彼の身に起こりし変化
魔法の展開が間に合わず、体勢を鑑みれば避ける事もできない。
糸の排除に振るった剣は流れていて、エルミアを抱えた側の後方から火炎弾が迫っている。
「ちぃっ!」
舌打ちを挟みながらも、オレは躊躇なく身体能力強化が施された腕を盾にした。
鍛え上げられた反射神経を用いて、自身とエルミアに迫る炎を掻き消すように腕を振るい――
「え?」
――本当に消えた。
呆然とした誰かの声が、他人事のように耳に届く。
火球は完全に消えた訳ではない。
その殆どが消滅し、残り火がオレの片腕を焼いている。
だが……熱くない。
熱は感じるが、それだけだ。
まるで熟練の料理人が常人では火傷する状態の鉄板に触れて、温度を確認する程度の感覚でしかない。
「オレは今――」
「今、アイズは――」
「おにーさん――」
――何をした!?
オレたち全員の声が、内心も含め一致する。
だが、敵がそんな隙を逃す筈もない。
再三、蜘蛛の糸が飛んでくる。
「驚くのは分かりますが、まだ戦闘は続いていますよ!」
反応が遅れたオレたちを、メルヴィナがメイスで守ってくれた。
「助かったメルヴィナ。ちっ、後衛に庇ってもらうとか最高にカッコ悪いぜ! 挽回してやらぁ」
彼女の献身で気を取り直せた。
メルヴィナが蜘蛛型の魔物と糸を通して力比べをしている。
その糸を魔法で燃やして、オレは戦線を上げに向かった。
「森は任せろ。村の中は頼んだぞ。メルヴィナは二人の護衛と周囲の警戒を頼む」
「はい。任されましたし任せましたよ、アイザック君」
言葉だけでなく視線で互いの理解を認め、オレは蜘蛛や火を放ってきた魔物の方向に駆け出した。
巨大な蜘蛛たちは、既に退却を始めている。
「逃がすかよ」
適材適所である。
エルフは森の民だが、流石に木々を伝う魔物の集団に弓矢では相性が悪い。
逆に、オレはピンポイントで魔物を遠距離から倒す術を持っていないからな。
速度はオレの方が速いので、確実に距離は縮まっていく。
「はん。そんな糸、警戒している相手には波状攻撃以外で効くわけないだろが」
足止めに糸を吐き出す個体は、ただ避けられて爆散するのみだ。
オレが雷魔法を込めた投擲ナイフが着弾し、一匹、また一匹と炸裂させていく。
「後は逃げに徹した個体と……これをやった奴か」
移動中に、先程攻撃を防いだ腕を見る。どうやら火傷もしていないようだ。
ただ、腕の表面を魔力が奔っている気がした。
「これは……鱗?」
魔力の流れが、指で文字を書かれるような感覚をオレに与える。
オレはその形を、直感的に鱗と表現していた。
「なんだかよく分かんねぇが、そんな事より調子に乗って奇襲してきた、蜘蛛野郎共を葬らんとな」
気持ちを切り替えて、距離が詰まった蜘蛛たちに魔法を放つ。
「雷音」
百獣の獅子を象った魔法が、逃げる魔物を越えた先で破裂する。
それは咆哮の如く音を撒き散らす。
ついでに、放つ光は通常の雷よりも強い。
「自然界には、スタングレネードなんてねぇだろ。そんじゃトドメだ」
まぁ、この世界自体に多分スタングレネードなんて無いんだけど。
少なくともオレは見た事がない。
これで、オレの感知する限りの蜘蛛は全滅だ。
残りは、火吹き野郎だな。
「蜘蛛共が、あいつらを逃がす囮の役割もあるってのは分かってんだよ。だが、その程度の時間稼ぎでオレを撒けると思うなよ?」
逃げた方向は分かっている。
オレの索敵の感触が間違いなければ、そこまで敵は足が早くない。
幾度か立ち止まって気配を探り、囮を使う敵の思考を逆算しながら追い掛ける事、数分。
オレに火を浴びせてきた野郎との対面を果たした。
