先生、魔物肉はおやつに入りますか?
「そうだ、魔物肉を食べよう」
教会で祈りを捧げた後、次に思い付いたのは魔物の肉を食べる事だった。
前世で読んだ幾つかの小説では、魔物の持つ因子やら魔力やらはたまた謎の栄養素やらにより、摂取すれば強くなるとされていたからだ。
「けど、闇雲に食べても効果があるかは分からないな……」
それどころか有害である可能性もある。
ここは一つ、慎重にならなければ。
オレは失敗から学ぶ男だ。
事前調査を怠ってはいけないのだ!
◇◆◇◆◇
子供が興味を持つ情報としては微妙な事もあり、調べるのは中々に骨が折れた。
まず、魔物食はそこまで一般的ではないが、忌避されている訳でもないという微妙な立ち位置が問題として立ち塞がる。
サンプルが少なすぎるんだよな。
魔物の中には食べられるものもいるらしいのだけど、それは美味しいとはイコールで繋がらない。
ゴブリンなどは当然食べられないが、例えば兎の魔物でも美味しい種と不味い種がいるらしい。
また、同じ種でも美味いやつと不味いやつがいる。
個体差なのか、血抜きなどの差なのかは分からないけれど、それが一層事態をややこしくしている。
美味しい方が良いのは確かだが、一先ず味は置いておく。有害じゃなければ問題ない。
重要なのは魔物肉で筋力とかが上昇するのか、だ。
「ふぅむ……。どう判断したものかなー、これは」
結論として、魔物を食べたら強くなれるという概念は世間に出回っていなかった。
けれども、長期遠征で食糧に困る事も多い冒険者の中には、強い人たちが多いのも事実。
強いから冒険者をやり、その中でも優秀だから遠征に行けると言われればそれまでだが……。
仮に強さの上昇が確認できても、それが彼らの日頃の鍛練によるものなのか、魔物食によるものなのかは分からない。
実戦経験での成長と判断する事もできるしな。
元よりオレのサクセスストーリーは、現状手詰まり気味なのだ。
疑わしきは試せよ! という精神でチャレンジしてみよう。
まずは魔物肉を取り寄せるところからだ。
幸い魔物食が忌避されていない為か、家令にねだれば仕入れてくれた。
それこそ市井の人も普通に食べるような半家畜的な魔物肉から、あまり美味しくない安い魔物肉まで。
だがここで、更なる試練がオレを迎え撃つ。
この世界、別に地球の中世と同じ程度とかではないから、意外に食材は充実している。
特にこの街は近くから岩塩も採掘できるし、交易が盛んだからか香辛料も割と入ってくる。取り寄せもできるしな。
言語チートが無いため、この香辛料が実に曲者と言えるのだが、今は置いておく。
とにかく、胡椒の錬金術なんて不可能なくらいには食と交易の下地は整っている。元々するつもりもないが。
しかし、調理方法やら何やらが、ところどころ虫食いなのだ。
ここは地球と違って魔法や魔物が存在するし、そもそもが異なる来歴を持った世界だからな。
同じ道筋を辿らないのも頷けるというものだ。
簡単に言えば、地球の中世時点で存在したものが無いこともあれば、近代くらいで導入された技術が既に一般的になっていたりするという訳だ。
地球に無かった考え方も当然ある。
食で言えば、油はある。揚げ物もある。
だが、それだけだ。
例えば鶏肉なら、揚げるだけ。
フライなんて見ないし、パン粉という発想が産まれてないからトンカツも無い。
なのに、ポテトチップスはある。いや、擬きと言うべきかな?
