魔法少女とドラゴンと
バタバタした数日を経て、オレたちは今、馬上の人となっている。馬上と言うか馬車なんだけど。
フェイロン商会から供出された馬車に乗り、一路、キャンベル領イルネストを目指しているのが現状だ。
「うん、魔力の掌握はできたね。じゃあ、次はマッチに火を点す光景を思い浮かべて。魔力が火に変わるイメージだ」
馬車で何よりありがたかったのが、移動中にフランに魔法を教えられる事だった。
彼女は本当に飲み込みが早い。
一を教えて十を知るどころか、新たな計算式まで独自に作り出している気さえする。
「成る程、これを……こうですのね!」
――ボンッ!
「うわっ」
フランの指先に集められた魔力が、バスケットボール大の火球として中空に灯された。
(なんで今の消費魔力と初歩的な修練で、そんなアホみたいな出力が出るんだよ……)
あの魔力では、オレならビー玉くらいの大きさが生成限界だろう。これだから天才ってやつは……と、いかんいかん。
「おーけい、魔力の変換はこれで分かったな? 今度は、得意な魔法属性を調べてみよう」
「了解ですわ、お師匠様っ」
互いの理解を深めようと日々会話を重ねる中で、やはり彼女は幼少から英雄譚好きであると知る事ができた。
だからなのか、魔法の修練には熱心だし、ノリノリでオレを師匠と呼んでくれる。オレも楽しいから助かっている。
「水から順番に、土と風の相性も見ていこうか」
「ええ」
彼女の了承を受けて、オレが見本を見せようとした、その瞬間。
「うーん、こうかしら?」
「は?」
バチャバチャバチャと音を立てて、練習のために出していた容器の中に水が流れ込んでいく。
(いやいやいやいやいや。まだ教えてないのになんで出せてんの!? 見本を見てから、うんうん唸ってどうにか辿り着く領域でしょうがっ!)
「それから……。ああ、こうですわね」
「ふぁっ!?」
馬車の端に用意した土が盛り上がり、丸く捏ねられたと思った矢先から、次々とその形を変えていく。
「最後に――こう!」
「…………」
フランは、もはや確信に満ちた声色で風を巻き起こした。
彼女が腕を振る動作と共に、旋風が棒状に仕上げた土をバッサリと両断する。
(もう、オレが教える必要性ないんじゃないかな……)
自分が魔法を修得するのに掛けた時間を思い出しつつも、オレは必死で表情を取り繕いながらフランを褒めるのだった。
その時の俺の目? 多分遠い目でもしてたんじゃないかな。知らんよもう……
◇◆◇◆◇
アンデルからイルネストは遠い。
馬車を走らせて一月近く経つのに、未だ着かないくらいである。フランのために可能な限り野宿を避けているので、仕方ないのだけれど。
そんな遠くの街で行われるパーティーに何故参加したのかと聞けば、主催の貴族とキャンベル子爵が懇意にしていたからだと教えてくれた。
「まぁ、その分魔法を習熟させる時間があるから、良いんだけどね。キャンベル領にはもう入ったし」
今ではもう、彼女の異常な成長速度にも慣れてしまった。
既にフランは、オレが使える火魔法の威力を超越しちゃったからな。
これでも、雷魔法を除けば自信がある属性だったんだけど……。
「それにしても、火魔法特化かと思えばマルチウィザードとは。どの属性にも才能があって、鍛えれば全部トップクラスの冒険者並なんて、反則も良いとこだよ」
まぁ、今すぐ使い物になるのは火魔法だけだが。
そうぼやいて、オレの膝の上で船を漕いでいるフランの髪を撫でる。
彼女は、オレがどう足掻いてもできなかった並列詠唱まで自力で覚えてしまった。ヒントすら出してないのに、である。
オレが憧れた合成魔法も、時間差発動だって思うがままだ。
仲間として、成長は嬉しいけど妬ましい。でも、旅先で彼女を知る度に心惹かれていく。だから、妬ましいけどもっと育てたい。
今では、いっそ行けるところまで行ってくれって気持ちになっているのだ。
「あと数日もすればイルネストかぁ……。婚約者の両親に会うなんてイベント、前世でも経験した事なんて無いんだけど」
そもそも、最後に彼女がいたのは中学――これ以上考えてはいけない。
「うぅん、もう食べれませんわぁ……」
