回復術士メルヴィナ
声掛けに反応が無かったからか、ゆったりと上体を起こしたメイドさんは、妙な色気を感じさせる垂れ目でこちらを見やる。
前世で泣きぼくろフェチの友人が居たが、その理由の一端を理解できる程には、絶妙な位置にあるホクロが大人を演出していた。端的に言ってエロい。
「あらあら、初めて聞くお声でしたけど、やっぱり知らない方ですねぇ。もしかして噂の婚約者様……大変、急ぎましょうーー」
え、噂になってるのか? そんな思考が芽生えた瞬間には、彼女から迸る魔力がオレの頭部を包んでいた。
この感触は、実家のメイドやシャルさんに掛けてもらった感覚と似通っている。つまり、回復魔法だ。
原理として、魔力で働き掛けて細胞の治癒力向上などを促したり、人体の構成物質を一時的に代替してるっぽいが、良く分からん。
「これは……」
ただ、そんなオレにも分かることがあった。
今まで受けた回復魔法とは、比べるべくもない程洗練されている。
魔力量も然るものながら、対象の構造理解とか熟練さとか、多分そういった感じの何かがあるのだろう。
なんでこんなところで、侍女をやっているのか知らないが。
このメイド、凄腕の回復術士だ……ッ!
「うーん、もう痛みは消えた筈なのですが、目を見開いて固まってますね。……少し可愛いです」
なでりなでり。
何を思ったのか、目の前の妙齢の女性はオレの頭を優しく撫でてきた。
それこそ、姉が弟にするように。
「ちょっ、何を……じゃない。まずは回復魔法、ありがとう。貴女も怪我はないか?」
「いえいえ~、私を助けてくれたのですから当然の事です。怪我もお陰様でありませんよ」
そう言って手を離し、涼やかに微笑みを浮かべる目の前の女性。
中々に破壊力が高い。
「あ、オレはお察しの通り、フランチェスカと結婚予定のアイザックだ」
「これはご丁寧に。私は当家のメイドで、メルヴィナと申します」
それぞれが挨拶を交わし、数瞬沈黙が支配する。
だからか、内心で燻る疑問が顔を出した。
「なぁ、そんなに凄い回復魔法を使えるのに、なんでメイドをやってるんだ……?」
正直不躾だったとは思っている。
だが、仮にこの家に忠誠を誓っているとかの理由でも、普通は専属の回復術士じゃないか? そう考えた時、ほぼ無意識に言葉が溢れていた。
オレの言葉が理解できないという風に、首をコテンと横に倒し、人差し指を添えるメルヴィナ。
「はぁ……、私の回復魔法ってーー凄いのですか?」
無自覚チートだったよ!
◇◆◇◆◇
滞在中の夕食は、基本的に子爵か子爵夫人と共に摂っている。
勿論フランも居るため、食後にパーティーメンバー候補を紹介される事数回。
メルヴィナの紹介は無かった。
そのため、ウチの暗殺者メイドみたいに、他所には隠す秘蔵っ子かとも思ったのだが、そんな様子も無い。
寧ろ、彼女の屋敷での評判は、妙に力持ちだがポヤポヤしたドジっ娘だとか。
甘やかし系お姉さんタイプで、姉にしたいランキング断トツ一位だとかである。
全くもって、聴取した性別がバレバレな内容だったぜ。
尚、仕事ぶりの評価は男女共にそこまで高くないようだった。
それとなくフランにも話を振ってみたのだが……。
「メル? 包容力と優しさが魅力的ですわね。仕事はまあ、あの通りおっとりしておりますから。え、彼女って魔法使えますの?」
てな具合。もう意味が分からん。
そう思って本人を直撃してみたところ。
「私が回復魔法を使える事を皆さんが知らない訳ですか? 特に何方にも言ってませんからねぇ……。大したものでもありませんし」
やっぱり無自覚な天才か!
