血反吐にまみれる覚悟 前編
「うーん、ここにも掛かってないな。壊れた仕掛けも多いし、費用対効果に見合ってないかも。釣果ゼロは辛いな……」
オレは今、森に仕掛けた罠を見て回っている。
釣果とは、枝とロープで吊り上げる罠だから適当に言ってるだけだ。
破壊痕はゴブリンによるものが多い。
棍棒での打撃跡が見てとれるから間違いないだろう。
「ったく、アホゴブリンめ。杭作るの結構面倒なんだぞ」
ウサギ型の魔物は、瞬発力と角が危ない。他にも爪や牙が発達したヤツもいるが。
ゴブリンが返り討ちに遭う事もあるくらいだからな。
そいつらが吊り下げられていれば、嬉々として仕留めるって事か。
ふむ、使う枝の高さやロープの長さで工夫しないとな。
吊る機構を複雑にすれば解決するだろうか?
「ギャギャ、ゲギャッ!」
(やっば、近いなっ)
充分警戒しているつもりだったが、考えながら動いていた事でゴブリンの接近に気づけなかったらしい。
とは言っても、向こうがこちらに気づく程の距離ではない。
追い掛けてるのは……ファングラビットか!
好戦的なあのウサギが逃げてるって事は、手負いだな。
上手くいけば、漁夫の利が得られるかもしれん。
(ゴブリンの数は一体か。はぐれゴブリンならオレでもいけるな。液状じゃないし)
ファングラビットはホーンラビットと違って、突進攻撃の危険性が薄い。
牙は鋭いのだが、気をつければ対処可能だろう。突進と噛み付きは同時にしてこないからな。
(オレは子供だけど、それ以上に奴らの足が短いのはありがたい)
ゴブリンはかなり寸胴だ。
だからこそオレの足でも、道をショートカットすれば先回りできる。
その点ウサギ系の魔物はすばしっこい。
手負いにさせない限りあいつらじゃ追いつけない筈だが、武器や石を投げたりするから、それが当たったんだろうと適当に予測する。
「ゲ、ギャッ!」
ゴブリンが投げた棍棒が標的のすぐ脇の地面に当たり、その衝撃でファングラビットが横に吹っ飛ぶ。
木に激突した哀れな小動物は、それまでの傷と疲労も重なったのか、動かなくなった。
(よしっ、丸腰ぃ! くらいやがれっ!)
短剣が無音で空を走る。
投擲用に作られた短剣とは言え、オレは素人だ。
これだけで仕留められる訳がない。
普通のショートソードより更に一回り小さく作られた、特注の剣を手に近づいていく。
「ギャゲッ?!」
草木を掻き分ける音でこちらに気づいたゴブリンが、振り向いた拍子に迫る短剣に気づいた。
どうやら驚いているようだったが、子供の投擲では狙いが正確とは言えず、勢いも乗っていない。
ゴブリンは咄嗟に頭を庇い、短剣はその肘を浅く傷つけるに留まった。だが、それで充分。
「オォッラアァァ!!」
己への鼓舞と威嚇を両立させた叫びを発しながら、ショートソードを上段気味に構えた。
敵が動かないか逃げ出すかなら、このまま振り下ろすつもりだ。
「グギャゲッ!」
狩りを成功させて、歓喜した瞬間に食らった奇襲。
戸惑いは隠せていないものの、それでも目の前に迫る敵の迎撃を選択したようだ。
「ふんっ!」
飛び掛かってきたゴブリンに対して、オレは横に一歩避けつつ、ショートソードで撫でるように斬りつける。
相手の勢いもあったため、ゴブリンの腹に深々とめり込む剣身。
軽量化目的で薄く作ってもらったからか、意外と切り口は鋭い。
「ギャッ……」
ゴブリンの跳躍の勢いを殺しきれずに尻餅をついたオレは、腰に巻き付けている投擲用の短剣を引っ付かみ、地に伏しているゴブリンの胸に突きつけた。
「はっ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ここまで、二時間くらい森の中を歩き回り、並走気味に先回りをした。
ゴブリンに走って近づいた挙げ句、瞬殺とは言え戦闘をしたのだから息も切れる。身体は子供だしな。
だから、気づかなかった。自分の息が荒くて、周りの音なんて聞こえてなかったから。
「ゲギャッアァ!」
突如茂みから飛び出てきた新手のゴブリンに、オレは反応する事ができなかった。
後から思い返してみれば、こいつも一匹だった上に最初のゴブリンとファングラビットの進行方向から来た。
元々二人組みで、挟み撃ちしようとしていたのかもしれない。
この時のオレは、そんな事を考える余裕なんて無かったが。
(しまっ……!)
