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Silver Sisters A ~魔法少女はメイドと敵対する~  作者: 瑞城弥生(みずしろさんがつ)
第壱章 仕えし者たち
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第二話 配置換え

 吉野家のお嬢様とのファーストコンタクトは、簾舞美希にとって最悪だった。

 にもかかわらず、注意もお咎めもなく一週間が過ぎようとしている。

 その間毎日のようにお嬢様の私室に入り、与えられた仕事をしていたのだけれど、あれ以来吉野瑞希に会うことはなかった。

 彼女は朝早く部屋を出て、夜遅くまで戻って来ないのだ。

 美希は部屋に入るたび、あの日の出来事を思い出し顔を赤らめてしまう。

 なによりも目の前に迫って来たあの美しい顔は破壊的だった。

 瑞希に会えないことは寂しかったし、避けられているのではないかと不安にかられたりもした。


「は~」


 ため息をつきながら、美希は瑞希の部屋を掃除する。

 さすがに五大貴族のお嬢様の部屋だけある。いわゆるメインの部屋の他に、寝室、クローゼット、トイレ、シャワー室、ホームシアターと部屋数が多い。

 まるでホテルのスイートルームだった。

 もちろん泊まったことなどないのだけれど。

 そしてなぜかサーバー室があった。

 サーバー室を除くすべての部屋が美希の担当で、掃除をするだけで半日以上かかる程の広さだった。  

 と言っても、寝室以外は誰かが居たような痕跡すらないほどに綺麗である。

 最初にシーツを取り替え、掃除機をかける。その後やることといったら、ホコリ一つない棚の上を拭くくらいである。

 美希にとっては、少しばかり物足りない仕事だった。

 

 一通りの作業を終えて、休憩にしようと思った時、ベットの下でナニかが光った。

 吸い寄せられる様に覗き込む。

 小さなアクセサリー状のものが落ちていた。

 美希は手を伸ばして拾い上げる。

 それは淡い紫色の桜の花びらを模したキーフォルダーだった。

 桜の花びらは吉野家の家紋である。明らかに瑞希の物だとわかった。

 この前のお詫びと一緒に、直接お会いしてお渡ししよう。

 そう考えて、美希はそのキーホルダーをスカートのポケットに突っ込んだ。

 無理矢理でも瑞希に会う口実ができた事を、美希は少しばかり喜んだ。


「簾舞さん、ちょっと来て」


 美希が立ち上がったのと同時に、後ろから声が聞こえた。

 見られたかと思ってどきりとする。

 美希があわてて振り向くと、主任がいた。


「メイド長が、自室でまで来るようにと」

「はい。かしこまりました」


 主任はそれだけ告げると去っていた。

 どうやら気づかれてはいないようだ。

 美希はキーホルダーをもう一度確認してから、部屋を出た。


 呼び出された理由に心当たりはない。

 いや、先日の瑞希とのやり取りが、メイド長の耳に入っていたとすれば大失態だ。あの時見ていた同僚は面倒事が嫌いっぽかったから、あの時の事は誰にも話してはいないだろう。

 もちろん瑞希が話すとも思えなかった。

 それ以外には怒られることも、褒められることもないはずだ。

 メイド長の部屋の前で深呼吸をし、心を落ち着かせてから、意を決してノックをした。


「簾舞です」

「どうぞ、お入りなさい」


 扉を開けて中に入る。

 久しぶりに入るメイド長の部屋は、高校の校長室のようだった。

 大きな机が窓際にあり、その手前には応接セット、壁一面の本棚にはびっしりと書物が並んでいる。奥にはちょっとしたティーセットもあった。美希が知っている校長室と決定的に違うのは、トロフィーのような功績と、歴代校長の肖像画がないくらいだ。

 

 正面の椅子に座っているのは、それこそ校長先生を思い起こさせる初老の女性である。ショートボブで細いメガネ姿が、そのイメージを補完していた。

 彼女こそ、吉野家における筆頭メイド長の鈴森である。


「まあ、お座りなさい」


 メイド長は優しげに美希に声を掛ける。

 豪華な机を挟んで手前にはパイプ椅子が一脚あった。


「失礼します」


 美希は、遠慮がちに、けれど慎重にその椅子に座る。こういったときの作法はちゃんと教わっていた。うまくできたか少し不安だったけれど、メイド長は特に何も言わなかった。


 簾舞美希はメイドである。

 そしてこの国に於いて、メイドとは特別な職業だ。


 大学を卒業後、国家試験に合格し、さらに研修を受け認められたものだけがなれるいわゆる国家資格だ。メイドとなれるのも、メイドと名乗れるもの、メイド服を着ることができるのも、すべて国から許可された有資格者だけである。メイド服さえ国の管理下にあり、コスプレで着ることすら認められていない。もちろん無資格の単純所持も犯罪である。

 そしてメイドとは、礼儀作法はもちろん戦闘技術から料理裁縫、簿記や電気工事まで、あらゆる事をこなす超人でもある。もちろん人によって得意不得意はあるし、それぞれの技能もかなりの個人差がある。

 そのため技能ごとにランク制度が採用されていて、それに従って配属先や給料が決まる。

 いわゆる国家公務員だ。

 メイド長となれば、それらの技能の殆どが上位ランカーであり、特に人事管理に秀でたものが登用される。

 

「仕事の方はどうですか」


メイド長は、定石通りの当たり障りのない話題から入ってきた。 

 

「はい、諸先輩方のご指導のおかげて、なんとかやっています」


 仕事内容自体は少し物足りなくはあったけれど、ここは先輩を立てておく。


「そうですが。あなたは仕事の覚えも早いし、心配ないと主任からも報告が上がってます」

「ありがとうございます」


 評価が良いというのは嬉しいことだ。将来の夢のためには必要である。

 

「入ってそうそう申し訳ないのだけれど、担当を変更したいのよ。良いかしら」


 メイド長は了承を得るような聞き方をしてきたけれど、それは建前だ。メイドの人事に本人の意思など関係ない。ただ命令すればいいのである。それも、研修で教わっていた。


「わかりました。それで、次は何をすればよろしいのでしょうか」


 だから、美希は迷いなく返事をする。

 それに対してメイド長は、美希が全く想定していない言葉を返してきた。


「お嬢様の専属です」

「え?」


 美希はその場で固まった。

2021.2.25 一部修正

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