楽しい楽しい対人訓練が、無双どころかイジメになった件 中編
斜めに打ち上げられた体躯は、高い天井間近まで飛ばされている。
この軌道じゃホームランだな、枠を狙え枠を。
眼下を見ると、まだ遠いがギルマスのおっさんが追撃とばかりにこちらに駆け寄ってきている。
空中で半回転して体勢を整え、修練場の壁を足場に着地ならぬ着壁。
地味に足が痛い。
「ぬおっ! どんな馬鹿力だよ、勢い殺してこれかっての」
けど、まぁ。
「次はオレの番だぜ!」
言葉と同時に剣を投擲。コンマ数秒後に壁を強く蹴り付けて離脱する。
オレのスタイルには二刀流もあるため、背中には木剣をもう一本背負っているのだ。無手にはならない。
「ぬっ!」
気付いたか。
どこぞの世界一の殺し屋のように乗れはしないが、それでもオレと木剣の到達時間に差はほとんど無いのだ。
木剣を弾けばオレへの攻撃は威力が弱まる上、こっちがカウンターを叩き込みやすい。
だが木剣を無視すれば当然命中する。その場合、少なからず体勢を崩すだろう。
オレが攻撃を常に受けていた以上、向こうが避けるとも思えないが、仮に回避行動を取ってもこのタイミングなら無理な避け方になる筈。
その場合は急速転回して一撃加えてやるぜ。
「――舐めるなァ!」
ブゥワンと音を立てて大剣が唸る。
「はぁ?!」
おっさんは体を半歩横にずらし、剣を地面に向けて振ったかと思うと、その軌道に逆らうように大剣を振り上げた。
迫る木剣を見事に躱し、巨大な木の塊がオレに迫る。その動線は、まるで天を衝くかのように急角度だった。
投擲した剣が皮鎧を擦るのなんて、気にも留めていない。
(野球のアッパースイングじゃねーんだぞ!)
いや、アッパースイングでもここまで急じゃないか。何処のキザ虎先輩だっての!
空中にいるまま足先を前に向けて突き出し、スウェー気味に体を後ろに逸らす。
元々、力任せの突きとかを警戒して、木剣の到達地点より僅かに手前に降り立てるようにしていたから、なんとか避けられそうだ。
――ブウゥォォン!!
鼻先数ミリを木製の大剣が通過した。
風圧で体が硬直する。
髪が数本弾け飛んだ。
(やめれ! ハゲるわ!)
「あれを避けるか!」
「どんな反射神経してんのよ!」
いい加減ギャラリーの反応が煩い。そろそろ終わらせたいところだ。
オレは靴底の横側、メタルリザードの鉄革で作られた部分で床にストッパーをかけながら着地した。両足で滑るように勢いを殺す。
ギャリギャリギャリィと甲高い音を鳴らしながら火花が散った。
「どっ――らァアァァ!!」
勢いが幾らか減衰したのを見て、一気に距離を詰めつつ渾身の突きを繰り出す。
相手はまだ、全身運動に近い斬り上げのせいで体勢を戻しきれてない。決まりだ!
「やらせる、かっ!」
ガギッという鈍い音が耳に届いた。
苦悶の表情を浮かべながらも、やってやったぜと言わんばかりに口元を歪めるギルドマスター。
彼はなんと、避けるのも剣を完全に引き戻すのも間に合わないと見るや、体を捻って柄でガードしたのだ。
右手と左手の間に僅かに作った隙間で突きを受け止めるなんて、正気の沙汰とは思えない。少しズレるだけで、手の骨のどちらかは複雑骨折の憂き目に遭った筈だ。
剣先が柄を滑って素通りする可能性もあったのに、なんて奴だよ。
「ははっ、これも防ぐのかよ。最高だなあんた!」
やべぇ、楽しい!
