やはりオレの戦闘センスの無さは(主人公として)間違っている
目の前の情景が、紅い吐息で染まった。
「くっそ、付与、フレイムベール、ブラストランス」
剣に纏わせた火と手から放出した魔力を合わせ、炎の幕を張った後に火の槍を放つ。
槍は爆発してブレスを阻み、幕がその余波をも遮る。
剣先から絶えず防御の炎を供給する事で、かなり熱いがどうにか直接のダメージは防げているようだ。
その先も幾度か放たれるブレスを遮りながら、オレは婚約者の精神の回復に努めていた。
「ほら、フラン。あんな蜥蜴のブレスじゃオレの守りすら破れない。オレより威力の高い魔法を使えるフランなら、やり方さえ間違えなきゃ負けないんだ!」
ドラゴンブレスとオレの魔法は拮抗している。
同属性を用いた上で、斜めにブレスが抜けていくように構えているから、とも言えるが。
一際魔力を込めた魔法を用いて、対話の時間を稼ぐには十分な防御を展開しておく。
「で、でも相手はドラゴンですのよ……?」
尚も絶望と不安に満たされた表情を浮かべるフランに、オレは不敵な笑みを見せた。
「オレは、間違いなくドラゴンより強い。サシなら必ず倒して見せるよ。なぁフラン、オレは新しい英雄なんだろ?」
幾分かの虚勢は入っている。勝負に絶対は無いし、正直オレもドラゴンにはビビっているのだ。迫力が違いすぎる。
間違いなく、今まで相手取った何よりも格上。
あの戦闘執事長セルバフですら、逃げる事はできても倒せはしないだろう。
だが、彼女の信じた強さが崩れてしまっては、それこそ戦線すら構築できない。
「で、ですが……」
旅の道中で交わした会話の中で、異常な強さとピンチに駆け付けるタイミングの良さから、オレを新しい物語の英雄みたいに感じてるとフランは告げた。
十年を越える研鑽を土台とした叩き上げの成長である事も、この世界の英雄譚にはあまり見ない設定でポイントが高いのだとか。
それを力説する彼女の目は本気だった。
なら、それを体現してみせないとな。
だからこそ、ここは何も言わずに彼女の目をじっと見据える。
それが効を奏したのか、彼女の怯えと震えは徐々に収まっていった。
「そう、ですわ。英雄たる器を持つ、アイズ様ですもの……。わたくしたち足手まといが居なければ、単騎の竜になど負けないのでしょう」
そう。彼女が憧れる物語の主人公たちなら、ドラゴンに負ける筈がない。
だけど――。
「後半は、ちょっと違うな」
まだ成長過程だが、パーティーメンバーであるフランは足手まといじゃないし、寧ろ彼女の魔法は強力な手札になる。
全ては切り方次第だ。
「今は親玉の攻撃に巻き込まれないように攻めてこないが、周りのワイバーンを墜とさなければ、あいつと対峙できない。だから――」
彼女の心を揺さぶるであろう、魔法の言葉で火をつける。
「『頼む。君の力が必要なんだ。オレだけでは……あの強敵を、大群を倒す事ができない。手を貸してくれ!』」
彼女も読んでいると聞いた、英雄譚の一節だ。
一拍空けて、自身の言葉でも頼み込む。
「――オレが君を守るから、周りの雑魚を撃ち落として欲しい」
効果があったのか、彼女の瞳には決意の色が徐々に滲んできた。
「切り開いてくれ。あのデカブツまでの道をさ」
駄目押しとばかりに紡いだ言葉を皮切りに、ハッキリと彼女の目の色が変わった。
その目は雄弁に訴え掛けてくる。
この程度の苦境に屈して隣に立てなければ、英雄の伴侶として旅を共にする資格なんてありませんわ、と。
「はいっ!」
守るべき二人がいる今の状況が続けば、はっきり言ってジリ貧だ。
だからこそ、彼女自身に最低限自衛してもらうだけで状況は変わる。
ならば、オレが飛び出した後の守りやすさとドラゴンとの完全な一対一の構築も兼ねて、周りのワイバーンは先に殲滅するべきだ。
そうする事により彼女の自信も培われて、ブレスまでなら身を守れるだろう。
ただし物攻、テメーはだめだ。
竜の物理攻撃を防ぐ術は、さしもの天才令嬢でも持ち得ない。
オレの判断ミス一つで、彼女たちの命は霞のように消えるだろう。
重いプレッシャーを感じながらも、考え付く最善手を二人に聞こえるように叫んだ。
肯定の意思を確認しつつ、タイミングを計る。
「次で行くぞ。せー……の!」
オレは魔力で体の機能を強化し尽くし、ブレスの合間に二人を抱えて横に飛び出した。
一瞬後に炎の塊が馬車に着弾する。
周辺を赤く染め上げた竜の息吹は、勢いを止めずに燃え盛っていた。
今から僅か数十秒の間、ここが正念場だ。
「今だ、フラン! 弾幕を張れッ!」
「わかりましたわ!」
走る足を止め、フランに魔法を撃たせる。
夥しい炎の槍が、焼き貫かんと竜の取り巻きたちに殺到した。
体を離れても、的確な魔法制御によってオレのように威力が激減したり霧散したりせず、次々に命中していく。
一撃で命を刈り取る程のダメージは与えられていないが、それでも翼や急所に当たったり多段ヒットした奴らは地面とキスする羽目になった。
(槍衾と例えても、まるで違和感ない掃射っぷりだな)
無双に憧れている割には多数を相手取る手段に乏しい自分と比べ、オレは欧米人のように肩を竦めるしかない。
「よし、離れるぞ!」
合図を出し、フランを抱え直してまた移動。
「食らいなさい、スラストフレイム!」
止まって魔法の斉射。
今度は、細く平たい炎が敵の体躯を切断した。
「まだまだ行きますわよ、クリムゾンボルト!!」
紅い雷と見紛う程の速度で、鋭く圧縮された焔が突き進み焼け焦がす。
あれは、オレの魔法を模したものだろうか。
その後も移動と魔法を繰り返す事により、どうにか捕捉されずに敵の数を減らせている。
(頃合いだな。全部は墜とせなかったが、これ以上時間を掛けすぎてもフランたちのヘイトを稼ぐだけだ)
相手はまだ、オレたちの移動砲台戦法に対応し切れていない。
だからこそ、このまま先手先手を取り続けなければ、フィジカルの差と制空権を握られているというアドバンテージは覆し得ない。
だが――果たして本当に大丈夫なのだろうか?