体は完全に硬直している。
オレは英雄に憧れる、夢見がちな子供に過ぎない。
物語に出てくる主人公なんかじゃないんだ。
咄嗟の反撃なんてできないし、体が勝手に動いてくれるなんてある訳がなかった。
「グゲェッ!」
ゴブリンの棍棒がオレのこめかみを掠める。
走った痛みに反射的に顔を下げてしまった。
明らかな失策。戦闘中に敵から目を離すどころか、無防備にも自分から後頭部を晒してしまったのだから。
あぁ、やっぱりオレは冒険者なんて向いてないんだな、なんて場違いな思考が脳裏を過る。
――バキィッ!
だが、この時ばかりは、本来致命的な反射行動がオレの命を救ってくれた。
オレが下げた頭の真上を、返す刀で横凪ぎにしたゴブリンの棍棒が通過したのだ。
小さくてもモンスターであるゴブリンの膂力が乗せられたその打撃は、オレが背にしていた若木を折り砕いている。
けれども、それ故に折れた木と棍棒が絡み合い、すぐには構え直せない状態になっていた。
「え、えっ……」
ここに至っても、オレの混乱と体の硬直が解ける様子はない。
けれど、醜悪なニヤけ面をドアップで見てしまった事により、込み上げる苛立ちと共に、手が無意識の内にショートソードを強く握りしめていた。
その事実にワンテンポどころかツーテンポ程遅れて気づき、ようやく棍棒を引き抜いた小鬼に向けてショートソードを振るう。
「う、ぅおああぁっ!」
ピッ、と音が駆け抜けた気がした。
「ギッ……」
剣閃は、断末魔さえ上げさせずにゴブリンの首筋を掻き切った。
泥臭すぎるどころか、偶然に助けられただけの情けない戦いではあったが、オレはこの連戦に勝利したのだ。
だが、一つの誤算が生じている事には気づく筈もない。
オレはこのゴブリンに相対する前から息を切らしていて、パニックを起こしながらも必死に撃退した。
当然、体は酸素を求めて呼吸をしろと訴えてくる。
そして、ゴブリンは首……正確に言えば頸動脈を切られている。
体は棍棒を叩きつけた格好のままだから、密着してると言っても過言ではない。ゴブリンと密着とか誰得だよとかいう考えは、この際脇に置いておこう。
ゴブリンの背丈はオレと同じくらいだが、しゃがむような体勢をオレが取っているため、奴の首の下に顔がある。見上げている形だ。
つまりは。
「うぷぇ、がぼっ、うげっ、おえぇっ……」
ゴブリンの流血シャワーを間近で浴びた、という訳だ。
いや、血を浴びるだけならまだマシだったろう。
呼吸のために大きく開いた口の中に、勢いよく血が流れ込んできたのである。
酸素を寄越せと暴れる心臓のせいで、異物が入ってきても構わず体内に取り入れてしまう。
(うぇ、飲んじまった。しかも大量に……気持、ちわるぅ)
ゴブリンの血を飲むと言うだけでも気持ち悪さで悪寒が走るというのに、魔力が潤沢に含まれた魔物の血液を摂取してしまったのだ。
今、オレは猛烈な吐き気と戦っている。
魔力が空気に溶ける暇もなかったため、非常に濃い魔力が体を駆け巡る。
すぐにでも吐き出したいが、空気を取り込むために体がそれを受け付けない。
胸を掻き毟りながら辺りを転がる。声は出せないし上手く呼吸ができない。
体は酷く熱くなり、吐き気と相乗的にオレを追い詰めていく。
(じ、地獄だ……)
唯一安心できるところは、今いる場所が森の出口付近なため、他の魔物が来る可能性が薄い事だろうか。
今来られたら、スライム相手でも殺される自信がある。
(ていうか、動物型の魔物の血ですらこんだけ飲んだら毒なのに、ゴブリンの血なんて飲んでオレは大丈夫なのだろうか……)
幾らゴブリンが低級の魔物故に保有魔力が少ないとは言っても、死にたてほやほやの血液だったから危ないとは思う。
だが問題はそんな事ではなかった。
川で行水をしているのを見た事があるから、この世界のゴブリンはそこまで汚くはないのかもしれない。
だからって、仮にそうだとしても心情的には別物なんだよ。
(感染症とか起きないよな? な? うぅ、頭まで痛くなってきやがったぁ……)
全身を襲う倦怠感と迸る吐き気。
痛みは先程まで無かったのに、頭部に鈍痛を感じ始めてきた。
「ぜぇぜぇ、あァげぇ……うっぷ」
オレは、未だかつてゴブリンの血を人が飲むなんて内容が綴られる物語は、読んだ事がない。
それは、ゴブリンの血を嬉々として摂取するようなサイコパスがいないからだろうが、単純に誰も飲みたがらないからではないかと地獄の淵で感じたのだった。
主人公の戦闘がこれで良いのかって話ですが。
凡人系主人公な上に成長前なので、温かい目で見てくださると有り難いです。
ゴブリンにすら苦戦して死にかける主人公。
作者がドSな訳ではありませんよ? や、ホントに。嘘じゃな(ry