「こっちは面目丸潰れで、最低、だがな!」
この男より強い人間なんて、今のところセルバフしかオレは知らない。だがセルバフは、暗さ……斥候タイプだから攻撃は受けずに避ける。
彼ならオレの剣技を、なんでも返してくれる気がするぜ。
全力を受け止めてくれるって、なんて気持ちいいんだろう。
「へぇ、そうかい。じゃあ最低ついでに、技の実験だ……お披露目相手になってくれよ」
ニヤッとした顔でオレは言葉を放つ。
こんな感じの相手に、使ってみたい技があった事を思い出したんだ。
足を止めて打ち合う、堅牢なタイプの敵を想定した我流の剣技だ。軽く身体能力強化を発動する。あまり使いたくはないが、素の筋力じゃ必殺技になり得ないから仕方がない。
「――連閃・離霞」
バゴッ。ギュリィッ。ドキャッ。ガンッ。連続した殴打の音が、相手の剣や鎧から響く。
「なっ、ぐぁッ、ぅぐぁ、くっ!」
踏み込んで斬るのではなく、踏み込んだ後に斬りながら離れる。
着地と同時に再度踏み込み、繰り返される文字通りのヒットアンドアウェイ。
攻撃直後の隙を減らした絶え間無い斬撃。それがこの技の主旨だ。
ポイントは、本来の斬撃とは逆足で踏み込む事。
「まだまだ行くぜぇ、超至近距離から放たれるッッ、怒濤のラッシュ!!」
端的に言って、攻撃とは重さである。パンチ一つとっても、腰が入ってない手打ちのパンチでは威力が出ない。
重心の移動と共に、重さを叩き付けるからこそ攻撃は威力を増す。
技量が同じであれば、体重が軽い人よりも重い人のパンチの方が威力が高いのは、想像しやすいだろう。
だが、重い斬撃はその後の隙が大きい。どんな達人でも、踏み込んで剣を振るえば多少の隙が生じる。
駆け抜けながら斬るのはカウンターを貰いやすい。そして連撃のテンポが悪すぎる。
その点、この技は通常よりも深く相手の懐に入り、超近接から離脱と攻撃を同時に行うのだ。
それも相まって一撃は軽いのだが、その分攻撃の回転速度が尋常じゃない。更には、鍛え上げたステータスだけでなく身体能力強化も威力を底上げしてくれる。
一撃必殺の剛剣とは真逆の発想だが、この世界では存外有用だ。真剣なら刃を立てれば切れるしな。
「わっ、速い速い! かっこ良いですわよアイズー!」
「ギルマスぅ! そんな見せ掛けだけの技、破ってくれぇ!」
セルバフみたいな斥候タイプには使えないし、魔物は大抵一撃で倒せるから、ぶっちゃけ実戦投入は初めてだ。……模擬戦だけど。
そもそも、オレの常軌を逸した速度と膂力が無ければ、ちゃんとした技として成立しないもんだからな。
技を考えるのって中二心を擽られるし、実際にできちゃうから楽しくて仕方ないんだよな。
因みに、着想のヒントは働きたくないでござ流の奥義とされる、神速の抜刀術である。ん? 本人はあの迷台詞言ってないんだっけか、ニート侍ってだけで。
「まぁ何でもいいや」
前世でのネタ台詞の真相なんて、非常に適当な事を考えながらも、木剣の殴打は止む事がない。いや、やってんのオレなんだけどね。
その勢いは、まるで嵐や竜巻のようだ。違うのは、台風の目だけが苛烈な点だな。
ギルマスはもう、耐える事にしか思考が向いていないようだ。打開策とか無いの?
「うわ、元Aランク冒険者のギルマスが一方的にやられてんぞ……」
「もはやイジメじゃねーか」
イジメじゃない、無双と言え。
「しかも彼、身体能力強化使ってないわよね。それであの動きとか、人間辞めてない?」
「いや、あの珍妙な技に入ってからは薄く使っておるようだぞ」
珍妙言うな。確かに曲芸みたいな技だけど。
「いやいや、だとしてもあの動きは人外でしょ」
「違いない」
……ノーコメント。
「うわぁ。アイザック君の鍛錬は見ましたし、悩んでた時ティーリスさんにも色々聞いてはいましたが、確かにこれは……」
確かにこれは何なんですかねぇ。
それとシャルさん、内容によっては後で覚えてろよ。
「え、え? どうしたんですの皆様。この変な雰囲気は何故なのでしょう……?」
「予想の斜め上だったんですよ、皆さん」
フランだけがギルドに蔓延するムードに取り残されているようだった。
流石天然培養お嬢。いや、褒めてるよ?
「アイズ、かっこ良いですのに……わたくしだけでも応援しますわっ。頑張ってくださいましー! もっと魅せてくださいませー!」
「オレの味方はフランだけだな……」
攻撃を続けながらさめざめと呟く。
「ぬ、ぐ、うぐっ、が、人を、タコ殴っ、りにしながらっ。惚気るの、やめてくれんかッ!」
「ーーごめんなさい」
マジで申し訳ない。
前後編の筈が少し長くなったので分割しました。
模擬戦後はダンジョンや結婚等になります( ´・∀・`)
補足ですが、天駆猫閃(違っ)の作中での着想ポイントは、普通の居合いとは前に出す足が逆って点です。
そこ以外被ってる要素は無く、考えた技がほぼネタ技だったので、着想元じゃないのにネタを重ねてみるという愚挙に出た感じです。
それと、桃白白はともかく、キザ虎先輩ってのはとある野球漫画からです。……あれ? ギャグコメディだったっけ←




