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薬師マールと天才剣士ナルヴィク

 遠くに目的の街が見える。

 イルネスト周辺よりも魔物の危険度は高いのに、城壁は見えない。

 外周の大半は柵と堀が敷かれ、霊山方向にだけV字に石垣が施されているようだ。


「おぉ、ここが元あたしの目的地、エルーダ!」

「ポンコツかっ」


 彼女の居た場所と当初進んでいた方向は、エルーダとは思いっきり真逆である。

 方向音痴属性が追加されたエルミアに、反射的にツッコミを入れてしまった。

 ぺしーんという軽い音が響く。


「アイズ……女性に手をあげるのは流石にどうかと思いますわよ」


 フランが白い目でオレを見る。

 しまったな。前世のノリで無意識に……なんてのは、言い訳にもならないだろう。

 何気に女性にするのは初だし。この女エルフ、前世の男友達みたいな雰囲気なんだよなぁ……。


 反省の色を見せながら苦笑するオレをフォローしたのは、メルヴィナだった。


「お嬢様。気持ちは分からないでもありませんが、これが冒険者の仲間内のノリですよ」


「コホ、そうなんですの?」


 彼女はフランの問いに首肯する。

 放浪時代に見た冒険者が、先程のような軽いやり取りを見せていたそうだ。


「冒険者も深いんですのね……」


 いや、そんな事ないと思うぞ……。

 この娘の将来が少し心配だ。

 オレも常識溢れる知識人ではないが、着々と世間離れした面子だけでパーティが構成されているからな。しかも全員一芸特化。


「難しい話は置いといて、あたしは気にしないし早くギルドでマールさん? の情報聞きに行こうよー」


 そうエルミアが急かす。

 取り敢えず、街の入り口付近にある馬房に馬を預けて歩きだな。


「お前は早く用事を終えて、飯屋に行きたいだけだろ?」

「あはは、バレたー? そのとーりだよっ」


 オレが茶化すと、何故かドヤ顔で肯定された。解せぬ。


「…………」


 そんなやり取りに対して、何か言いたげな視線が注がれている事には、まったく気付かなかった。



 ◇◆◇◆◇



「え、マールさんってこの街に住んでる訳じゃないのか?」


「さん……? まあそうだ。この街には作った薬を売りに来てるだけだからな。それも最近は人気が出て、冒険者が運搬を担当するようになったし、暫く来ないんじゃないか?」


 ギルドは昼前だと言うのに盛況が続いており、受付嬢は大忙し。

 暇そうにしていた売店――ギルド内で冒険者向けアイテムを売っている――コーナーの男性に聞いてみたら、まさかの事実が判明した。


「ギルマスがエルーダ(ここ)で買ったとは言ってたが、確かに住んでるとは限らないか……」


 薬師のマールさんは、霊山近くにある村に居を構えているらしい。

 効率を考えれば確かに納得のいく話なのだが……。


「どう思う?」


 売店を離れ、ギルド内の休憩スペースで話を向けると、意図が伝わったメルヴィナだけが頷きを返す。

 他二人はきょとん顔である。うん、そのままの君たちでいてください。


「そうですね。まず、霊山付近にただの村があるというのがおかしい気もします」

「だよなぁ」


 霊山は素材の宝庫だが、同時に危険な魔物の楽園である。

 イルネスト程ではないが、この街にも霊山方向にだけ防壁が建っている。この事実だけでも、一帯を治める領主が霊山を警戒している事は簡単に推察できた。


「防備がかなりしっかりした村だとか、精鋭の兵士が常に駐在しているとか、隠居したSランク冒険者が住人なんて話なら、まだ納得できるんだけど」


「成る程。二人が言いたいのは、街と霊山の間に普通の村があっても、有事の際は抗う術なく消えてしまうという事ですわね?」


 フランは、これだけの会話で懸念点を把握できたようだ。

 エルミア? 頭の上にハテナマークが増えてるよ。


 その村には、ギルドの出張所すら無いって話だ。

 多くの場合、村にギルド関連の施設は置かれない事が多い。

 けれど、霊山からの素材買い取りがある。

 支部とは言わなくとも、出張所くらいは(くだん)の村にあっても良い筈だった。


「しかも、稼げている薬師が需要のある街に移り住まず、冒険者を雇ってまで運搬してるんだぜ」

「んー、でもそれ、新鮮な素材じゃないと調合が上手くいかないとかじゃない?」


「……可能性としては普通にありそうですね」


 森の民(エルミア)の的確な指摘に、同じく回復をメインとする回復術士(メルヴィナ)が同意を返す。

 確かに、一見理に適っている。


「けど、この街にもマールって人以外の薬師は居るらしいぞ? 彼女の作る物はずば抜けて質が良いってだけで。その質に鮮度が直結しているのかも知れないし、一部は調合が出来ないってのは可能性としてある。でも、彼女の腕自体がかなり凄いって話だから、危険性を考えれば街に居つくと思うんだが」