ワイバーン数匹だけでも、普通の冒険者からすればかなりの強敵だ。
シャルさんもある程度戦う力はあるが、ワイバーンとの戦闘経験なんて流石に無い筈。
フランはスペックだけならワイバーンなんて物の数じゃないが、戦闘経験はほぼゼロ、盾となる前衛もいない。
(……いや、オレは仲間を信じる。ドラゴンが二人に向かい始めたら、体を張ってでも止めてやるっ!)
何より、ドラゴンの標的を早い段階でオレに絞らせなくてはいけないのだ。
無意識に足に力が込もる。
「次の段階に入る。なるべく目立たないように」
しばらく攻撃をせずに動き回り、ドラゴンどもがオレたちを見失っている事を確認したのち、茂みに彼女たちを置く。
「さァて、いっくぜぇ? トカゲキンさんよ。来世は中学生竜王にでもなって、幼女でも育成するんだな」
立ち位置の延長上に何もないところまで移動したオレは、全精力を傾けて空の王者に躍り掛かった。
砂塵が巻き上がり、それら全てを置き去りに体躯が中空を舞う。
「……っらぁ!」
ガゴッ、という鈍い音が辺りに響く。
「グルァ?!」
奇襲は成功した。
だが、ただの剣ではその鱗に大した傷も付けられない。
「かって。こりゃ普通の火でも無理そうだ」
最近では半ば定番となりつつある魔法剣を、燃やすのでなく焼き切る仕様に変更する。剣へのダメージ蓄積を考えて、普段は使わないスタイルだ。
「っとに、空を飛んでて硬いってだけで、こんなに厄介だとはな」
全開の身体能力強化で地上から翻弄し、跳躍からの斬撃を繰り出すと同時、巨躯を蹴り付け離脱。この一連の流れを作り、ダメージを重ねていく。
単調にならないように緩急を交えた成果か、竜鱗は部分部分が剥げ落ち、少ないながらも血が見えてきた。
(フランの方は……ワイバーンも残り二匹だし、向かってくる奴は撃墜してるか)
戦闘経験に乏しいフランを、シャルさんが上手くサポートしているようだ。
安定した戦線が維持されている。シャルさんマジ有能。
「これな、ら?!」
思考のリソースを他所に割いたからか、想定を越えてタフな竜に対して、一撃の威力を無意識に高めようとして消費を見誤ったのか、それは起こった。
――ガギッ!
音だけでなく鈍い衝撃が手からも伝わり、オレは致命的失敗を悟る。
魔法剣の付与、つまり剣が纏っていた炎が――消えていた。
「しまっ!」
硬い鱗に阻まれ、剣が途中で止まっている。勿論、持ち主たるオレの体も空中にあるままだ。
もしオレが本物の英雄だったら、こんな場面では剣など捨て置き、直ぐ様蹴りを放って身を翻していただろう。
だが、オレは偽物だった。
「グルァオォォ!」
一瞬の硬直をドラゴンは見逃さず、手痛い反撃を与えてきたのだ。
集る虫にするかのように、豪腕でもって弾き飛ばされる。
凄まじい勢いで森に向かい、木を突き破っていく体。
「あ、アイズ様ぁあぁぁああ!」
フランの悲痛な叫びだけが、薄ぼんやりした意識に潜り込んでくる中で。
――ドゴオオォォン!!
まるでその声に呼応するかのように、一筋の雷が瞬いた。
大声によって、眷族の大半を蹴散らした憎い相手を鋭い目に捉えていた竜の意識。それが、落雷によって再び森に向けられた。




