落ちこぼれ食道楽エルフ、エルミア
前話のあらすじ。
あ、やせいのえるふがとびだしてきた! そしてしげみにだいぶした!
竜剣デュラン&ルダラーン「(えぇ、俺達のお披露目回なのにポンコツに持ってかれた……)」
腕によりをかけたランチに、急遽参入してきたエルフ。
オレが胡乱な目でそいつを見ていると、彼女は突如くずおれた。
「あ、もう誤魔化せない。こんな匂い嗅いじゃったら無理だよ……」
脳が空腹を自覚しちゃった。小さくそう溢す人物を、オレは更に険しくなった目で見る。
フランは突然の事態にポカーンと口を開けて固まっていた。
「うーん、どうしましょ」
メルヴィナだけが、あらあらと頬に手を当てながら対応に迷っている。
彼女の境遇から考えて、行き倒れを見捨てられないのだろう。
ただ、立場上彼女一人で決断が出来ないため、視線をチラチラとこちらに寄越すだけに留まっている。
「あ、これならいいですよね」
パンと柏手を打つように手を合わせたメルヴィナは、ごそごそと懐から食料を取り出した。
その手にはイルネストで購入したドライフルーツと、自家製ジャーキーが握られている。
まぁ、それなら自分で買った物と個人支給された携帯食料だからな。
因みに、ジャーキーの素材はオークではない。元になったのは、豚男爵子息の絡みを躱す口実に倒した害獣、イノシシさんである。どいつもこいつも豚ばっかだな。
オークジャーキーはニャイトの好物なので、オレの所持していた分まで旅立ち前にぶん取られてしまった。飼い主の旅立ちに非常食奪う飼い猫よ……可愛いから許すけど。
「え、くれるの? ありがとー! ――って美味っ、この干し肉!」
施しを受けた行き倒れエルフは、物凄い勢いとテンションで差し出された物を食べ始める。
正直一目瞭然だが、渡した分では足りなさそうだ。
食料の融通を求めてか、メルヴィナがすすすっと近付いてくる。
「アイザック君、今回だけでも……」
「……仕方ないな」
ポンコツ臭漂う図々しい奴だが、初めて逢ったエルフである。
一食分程度なら、情報料みたいなものだ。
エルフへのイメージをぶち壊しにしてくれた迷惑料含め、ツケとして計上しよう。
袋から出した野苺のジャムパンをフランが彼女に手渡す。
「え、これも良いの? 君たちいい人だねっ。人族にこんなに親切にされたの、初めてだよ!」
以降もスープなどアイテム袋に保管可能な物を中心に、多種多様な食事が彼女の胃袋に吸い込まれていった。
フラン、キラキラした目で餌付けするな! まるで青狸の持つ四次元ポケットを初めて見た子供みたいな顔しやがって……あ、それオレのしょうが焼き!
「え、何このスープ、今まで食べてきた中で一番好きな味かも! ほわっとして食欲増進してくるよー」
「……一食で足りるだろうか、いや足りない。反語」
遠い目でオレはそう呟いた。
あ、味噌汁気に入ってくれたのはサンキューな。
◇◆◇◆◇
行き倒れエルフの名は、エルミアと言うらしい。
緑が混じった金髪をポニーテールにしており、種族特性の例外なく美しくはある。
ただ、普段の彼女は、美人というより愛嬌を感じさせる態度と顔の造形だった。
何処がとは言わないが、良くあるすとーんなまな板でもない。メルヴィナ程ではないが、そこそこある。
格好は軽装で、この世界で初めて見たヘソ出しファッションをしている。
服の隙間からは健康的なくびれを覗かせており、その腰を見たメルヴィナの顔が一瞬だけチベットスナギツネばりの顔を見せたのは、気のせいという事にしておこう。
「アイザック君は何も見ませんでした。いいですね?」
そうしないと、多分背後のおねーさまにぬっ殺されるしな。
助けてシャルさんっ、この女性ヤンデレの素質もあるよォ!
