城郭都市イルネスト
第二章の始まりですヾ(o゜ω゜o)ノ゛
視界一杯に広がる高い城壁。
威風堂々とそびえ立つそれらの上は、狭間胸壁がびっしりと続いている。
「おぉ~、これがイルネストか」
街の規模自体は、生家があるアンデルよりも小さい。
だが、領主が規模拡大よりも治安に力を入れている事が各所から見受けられ、第一印象としては中々良い街に感じさせる。
中に入ってみると、住民の雰囲気も賑わうと言うより和やかって感じだ。
「ふふっ、住民全てが家族のようなものでしてよ。きっとアイズも気に入りますわ」
ともあれ、まずはフランの家に向かう。緊張してきたなぁ。
「道中で手紙を送っておりますので、旅の疲れを癒やせる用意は整っている筈です。屋敷に着いたら、アイザック様も本格的にお怪我の治療を行いますよ」
「え、挨拶は?」
「お父様の仕事が一段落取れ次第では? 先触れがあるとは言え急がしい身ですし」
それもそうか。変人らしいが領主サマだもんな、自由気ままとはいかないだろう。
この国は主要な街だと、領主を中心に合議制を一部採用しているのだが、イルネストもその一つらしい。
アンデルは経済の中継点としての面が強かったが、この街は城郭都市として栄えているようだ。
壁の外には広大な穀倉地帯も広がっている。
国境と砦がそこそこ近い場所にある事を考えれば、砦の支援や後詰め、破られた時の備えという側面があるのだろう。
ただ、隣国との関係は数十年単位で穏やかだ。
「寧ろ、代々のキャンベル子爵によって平穏が保たれてきたのですがね」
「お父様もお祖父様も、自国や他国にいる各都市の主要人物との交流を欠かしませんものね。他の貴族どうしの諍いにも、和議の仲介など積極的に行ってますわ」
成る程、変人両親と聞いていたが、仕事は真面目で忙しそうである。
だからこそフランは、遠いアンデルまで名代として顔を出さなくてはいけなかったんだな。
「まあ、そのせいで国に対する金銭的な貢献が乏しいとして、実績に見合わぬ子爵止まりなのですがね」
嘆かわしい事です。そうシャルさんは断じる。
「平穏の実績って評価し辛いだろうけど、国も各活動の成果だって認めても良さそうなのに」
貴族の事は今まで微塵も興味が無かったので、感じた事をそのまま口に出す。
すると、微苦笑を浮かべながらフランが言った。
「仕方ありませんわよ。 陞爵……爵位が上がって、他の貴族たちに難癖付けられるよりかはマシですから」
「へー、流石だなぁフラン。しっかりと親の仕事や周りの情勢まで把握してて、凄いよ」
オレの前世じゃ、親の職業を知ったのすら中学だったし、仕事内容理解したのは大学受験前だったぞ。
よしよしと頭を撫でると、顔を赤くしながらも抗議が返ってくる。
「も、もうアイズ。わたくしを子供扱いするのは止めなさいな。立場が逆なのではなくて?」
「え? フランってまだ15歳くらいじゃ」
立ち振る舞いは大人びてるけど、背は低めだし胸も慎ましやか。
顔も美麗ではあるが、どちらかと言うと可愛い系、つまり童顔寄りだ。
「むっ、わたくしは17歳ですわ。アイズは成人したばかりでしょうに」
マジか。年上なのか。
この海のアイズの目……って似たようなネタ先日やったわ。
そう言えば、劇的な出会いからいきなり婚約者兼師弟になったからなぁ。まだまだ知らない事が多い。
「え、そうなのか。ごめん」
素直に謝ると「分かれば良いのですわ」と言わんばかりに頷くフラン。
「そうなのです。わたくし、実はお姉さんなのでしてよ?」
胸に手を当てて目を瞑りながら、軽くドヤるフラン。
何この生物、かわいいかよ。
「ちょっ、アイズ! なんでまた頭を撫でるのですかっ。なーでーるーなー!」
どうやら、無意識に手が伸びていたようだ。
「はっ。つい」「つい、じゃありませんわ!」
そう怒りつつも、フランは無理矢理オレの手をどかそうとはしない。
……もっと撫でていい?