なんて思ったのだが、経緯を聞いて愕然とする。
「幼少の頃に教会で習ったのですが、色々ありまして……頻繁に自分に掛けてました。当主様に拾われるまで、かなりお世話になりました。お陰で平穏なこの屋敷の中では、痛みに無頓着なのかもしれません」
その顔が憂いを帯びていたため、流石にそれ以上追求出来なかった。
後でフランたちから話を聞いて、オレは古傷を抉ってしまったのかと後悔する羽目になる。
「彼女は、あれだけ穏やかにいれる事が奇跡と言っても良いでしょう」
「メルの過去は、屋敷の中でも一部の者しか知らないくらい悲惨ですわ。とても周知できる内容じゃないですもの」
曰くメルヴィナは他国の没落貴族、その元令嬢らしい。
温厚な両親に育てられ、親の影響で敬虔な国教の信徒だった彼女。
しかし、政敵に謂われのない罪と宗教家としての汚名を着せられ、一家は凋落の一途を辿る。
命からがら街から脱出するも、各所で背信者と罵られた。挙げ句には病気と魔物の襲撃で親を亡くし、独りで必死に日々を生き延びたのだとか。
貴族って、ほんとクソ。オレだったら信じてた宗教共々呪うぞ。
そんな生活の中で、か弱い少女の寄る辺は、幼い頃に身に付けた魔法だけだったのだろう。
そりゃメキメキ成長もするって。しなきゃ嘘だ。
寧ろ、できなければ生きていなかった筈だ。それだけの研鑽があの魔法にはある。
人生どん底に叩き込まれた存在からの過去の施しに命を救われるとは、何とも皮肉な話だが。
「はぁ……なんて謝罪すっかな」
この世界で、回復魔法という物は医者の施術に近い。
ただ使うだけでどんなダメージも消えて無くなる訳ではないし、血なども産み出せないなど制約が多々ある。
そして何より、使わないと成長しない。
何を当たり前の事をと思うかもしれないが、回復魔法はややシビアだ。
怪我を治すには怪我人が要る。
消費魔力は練度に依存するし、痛みは即座に消えない。
集中力も他の魔法より要するため、基本的には自傷行為でのレベルアップも望めない訳だ。
おまけに治す部位毎に勝手も違うらしい。面倒すぎだろ。
気軽に練習できない分、医者より向上が難しいかもしれん。
そのため、優れた回復魔法の使い手は、教会や治療院にしか居ない。
それがこの世界の常識である。
自分に掛けるのが大変な回復魔法。
それを日常的に死と隣り合わせの中、極限状態で己に使い込み続けた。
それによって、今日のメルヴィナが在るのだろう。
才能はあっただろうが、天才とかチートとか失礼極まりなかったな。
「何方かに謝罪をするのですか?」
「うおっ!?」
背後に忍び寄る双球が肩に触れる。
それだけでオレは誰か分かってしまった。ちょっと自己嫌悪。
「ああ、驚かせてしまいましたか。すみません」
初対面の時のように、丁寧にお辞儀をするメルヴィナが居た。
腕に引っ掛かりたわむ服。お客様! 布地が悲鳴をあげてますよお客様!?
「いや、こっちこそ……すまん」
内心を隠しどうにかそれだけ返す。
彼女の隔意が微塵も無いきょとん顔を見て、ふとシャルさんが教えてくれた追加情報を思い出した。
「メルヴィナは、隠してますが自身の家の復興を望んでいます。旦那様もご助力を申し出たようですが、他国である事と彼女自身が断った事もあり、話は流れたそうです」
因みに、明らかに直接聞いたようなニュアンスでは無かったので、ソースを聞いたら「メイドですから」とはぐらかされた。侍従ネタか何かなの? 流行ってんの?
「冒険者ってさ。Aランク以上だと、下級貴族相当の権力が持てる国もあるし、名声が高まれば自分の家を興せるんだよな」
「どうしたんです突然。アイザック君が目指すという話ですか?」
ここ数日の会話で、気安く話せる程度には仲を深めた彼女の瞳をそらさずに見る。
「いんや。……なぁメルヴィナ。いきなりだけど、オレやフランと一緒に冒険者として旅に出ないか?」
「それはまた、急なお話ですね。ーー私の過去を知り誘ってくださっているのかもしれませんが、拾って貰ったご恩を返すまでは、私はこの家を離れませんよ」
常に細く弧を描いていた瞼がしっかりと開かれ、彼女の意志の強さがしっかりと伝わってきた。
「じゃあ、恩になれば良いんだな?」
言質は取った。
◇◆◇◆◇
「メルが着いて来てくれるなら、より楽しくなりそうですわっ」
オレと旅をするのは、この家で皆に愛されているフランだ。
そのフランの安全に寄与する話なのだから、十二分にキャンベル家に貢献する行為だと言えよう。
そんな説得を、フランの父親に許可を得た上でメルヴィナに行った。
彼女は少し狼狽しながらも、気持ちが揺れているようだった。
「正直、メルヴィー居なくても回るしね」
「ドジに巻き込まれなくなるしね」「ねっ」
本人を前にして語る侍従ズ。
「そんな、私ってお荷物だったのですか!?」
驚愕するおっぱいメイド。
「そこまでは言わないけど……」
「適材適所ってあるし……」
目をそらして明確に否定しないな。容赦ねえ。
「まっ、あたしたちに出来ない事やれるんだから、その力でお嬢様守ってきな!」
「ついでに男でも見つけてきちゃえっ」
「お嬢様傷物にしたら、帰って来た時罰掃除だからな~」
さっきまでの雰囲気は何処へやら、皆笑顔で見送りの姿勢だ。いや、まだ旅立たんぞ?
「み、皆さん……」
次々と掛けられる言葉に瞳を潤ませながら、奮起したのか握り拳が作られる。
尚、潤んだ表情にやられる馬鹿な使用人が数名。
キャンベル家は何処か変なところも多いが、やっぱり温かかった。
回復要員、加入!
これで主人公は全力を出せるようになりますヾ(o゜ω゜o)ノ゛
二章導入をゆったり描いたら三話掛かった……。
これでドラゴン関係や結婚式後回しにしてるんですから恐ろしい……( ´・∀・`)
取り敢えず明日から戦闘入ります-。




