽い。
というか、身体も軽い。
どうやら浮き足立っているらしかった。
──余談だが、季節のフルーツタルトだったデザートプレートは、アイスクリームに変更されていた。
理由を考えると、地味に恥ずかしい。