フランのどこか抜けた寝言が聞こえてきた。
それも仕方ないんだけどね。
食文化が発展していた日本を前世に持つオレだ。その幾つもの知識と技術により、彼女はオレの料理の虜となっている。
昨日なんか――。
「グルオオォォオオオオ」
考え事をしていたら、なんか唐突に聞こえてきた。
低い唸り声だ。より詳しく言うなら、その声に続いて辺りから動物や魔物の悲鳴が木霊している。
凄く重苦しいプレッシャーが森の奥から漂い始めてるな。
「え、何今の。さっきから街道脇の森が騒がしいと思ってたけど、これって間違いなく厄介事だろうなー」
「グギャォオオ!」
「ワイバーンかぁ……空飛ぶ敵とは相性悪いんだよねオレ」
ぼやきながらもフランの肩を揺する。
意外と眠りが深かったのか、すぐに起きる気配は見えない。
御者を務めるシャルさんは、危うい事態だと感じたのか馬車のスピードを上げた。
「近くに来たのから数を減らしてくか」
簡単に方針を定めて、雷を纏わせた投擲で一匹ずつ墜としていく。
だが、相手も空を統べるドラゴンの亜種。巧みな旋回や緩急織り混ぜた飛行により、オレの攻撃を見事に避けていた。
「うーん、想定以上に減らんぞい」
――ズアァアア。
俺と翼竜との攻防が多少繰り返され、僅かばかりに敵の数を減らせていたその時。辺りに一陣の風が吹き荒んだ。
森から低空飛行で現れ、その勢いのまま飛び上がった存在が大きな影を作る。
新たに顕現した威容を感じ取ったのか、横で寝ていたフランが顔を上げて辺りを見回した。
「うぅん、アイズさまぁ~? 何かありました、の……」
その目に入った存在をフランが理解した瞬間、絶句すると共に彼女の体が震え始めた。
視線の先で威容を誇る翼を広げているのは、この世界で万物の長と呼ばれるデカブツだ。
フランは口をパクパクとさせている。音として空気を揺らしていない彼女の唇を読めば、こう文字が紡げるであろう。
――ドラゴン、と。
オレの連れは、戦力をあまり期待できない侍女と初めての実戦がドラゴンの貴族令嬢。
幾らなんでも、動けない女の子二人を抱えて切り抜けられる状況じゃなかった。
「グルァアオオ!!」
響いたのは、他の生物とは一線を画す重厚さと威力を孕んだ咆哮。
「あ、あぁ……」
馬は威圧され、暴れ狂う余裕も無いのか身を固まらせている。
御者を務めるシャルさんやフランも、似たようなものだった。
「フラン、落ち着け。あんなもんは、ただの蜥蜴だ。まだ慌てるような時間じゃない」
眷族たるワイバーンの数はそこまで多くないし、ドラゴンはいるが番は見えない。
恐らく、雛か何かに餌を与えるために片方だけが遠出に来ているのだろう。
ここら辺にドラゴンが住むなんて事実があるのなら、事前に二人が教えてくれている筈だからな。
しかし、ドラゴンがワイバーンを引き連れるのは、確か外敵と戦うためだったような……。
(ドラゴンは流石に予想外だったが、所詮空飛ぶ雑魚集団とそのボスが一匹だけ。オレなら勝てる、オレなら守れる)
楽観はできないが、決して絶望的ではないんだ。
そう強く念じてフランを落ち着かせ続ける。
シャルさんには馬を停めて放ち、馬車の影に隠れるように伝えた。
彼女の魔法では、ドラゴンのブレスを受け止められない。
「な、んで……こんなところにドラゴンがおりますの。しかも、レッサー種や最弱のグリーンドラゴンですらないなんて――」
オレが片方の手を握っていた効果か、どうにか声は出せるようになったようだ。
でも、まだ戦える程には回復してないな。
現状を打ち破る方策を練っていると、様子見は終わりとばかりに容赦のないブレスが飛んでくる。
鮮烈なる赤が、オレの視界全てを覆った。
唐突なドラゴン戦。一応理由はありますが、導入も、も少し丁寧に描写したかったですね(´・ω・`)文字数ががが
アイズ君は魔法の才能があまり無いので、土魔法と風魔法は伸ばしてません。水魔法は飲み水の確保など色々便利なので覚えましたが。
初歩の初歩だけは一応できるため、フランに教えるつもりでした。
尚、一般的な魔法使いは、そもそも何種類もの属性発現すらできない設定です。
アイズ「ロマンの雷、汎用性の火!」