「お二方。結婚前から夫婦漫才を披露するのは、いい加減止めていただけないでしょうか。独り身には耐えかねます」
突然、御者を務めるシャルさんから言葉が飛んでくる。
「めおっ」「と……」
「だから息ピッタリで反応するのをやめろと……失礼、なんでもありません」
変わらぬ無表情の中で、眼力だけが少し冷たくなった。
その前の発言も声は小さいけど、絶対わざとやってるのがシャルさんのお茶目(?)なところだよな。
「アイザック様? 何か?」
「何もございません!」
エリー姉さんしかり、何故オレの内心はこうも読まれるのだ。解せぬ。
◇◆◇◆◇
「見えてきましたわ! あぁ、長い道のりでした。帰ってきましたのね……」
築かれた城塞の先には幾つかの屋敷が建っている。
キャンベル家以外の貴族も、この中に居を構えているようだな。
「はぁー、立派な城塞だな。でも門やらが開放されてる……? 子供も遊んでるし」
悠然と建つ門は開かれ、防衛時には兵が詰めるであろう場所からは子供の笑い声が響いてきている。
「お父様の意向ですわ。城塞は本来、都市住民への防衛も担う物。それを平時は閉ざさぬ事で隔意は無いと喧伝しているのでしてよ」
城塞の中に居る他の貴族家向けに、内部にも複数防衛機構はある。
その殆どを開放しているのは、キャンベル家だけだと言う。
陳情も広く受け入れており、住民感情はかなり良いようだ。
「成る程なー」
暗殺者とか城塞内の他の貴族とか、怖くないんかな。
率直にそう思ったところに、門を静かに見つめていたシャルさんが口を開く。
「城塞の入り口開放は、各貴族家も良く思っていないでしょう。が、開放前より住民が親しみを持ち協力的になったため、批難は表だって行われておりません」
効果が出ている施策を感情だけで排除できる訳もないか。
合議制とは言え、キャンベル家が筆頭なのは事実だ。
しかし、また心読まれたな。
「跡継ぎは今、他国に居りますしね。お父様が暗殺でもされようものなら、住民含め黙っていませんわ」
フラン、お前もか。
え、今回は小さく呟いてた? こりゃ失礼。
「流石に屋敷の防備はかなり厳重ですがね」
シャルさんが補足を挟む。
今までは他貴族の屋敷に向かうルート以外は、歩哨くらいしか見なかった。その分厚みがありそうだ。
「ん……? 見方を変えれば、水際に戦力を集中させ、より堅固にしてるって考え方も出来る訳か。そこまでの警戒も、他家は複数居て枝状に在る以上、他所に任せられる……?」
主な道は、各家の警護が互いに睨みを効かせている構図だ。
入り口の開放により他家が敷く警戒網は広く、割く人数も多い。
影の者や住民に扮した外敵も、結束して謀られない限り結構引っ掛かるのではないか。
「ほぉ、そこに気付くとは。君、中々やるね? とうっ!」
空中より声が聞こえたかと思うと、門壁から身なりの良い男性が飛び降りてきた。
持っていた槍を地面に突き刺し、たわませた後に残りの衝撃を両足で受け止める。
身のこなしの軽さだけでなく立ち居振る舞いからも、特異な行動を容易にこなせるだけの実力が伝わってくるな。
「お父様?!」
「おかえり、我がリトルレディよ!」
え、こいつ……この方が領主なの? うっそだろお前。
口から出掛かったその言葉を、今度はどうにか堪える。
「旦那様。お召し物が7ミリ汚れております。それを洗うのは侍従なのですが?」
クールメイドォォ! あんた令嬢だけじゃなく領主にもそんな態度なのか!
「ハッハッハ、許せシャルロ! 自分で洗う!」
いや、自分で洗うんかい! 内心でとは言えツッコミが追いつかんぞ!?
「それでは侍従たちに気を揉ませるだけです。お仕事もあるのでしょうしお控えください。して旦那様、何故斯様な真似を?」
侍女の諫言に、領主は心底不思議そうな表情で髭を触る。
「そりゃあ、マイファミリーが試練を越えて戻ってきたのだ、出迎えぬ訳もなかろう」
「護衛も付けず?」
「おっと。君が、アイザック君だね?」
と、いきなりオレに視線を向け、嬉しそうに破顔する。
おい、自分の部下の言葉、華麗にスルーすんな!
「まずは礼を言おう。我が娘フランに覚醒の儀を施してくれて」
「え、そっち……?」
普通、娘を助けてくれて、とかでは? しかも覚醒の儀て。
「フランチェスカの魂に刻まれた歯車は、ようやく君というピースと噛み合い、荘厳なるプレリュードを奏で始めたようだ。さながら君は運命の先導者だな!」
いや、ドラゴンとの戦いと討伐を前奏曲扱いはどうなんだ。
夕焼けできらめく歯を見せ、不敵な笑顔を湛えた、見た目はナイスダンディ。
今まで出会った人間とは、隔絶した雰囲気を纏う男である。
唖然とするオレに悠然と近づき、彼は手を差し出してきた。
「よろしく、新たなる我が家族よ!」
……ははっ、いきなり凄いの来たね。
爆発しろ!