 こいつぁ、変人の臭いがしてきましたな。

 鍛冶師なのに各地を放浪する、アルドーさんみたいな人物かもしれない。


「アルドーさんは、長命種な上に実力もありますし、何より目的のため、腕が鈍る前に放浪を始めたそうですが……」


「けふっ。薬師の女性はかなりお若いらしい、と聞きましてよ」


 うーむ、実際に行ってみないと分からないか。

 ただ、村の地理に関しては、推測通りであれば胸くそ悪い思いをしそうだ。

 気持ちの準備だけはしておくか。


「どうする? 情報もこれ以上は集まらなさそうだし、もう向かうか?」


「え~、ご飯は!?」


 そう言えば、昼食がまだだったな。

 だが距離的に、どうしても薬師が住む村へ到着するまで一泊は挟んでしまう。

 なので、早急に出発したかったのだ。日も暮れる時分に伺うのは失礼だし、偏屈かもしれない相手だから、配慮するべきとの判断である。


 話し合いの末、昼食後速やかに街を出る手筈となった。

 方針が決まったので、早速移動を開始する。


「あれ、君たち依頼受けてかないの?」


 席を立って動き始めた段階で、ボーイッシュな髪型の受付嬢から声が掛かった。

 見ると、人混みは会議をしている間に解消されていたようである。

 休憩とばかりに水分を摂りながらギルド内を眺めていて、何もせずに出ていこうとするオレたちが見えたのだろう。


「えぇ。目当ての人物が街に居なかったので」


 簡潔にそう伝えると、彼女は納得した表情を見せた。


「あぁ、ナルヴィク様のファン? それとも無謀な挑戦者君かな」


「ナルヴィク?」


 誰だそれはと言いたいのを堪えて質問する。

 口ぶりから、彼女がナルヴィクなる人物に心酔しているのが伝わってきたからな。


「え、君たち冒険者だよね? エルーダで彼の存在を知らない人なんて、まだ居たんだ……」


 会話にならないので続きを促すと、その人物の情報を熱烈に語られた。

 曰く、超イケメンのAランク冒険者。

 天才的な魔法と、流麗な剣技を誇るソロ冒険者らしい。

 かつてはパーティーも組んでいたらしいが、彼の実力に追い付けず解散したのだとか。凄くどうでもいい。

 年齢はまだ十代らしく、日本であればお酒も飲めない若造だった。


 今は依頼で街を離れており、それが終われば拠点としているこの街に一度帰ってくる予定らしい。そろそろ帰還するのではないかと伝えられた。だから知らんて。会う予定もない。

 興味無さげにしていると、この一帯周辺の超有名人なんだから一目見ておくべきだ、絶対虜になるからと熱弁された。まぁ、ウチのパーティーじゃ誰も知りませんでしたけど。


 あと、オレはノンケなので、男に虜にされるとかおぞましい事言わんで頂きたい。

 NTRなんて鬱展開にはさせる気がないし。フラン以外の二人なら慕情を抱こうが構わないけど。

 紹介の中で、「君もかなりイケメンだけど、ナルヴィク様は更に華があるんだよね」なんて余計な事も言われた。じゃかしいわ。

 顔の造形は整ってるのに、モブオーラ出しててすいませんねェ!


「わたくしたちの探している人物は、薬師のマールという方ですわ」


「あ、そっちね」


 急に興味を無くしたような受付嬢。

 話が途切れたので、会釈してギルドに併設された食堂に向かう。


「そんじゃ、さくっと食べて行きますか」


 山が近いからか、山菜メニューが多い。

 可もなく不可もなくの味だったが、オレも毎度毎度料理ばかりしたくないからな。


 そもそも、この街に美味い食事処があるかも不明なのは、腹ぺこエルフの精神衛生上、言わないでおいた。



 ◇◆◇◆◇



 そんなこんなで、目的の村に到着である。特筆すべき事はない。

 道中は、たまに出る魔物もエルミアが遠隔狙撃で葬ったため、かなり順調だった。

 強いて挙げるなら、エルーダで食事を摂った後ギルドで一悶着あったが、特に無双に関連した話ではないので割愛する。


「村の方から教えていただいた情報ですと、こちらの筈です」


「あれじゃない? 煙突から湯気か何か出てるし」


 まだ日が高い内に到着できたため、特に休息なども挟まず伺う事にした。

 薬師の自宅に併設されている工房から気配がするので、取り付けられた扉をノックし、暫し待つ。


「はーい」


 出てきたのは――


「おまたせしましたぁ。えと、どちらさまでしょー」


 よ う じ ょ。


 今までの奴らの反応(リアクション)が、一気に線で繋がった瞬間である。

 彼らへ抱いていた疑問が、完全に氷解した。

美人侍女「つまり、ペド野郎と誤解されていた可能性が高い、と」

アイズ「そこまでは言ってねぇし行ってねぇよ?!」

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