生死の綱渡り中に自分からダイブした件
前話のあらすじ。
「虐待おじさん(精神年齢)」
アイザック「オレ膝蹴りしてないから!」
※大百科より抜粋(?)
どうしてこうなった。オレの頭の中は今、この言葉で支配されている。
思考停止と言うなら笑うがいい。笑いたきゃ笑え、オレも笑う。苦笑いだけど。
もう、打てる手だては残されていない。幾ら何でもこれは酷すぎると思うんだ。
オレはただ、狙う相手を強くするかどうかで迷って、結局いつもよりは少し手強い程度のゴブリンウィザードを狩りに来ただけだったのに。
オレの目の前には、目を見張る程の巨漢が三体立ち並んでいる。奴らは棍棒と木槍をそれぞれ持っていた。
ただし、大きさが異常ではあったが。何だよあれ丸太かよ。
夜に強行軍で帰還を目指せば良かったのか?
その時は無謀と切り捨てた決断を悔やみながら、オレは頭を抱えたい気持ちを抑えて、今までの行動を思い返していた。
◇◆◇◆◇
狼軍団を辛くも撃退した後、オレは大きな木の幹に体を預けて休んでいた。
足は伸ばしているが、太い枝の上から落ちないよう気をつけなきゃいけないのが些か面倒だ。
そう。今オレは、樹上の人となっている。
街には結構近づけたのだが、狼どもとの戦闘と休憩でとっぷり日は暮れてしまった。
ここらに出る魔物は大体夜目が効く。
オレの体にはそこかしこに軽傷があるし、ボスゴブリンに食らった魔法のせいで右半身の痛みが取れていない。
足はパンパンと言って過言じゃないし、夜に動くのは得策ではないと判断したのだ。
夜営は元々想定していない以上、最低限の装備しか持ってきていない。
地面に横たわるのが危険なのだから、選択肢は木の上で仮眠を取る一択。何よりこう言うのちょっと憧れてたし。
道具を整理してから、ようやく人心地つく。
流石に頭目狼さんは運ぶ余裕が無かったので、軽く血抜きをして木に吊るしておいた。勿論、今登っている木とは離れた位置に置いている。
今は暑くもない季節な上に夜だから、外気に晒されて味の低下も抑えられる筈。……狼肉が基本的に不味いって事からは目を逸らそう。
吊るすのには、仕掛けていた罠を解体して得たロープを主に使ったのだが、重量オーバーで何本かちぎれたのは秘密だ。重すぎなんだよ。
ロープを寄り合わせた上で重さが分散するように組み、何とか木の上に体躯を乗せる。これで簡単には手が届かないだろうが、滑車が無いから苦労したぜ。
森の生き物に横取りされなきゃいいけど、こればっかりは運だからな。
夜明け直前、オレは浅い眠りから覚め、木の下の安全を確認する。
待ち伏せがないのを確かめてから下に降り、森から抜け出すために歩き始めた。
いつもなら街まで森を突っ切るが、街道に出るようにした方が安全だろう。
ここらには強いモンスターなんてほぼ出ないけど、一応警戒はしておくべきだ。ホーンラビットの攻撃を無防備に受けたら、最悪死ねる。
「街道、どっちだろう」
必死に逃げてきた上、見通しが立たない森の中だ。
普段街道なんて使わない事もあり、方向は大雑把な予想をつけるくらいしかできなかった。
そして一時間以上歩いた後、ようやく目印を発見した。
目の前のこの罠は、二年前に街道から森に入って作ったもので、以降製作していないから間違いない。
気の緩みが垣間見えた瞬間、少し遠くの木々の間からガサゴソと音がした。
敵か。そう瞬時に気を張って身構える。
あ! やせいのファングラビットがとびだしてきた!
それも、比較的小さい個体。狼に使ったボールは背負った荷物の中だ。取り出す暇は無い。
(なんだ、驚かすなよ。お前ならまだ倒せるぜ)
そう思ったところで、ファングラビットがオレの前を通りすぎていく。
うん? いつもなら好戦的に向かってくるのにおかしいな。
そんな疑問と共に、昔これに似た事が何かあったような。そんな既視感に襲われた。
それを感じたからこそ、次の一撃に対応できたのかもしれない。
六歳の時の自業自得とは違う、敵が意図して行った奇襲に。
(!? 身体能力強化!)