「これは、蜥蜴……いや、ワイバーンのゾンビ?」
その皮膜は破れ、異臭はそこまで強くない。
しかし、刻まれた裂傷が確実にモンスターの命を絶っていると確信させている。
あの傷で生きていられる筈もないし、何よりステータスが見えないのだ。
「オレの鑑定擬き……何故かゾンビだと見れないからなぁ」
同じように動いていて性能も個体差がある癖に、生者しか見れない理由は気になる。
ただ、それよりもオレの興味をそそる事実が目の前に鎮座していた。
「オレが殺した奴、だよな」
以前ドラゴンに襲われた時、取り巻きにいたワイバーンと種族が同じだった。
そして、付いている傷もうっすらと見覚えがある気がする。
えぇ……何、恨みはらさでおくべきかってか? 勘弁してくれよ。
「フィクションみたいに、パワーアップしてなくて良かった良かった」
特に描写をする事もない程、瞬殺だった。
二匹が軽くなった肢体で駆けずっていた訳だが、生前より強くなっていたりはまったくしない。寧ろ体も脆いので、弱体化していたのである。まぁ、死んでゾンビになったらパワーアップとか良く分かんないしな。
火事場の馬鹿力したいなら、せめて体の強度上げてから出直してこい。おまけに飛べないとか、最早やる気を疑う。
「………………」
ただ、少しきな臭い。
こいつら、本当に二匹だけだったのか。
統率者もなしに、蜘蛛と連携して奇襲を仕掛けてきたのか。
思うところはあるが、痕跡は何処にも残っていない。
無理矢理納得するしかなかった。
仮に黒幕が居たとして、先にワイバーンゾンビを追っても捕まえられたとは思えないしな。
逃がした蜘蛛型モンスターが、また村を襲っても困るし。
「おぉ、もう後始末開始してんのか」
「あ、アイズ。お帰りになったのね」
「おー、お疲れー。おにーさん」
オレが戻ってきた時には、既に襲撃してきた魔物の掃討は終わっていた。
エルミアがあの後も大活躍したらしい。
「怪我人は居ますが、皆さん無事ですわ」
「状況を把握して、住人もなんとか落ち着いてくださったようです」
二人の言葉に、村を眺める。
事態が解決したからか、戦わずに避難していた村人が建物からゾロリと出てきた。よくもまあ、そんだけ詰めて入れるものだ。
事前情報とは違って普通の人族も居る。
話を聞いてみると、やはり昔は獣人だけの村だったそうだ。
だが、過疎が進行して村の形態維持が苦しくなり、街で食い詰めた人族を入植させて人口を増やしたらしい。
異世界でも過疎化問題は変わらないのか……世知辛いもんだ。
情報の齟齬も問題と言える。
通信機器がロクにない世界での、情報伝達の遅さや正確性の無さが浮き彫りになったな。
「ベースとなる獣は多種多様なんだなぁ……」
「遺伝的な話らしいですわよ。詳しくは知りませんけど」
オレも知らない。そして知る気もない。
「お、狐の獣人さんがいるな。男だけど」
……双子の山賊はいないのかな。猪の獣人だとバッチシだ。
「……女性の狐獣人を期待してたんですの?」
フランが若干のジト目を込めて聞いてくる。
別にオレはケモナーじゃないぞ。
「オレは特に興味ないけど、界隈では狐耳少女が人気らしいからな。なんとなくだ」
「本当ですの……? 界隈?」
首を傾げるフランも可愛いなぁ。
そう思いながら、撫でり撫でりと彼女の流麗な髪を手で梳く。
「大分慣れましたけど、突然頭を撫でるの、そろそろお止めになりませんこと?」
フランが比較的落ち着いた口調でオレに苦言を呈する。
けど、その表情は言葉のトゲとは真逆の方向を向いていた。
茹で蛸かな?
これがドラゴンを食べた効果……詳細は後程!
次回更新は明後日ですヾ(o゜ω゜o)ノ゛