「ごちそー様でしたっ! お礼にこれどうぞ!」
「まぁ、奇麗な木彫りの髪留めですわね。部分的に藍色に染まっているのも優美ね……」
フランが手渡されたのは、エルフの手作りであろう見事な細工品だった。
木の温かさと藍色の品がある部分が絶妙なバランスを醸し出している。
「それ、あたしの故郷の特産品なんだー。他の部族にも人気だし、里の外に出る時は交易品として持たされるの」
「そんなもの、頂いて良いんですの?」
フランが遠慮がちに聞き返す。
「なんのなんの! ……多分あたしが食べたご飯の方が高いしっ」
だろうね、としか言えん。
そんなやり取りを、オレとメルヴィナは苦笑しながら見つめていた。
「彼女、目指す方向は同じみたいですけれど、どうします?」
「んー、別々で良いだろ。聞きたい事は聞けたし」
食後、オレは対価として色々質問した。
教えてもらったエルフの内情は、色々と衝撃的なものが混じっている。
まず、この世界のエルフはあまり弓を使わず、有り余る魔力で戦う者が殆どらしい。
なので、個人的には抜群にイメージが強い弓を構える姿も、殆ど見られないと言われた。
他にも色々聞いたが、長くなるので今回は割愛しよう。
「仲間に入れて欲しそうな目で見てますが……」
「スルーで」
パーティーメンバーにエルフというのは、前世では良くあるが今世の英雄潭ではかなり珍しい。エルフの存在や独自性に憧れがないでもなかったが、彼女のステータスを見てオレは早々に見切りを付けている。
軽装且つヘソが出ているため、各種ステータスを知る事が出来たのだ。
その結果、彼女の魔法適正が無さすぎる事が分かった。
一般的な人族よりも低いって、思わず涙がちょちょぎれるかと思ったぜ。
肉体的なステータスはそこそこ高いけど、当然ながら今のオレには遠く及ばない。
所持品は背負い袋が一つだけで、武器らしき物は脚にあるホルダーから覗く短剣だけだ。
「悪いが、装備的にウチのパーティーとは合わないだろう」
「そうですか……まあ、アイザック君がそう言うなら仕方ありませんね」
女の子の情報を盗み見る事に抵抗はあった。けど、思い返せばフランたちを見たので今更だ。
この鑑定擬きはどうせ詳細な情報が分からないし、オレしか知覚できないから犯罪でもない。
しかも、魔法が使えなくて落ちこぼれ扱いされたから、外界の美味しいもの食べたくて里を出たって自分で言ってたからな。
よし、正当性証明終了!
そうしてポンコツエルフさんと別れて歩く事、数時間。
「腹、減ったなぁ」
「私も昼食を切り上げてしまったので、少し……」
早めの昼食だったため、元々量は少なめにしていた。
何より、何処ぞの腹ペコ娘が平らげてしまったので、そんなに食べれていない。
フランは少食だから気にしてなさそうだが、オレとメルヴィナは空腹が露呈してきていた。
「よし、腹が減ったら食べれば良かろうなのだ」
なので、おやつ代わりにクレープを焼く事にした。
砂糖は貴重だし空腹なので、甘くない食事クレープである。これなら腹にも貯まるしな。
「この粉、初めて見ますわね。イルネストでも作れないかしら……」
米麹の代用品となった収穫物は、麺を提供していたオヤジが居たように、そば粉のようにも扱える。
それを用いたクレープなため、フランス北西部の郷土料理、ガレット風だ。
「じー……」
中々良い焼き上がりだ。
等分するつもりで様々な味を作ったのだが、香辛料をふんだんに使った物からは、特に香ばしい匂いが漂ってくる。
粉自体の香りも小麦粉より香ばしいので、正直堪らないな。
「じぃー……」
話は変わるが、先程遭遇した誰かさんとは通る道が同じだったので、付かず離れずの位置にいる。
こっちが休憩してもあちらも休憩するという、ストーカーめいた行為も散見された。
オレたちと遭うまで森の中を歩いていたのは何だったのかと思うが、わざわざ絡まずに静観してきたのである。
この瞬間までは。
「おい、何のつもりだ?」
「え、いや。良いなぁ、美味しそうだなぁ……って?」
最後が何故か疑問系になったが、物欲しそうな目で見つめてくる。
おかしいなぁ、エルフって大食い種族じゃなかった筈なんだけど。
「あんたさっきあれだけ食っただろ?!」
フランがあまりの驚きに子供心をくすぐられる程の量を、彼女はその胃袋に詰めた筈だ。
「どこまで入るのかしら……」とわくわくしていた彼女の頭を思わず撫でてしまったが、オレだって驚愕したんだぞ。何せ、食べ盛りの男子が摂れる量の、軽く三倍は食べていたからな。
オレの言葉に後ろめたくなったのか、しおらしい態度でもごもごと言葉を紡ぐエルミア。
その表情からは申し訳なさが滲み出ており、先程までの快活さは見る影もない。
「だ、だって……そんな暴力的なまでの匂いを撒き散らされたら、誰でもお腹減っちゃいますよぅ……」
「いや流石に限度があるだろ!?」
前世、友人と食べ放題の食事店で限界まで詰め込んだ記憶がある。
その時は、好物の匂いを嗅いでも食指は誰一人微塵も動かなかった。
「あ、お腹鳴っちゃった……恥ずかしっ」
吸引力の変わらない、ただ一人のバキュームエルフがそこに居た。
自分で書いておいてなんだけど、もっと恥ずかしがる所あると思う。
戦闘回まで持っていくプロットでしたが、終始大食いエルフの話でしたね……。
無理矢理戦闘に持っていくよりはメリハリ効いてキャラ立ちもして良いハズ!