咄嗟に魔力で肉体に働き掛け、目の前に迫る暴威の衝撃を受けないように後ろに跳ぶ。
だが、オレの体よりも太い豪腕から繰り出された一撃は、自分から衝撃を逃がしても尚手酷い重さを伝えてきた。
「ぐあぅぅ、がっ! はっ……」
後方の木に衝突し、着地の際に片足を少し挫いてしまった。
背中が痛いのは我慢ができても、この足ではロクに走れないな。
頭のどこかがそんな冷静な思考をしつつも、無意識にオレは元凶を睨み付けていた。
「ブギィィィ」
「ブゲッブゲッ」
「オーク……。何でこんな森の浅いところにいるんだよ!」
ゲームだとポピュラーなオークは、この世界にも存在している。
だが、彼らの生息地はもっと奥地と聞いていた。それこそ、オレが日帰りできない程の。どういう事だ?
こう言うと割と近いように聞こえるが、長年の魔物食により強化されたオレの肉体なら、短時間で結構な距離を踏破できる。部分的な皮鎧しか着けてないから尚更だ。
戦闘能力より持久力に自信があるから、狼とのチェイスもどうにかなった訳だし。
オークの実力と言えば、あまり強くないと言うのが前世での定説だ。たまに例外もあったけど。
だが、この世界のオークは普通のオークがゴブリンキングに準ずる強さを持っていたりする。昨日戦ったボスゴブリンは異質な個体だから脇に置くが、単体で狼の頭目を上回る戦力だ。
何よりゴブリンより頭が良い。作品によっては大した知能を持ってないように描かれているが、この世界ではそんな事は無いらしい。
そう言えば、前世で読んだ農業漫画では、豚は賢い生き物だって描写されてたっけ。豚丼食べたい。
怪我を抱えて疲労も溜まり、寝て回復した僅かな魔力もさっきの身体能力強化で消え去った。間違いなく詰んでいる。
(この世界が、オレの無双を防ぐために刺客を放ってきてんのか?)
本気でそう思ったオレを責められる奴はいないだろう。いたら泣かす。
想定外のゴブリンキング、しかも亜種。そしてブルーウルフとの連戦。最後にはここでエンカウントする筈の無いオーク。
せめてどれか一つでも無ければ、オレは生きて帰る事ができた。
だが、これは無理だ。四番目のバッジを獲りにジムに行ったら、四天王との連戦になったくらいに無理だ。三回しか戦ってないけど。
「ここから生き残る手段……ははっ、なんも、ねぇや……」
持ってきた道具の多くは散らばっていて、体もロクに動かせない。
魔力は無いし、相手は格上が複数。
確実な死が、そこまで這いよっていた。
(打つ手が無さすぎて足掻く気も起きねー)
自分でも意外な感情であったが、あっさりと死を受け入れているようだった。
せめて家族に死んだ事を知らせられないかと、痛む足を引きずり体を街道方向へと向ける。
ここと森の切れ目は大して距離がない。オークは獲物の最期の足掻きとでも思ったのか、ニタニタと笑いながら楽しそうに声を上げている。当然、街までは逃がしてくれそうにない。
「ここに荷物が落ちてりゃ、誰か見つけてくれるかな」
奴らも武器とかは漁るかもしれないが、全てを持ってったりはしないだろう。
観念した様子が向こうにも伝わったのか、一度声を張り上げた後に周りを取り囲む。
もう、どうにもならない。だからなのか、前世でかっこいい死に様だと思ったアレを、やってみようと思った。こいつらに直接殺されるよりは――マシだから。
オークが徐々に包囲を狭めてきてる。もう幾ばくの余裕も無い。
しかし、オレが武器を持ってるからって、こいつらやけに慎重だな? そんな疑問は抱いたが、それで未来が変わる訳でもあるまい。
(いざっ!)
オレの決断とオークが武器を振り上げたのは同時だった。
「アイズ君!」
オレの死が確定する刹那、それら全てに待ったを掛けるような言葉が耳に届く。
(あ、アンナさん?!)
そこにいたのは、二つ先の村に依頼で出かけている筈のパーティー、オクタゴンに所属するアンナさんだった。
「今、助けるからね。気を強く持ちなさい!」
――ピィィィィ!!
そう言って彼女が口にした笛から、甲高い音が森へ向けて発せられる。指向性の笛ってあるんだね。
オークたちは手負いのオレを無視して、駆けつけてくれたアンナさんに向けて武器を構えた。
三対一だからか、焦らずゆっくりと仕留めようとしているように見える。
何故かは分からないが、オクタゴンが来てくれた。
あの笛も他のメンバーを呼び寄せるためのものだろうから、彼女の心配はしなくていい。仲間が来る時間を稼ぐなんて、彼らオクタゴンには造作も無い事だ。
でも、一つ言って良いですか。いや、思うだけにしとくんで許してください。
もう少しだけ早く、来て欲しかったなぁ……なんて。
(オレ、もう切腹しちゃったんですけど……)
そう考えるとともに、オレの意識は闇に溶けていった。
次回、アイズ散る。デュエル(切腹)スタンバイ!
あ、既に散ってました(すっとぼけ)。




