オレのオレによるオレのための食事情改善②ちねリスト、アイザック
「米が食いたい」
日本人なら誰しもが恋い焦がれるであろうソウルフード、米。
オレは前世からパン派だったし、この世界のパンにはそこまで文句が無いから別段今まで苦労していない。でも、ふと思い立ったのだ。
やはり魂は日本人だったかと思ったが、禁断症状が出る程でもない。微妙なところだ。
それでも美食が少ないこの世界なら、たまの贅沢も欲しいと考えてまたしても商人に探させた。前にも軽く頼んだが、スパイス優先にしてもらっていたからな。今度は本腰を入れてもらおう。
………………結論。見つかりませんでした。
何故だ! 米なんてスパイスより分かりやすいだろ!
商会の誰に聞いても情報の断片すら見つからない。国内どころか他国ですら危うそうだ。
別にジャポニカ米じゃなくてもいいから、米が食いたいんだよ米が。パンが不味くないから我慢できなくもないところが、逆にタチ悪いよな。
一度考えてしまうと頭から米が離れない。
この前なんて戦闘中に腹が減って、瞬間的に米を連想してしまった。危うく怪我をするところだったぜ。
これは一度、米かそれに類する何かを摂取しないとダメだな。
「そんな訳で、用意してみましたー」
ぱんぱかぱーん、という効果音が付きそうな形でオレはあるものを持ち上げてみた。それは小麦粉を練った生地だった。
オレが試みようとしているのは、前世のバラエティー番組で芸人が作っていた米の代用品の製作である。
正直、一食食べるのに掛かる労力が尋常じゃない事は分かっているのだが、どうしても食いたくなってしまったのだ。
…………………………。
ちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねりちねり。
…………………………。
ゲシュタルト崩壊を起こしかねない程、黙々とちねり続ける事四時間強。なんとか一食分を作りあげる事に成功した。
流石の食の探求者ジェスも、この作業には関わろうとしなかった。賢明である。
何せ、もう二度とやりたくないからね。絶対やらん! ……確か前世であれを作るアイテムが売られてた気が……。作ろうかな。
とりあえず、ちねりにちねり続けて生み出した疑似米で料理を開始する。作るのはリゾット的な何かだ。
具材を下茹でや微塵切りにして、下準備を終える。
ジェスが「下拵えやりましょうか?」とかアピールしてきたが、そんな事してもこれだけは食わせてやらんぞ、と言ったら即座に引き返していった。けっ、現金な奴め。食いたきゃちねれ。話はそれからだ。
油を敷き、以前見つけた唐辛子とニンニク擬きを火にかける。何故擬きかと言うと、前世程臭いがキツくないからだ。その代わりにガーリック感が足りてない。
はんっ、所詮似非ニンニクって事だな! ……ダメだ、延々とちねり続けたせいでおかしなテンションになってやがる。
ベーコンを加えて炒め、下処理をした疑似米とジェスが作った夕飯用のブイヨンを投入して軽く煮込む。ジェスが、あ!と言いたげな顔をしている。ふっ、知らんな。いつも食べ過ぎる仕返しだ。
下茹でした野菜も入れてから塩胡椒で味を整え、ここらでは貴重な保存食であるチーズを最後に振り掛ける。熱で溶け出したら完成だ。
「ぱぱぱぱーん、疑似米のリゾット擬き~!」
疑似とか擬きとか多いなほんと。今日に限らず。
久々に食べる米は美味かった。凄く美味かった。あれは米だ、異論は認めない。
この、油が滴り落ちる感じが堪らんよな!
チーズ、イズ、ジャスティス! ライス、イズ、ジャスティス! うん、そろそろテンション戻さないと日常生活に支障が出そうだ。
物欲しそうな顔をしたジェスには伝説(?)の、あーんからのあーげない!をしてやった。
額に青筋が立つ程怒っていたが、知らんね。ちねってから出直してきたまえ。
翌日、ジェスに見よう見まねでちねった小麦粉の生地を見せられた。こいつの食への渇望に、今オレはちょっと引いている。自分もしたけど、それはそれ。
ジェスには日本人の記憶がある訳でもないしさ。
まぁ、こいつが配下の料理人に命じてやらせたりしないからこそ、オレはジェスを気に入ってるんだがな。
年が離れた親友……いや、悪友みたいなもんか。
元祖悪友には最近会ってない。むくれてなきゃいいけど。
因みに、疑似米製造機の開発は取り止めになった。
ジェスのバカが他の使用人に疑似米を自慢してしまったせいで、親父の耳に入ったのだ。
量産するには限りなく効率が悪いのと、作り方を親父が知らないおかげで、どうにか広まらなかったが。美味いけど別にパンで構わん、みたいな反応だったしな。
ジェスが簡単に量産できるのか聞かれていたから、意外と危なかったみたいだ。
オレは商会のアイディアマンとして、あいつらに一生拘束される気は無いからな。そうでなくても、あれを地球出身の人間に見られるのは非常にマズい。
あんな米を模した食べ物、米がロクに見つからないこの世界では異様に目立つだろう。
それこそ、日本人が米に渇望して広めたって取られかねないよね。
広めたのはオレじゃない、なんて言ってもオレの存在が疑われるのは火を見るより明らかだ。
オレは未だ成長途中。こんな時に襲撃やらは受けたくない。
仮に成長してメチャメチャ強くなった後でも、そいつらが強チートを持っていれば、勝てるかどうか分からないだろう。
負ける可能性の方が高いし、その後オレがどうされるかなんて分かったもんじゃないのだ。奇襲だって怖い。
善良な転移者や転生者なんて、都合の良い可能性を盲信する程、オレはバカじゃないんだよ。人間なんて、欲に忠実な奴らが多いから。
オレ自身積極的に他者を害す気は無いが、敵対するなら容赦しないし、そもそも無双欲で動いている。人の事なんて言えないのだ。
でも、盗賊とかに遭遇しても、殺してすぐケロッとはできないんだろうな……。簡単に切り替えれたら人間として終わりな気もするが、動揺して殺されるのだけは避けないといけない。
まぁ、こんな長々と考えているけども、歴史や伝承その他にも異世界人の痕跡なんて無いし、遭遇するとは限らないんだよね。
なんとなくだけど、存ても会わない気がする。ホントになんとなくだけど。警戒だけは忘れないつもりだから、そう思ってても良いよな。
煩悩の数だけ、ちねりがある……。
(名…迷言風)
尚、痕跡は無い(現時点)であって、いないとは言ってません。