地球のポテトチップスとは比べるべくも無いが、芋の薄切りを揚げたものに塩が振られている。
地球準拠で考えると順序がメチャクチャだったりするのは、当然食だけの話じゃない。
これこそが、真の意味で自分が『異世界』に存在すると感じたところだ。
嫌いじゃないよ、こういうの。
逆行転生じゃない、異世界転生ならではの楽しみの一つかもしれない。
まぁ、調理法不足による問題は、オレは前世で一人暮らしをしていた大学生だったので、ある程度解決する事ができたんだけどね。
色々思い出すのが面倒だったし、再現不可能なのもあるから、結構な悪戦苦闘っぷりを披露した。詳しくはまたの機会に語ろうか。
パン粉やら何やらを発明し、元々あったケチャップ擬きのトマトソースとかを流用して頑張ったとだけ言っておこう。
一番面倒なのは、商人である父親にバレないように動く事であるのは内緒だ。
話が二転三転してしまったが、魔物食の成果はと言うと。
ほとんど失敗だったと言って差し支えない。
ほとんど、と言うのは一度だけ食事後に、能力値の上昇を確認したからである。
街から少し離れた村。その近くの岩場に棲む、コモドオオトカゲに似た魔物が大繁殖し、村を襲ったときの話だ。
奴らはタイミング良く滞在していた冒険者パーティーに撃退され、一部がこの街の方向に逃げてきた。
そいつらを狩った冒険者たちが大量の肉を卸したので、それを仕入れて食してみたところ、ほんの些細な変化ではあったが各部位の現在値が増えたのだ。
オレは歓喜し、その魔物の肉を取り寄せた。
狩られた魔物肉は在庫が既に無かったので、例の村から輸送してもらったのだが。
しかし、確かに同じ魔物の肉な筈なのに、取り寄せた肉は何の効果も及ぼさなかったのである。
前回と何が違うのか、この時のオレには全く分からなかった。
ひょっとしたら、一度食べた魔物では何度も成長できないのかもしれないな。
そんな風に結論を出して次の強化方法を考え続けたのだ。
そもそもが成長できたのはこの一回きりだったので、無駄に考え込んでも効率が悪いと感じたからだ。
◇◆◇◆◇
あれから、思い付く限りの異色な強化方法を試した。
その大半が効果が無いもので、一部成長を感じたものすら効率が良いとはお世辞にも言えなかった。
気がつけばオレも六歳を迎えてしまっている。
簡単に強くなる事が難しい以上、模索のための時間は多くない。
「早く効率の良いやり方を特定して、それに費やさなきゃなのに、なんっにも道筋が見えん。寧ろやり尽くした感すらある……」
ため息をつきたくなるのも仕方ない。
何のために記憶を持って異世界に転生したのか。
これでは無為に時間を潰しただけだ。
「だけどここまでやったんだ。意地でも方法を見つけてやるぞ!」
パンッと顔を両手で叩き、気合いを入れる。
用意を整えると、近くにいたメイドに外出する旨を伝えて街へと繰り出した。
オレが次に望みを託したのは、唯一のアドバンテージである鑑定擬きの活用だから。
屋敷を出て石畳の上を早足で歩き、商店街の趣を感じさせる区画に向かう。
活気ある通りに辿り着き、通行人の邪魔にならないような位置に持ってきた敷物を敷いた。
この区画は、通りの端で屋台が無ければ、露店を開く事ができる。場所は早い者勝ちだな。
露店を出すには、本来は許可申請とかの手続きが必要だ。
けれど、オレの家はこの街の商売を一手に取り仕切るフェイロン商会。
商会のシンボルが入ったコートを羽織っているので、特に問題は起きない。
寧ろ許可する側だからね、フェイロン商会は。
商人の息子だから、子供時代に露店を開く経験をしたいと思っても家族は怪しんだりしないしな。
別に何かを売る訳じゃないけど、こうした体裁を整えた方が居座りやすいし、人間観察に理由も付けられる。
そうしてオレは、通行人や周りの露店で品定めする客たちを眺め続けた。
通行人をガン見する六歳児。
うん、子供じゃなかったら事案ですな。
この世界にそんなちゃんとした法律があるかは疑問だけど。
尚、オレの知る限りでは無い。
つまり、この世界なら下校途中の女子高校生をガン見して、セクハラとして訴えられる事も無いのだよ!
いや、オレの経験じゃないよ? 何より前世で記憶あるの大学生までだから、そんな歳じゃないし。ホントだよ?
前提から考えて女子高校生なんていないしね! そういう問題じゃないね!
世界観や説明等に終始して七話掛かる訳ではないので、主人公の足掻きを笑いながら見てくださると嬉しいです。
凡人系主人公がパッと強くなるのは、初期チート無双となんら変わらないと思うので……。相応の理由があれば別ですけども。
強くなる過程も楽しめるような構成を心掛けたつもりなので、どうぞごゆるりと(*・∀・*)ノ