生死の綱渡りと狩人剣士の戦い方
前話のあらすじ。
「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心(物理)です」
森を分け入り、必死でアンデルを目指す。
ここは結構奥地なため、そう簡単には戻れない。
「ひっ、ふぅ、はぁ、ちくしょっ、こっちも回り込まれてんのかよ」
加えて、オレよりも素早さで勝る狼どもが、包囲陣を敷こうと回り込んでいる。
幸いなのは、速度に圧倒的な差が無い事と、単独での戦闘では未だオレの方が強いってところだな。
完全に囲まれる前に包囲から抜けれているし、愚かにも接近してきた輩は斬り伏せている。
だが、自分から狩りに行けばその間に陣形が組まれるし、これ以上時間が掛かれば日が落ちるまでに街に辿り着く事ができない。
夜はあいつらの友人だ。それだけは避けたい。
(そろそろ逃がしてくれてもいーんじゃないかなっ?! オレを追うより、集落からはぐれたゴブリン狩ろうぜ!)
だがこの犬畜生は、オレを追い立てるように動いている。
一方向だけ包囲が手薄なのは、おそらくそちらに誘導したいのだろう。漫画で似たような展開を読んだ。
思い通りにさせてたまるかっ! そう強く念じながら、致命的な吐き気を催さない程度にある液体を啜る。
(一発ってところか。体に使っても数十秒程度しか保たないな)
でも今はこれ以上望めない。不十分だが準備は整った。
「人間を、なめるなよ……くされオオカミがッ!!」
突如として方向転換し、右側に等間隔で配置された狼の間を駆け抜ける動きを見せるオレ。
それを阻止しようと両側から狼が来襲する。
だが、オレはそれを嘲笑うかのように進路を左手の狼に変えた。
一刀の元に斬り捨てる……事はできないが。
奴らはゴブリンより高位の存在なのだ。完全に仕留めるには、最低でも数撃必要になる。
「はあっ!」
追い縋ってきたもう一体の狼にも、振り向き様にカウンターを食らわせた。
最初の一体が稼いだ時間を使って飛び掛かってきたそいつは、鼻先に剣身がめり込むと半回転しながら吹っ飛んでいく。
これで道は開けた。と言っても、その間に他の狼が包囲網を再形成しようと躍起になっているだろうがな。
(よっし! 罠ゾーンの端に入った。これで少しは楽になる)
オレが普段狩りをする区域の端に掛かった。ここからはポツポツと罠が散在している。
そろそろ奴らの縄張りどころか狼の生息圏では無い筈なのだが、追撃は収まらない。
あの集落のボスゴブリンは、どう考えてもこの狼より格上だ。他のゴブリンが弱かったから、この狼たちは滅ぼされてなかったのだろう。
そいつをオレが倒したので、手負いのうちに仕留めようとしてるのかもな。
(もしかしたら、ボスゴブリンに追い出された縄張りを奪い返しに来て、オレがあそこの新しい主だと思われてる可能性もありそうだ)
元々の縄張りを取り戻すためなら、あいつらがここまで追ってくるのも頷けるかもしれない。戻ってこられたら面倒だもんな。
会話ができないから、そんな意思無いって証明する事も不可能だ。
そんな風に思いながらも疾走を繰り返していると、オレの斜め前に四匹の狼が待ち構えていた。左右どちらにもいる。
「ふっ、は、はぁ……真打ちお出ましって訳?」
右側にいた二匹の脇から、俊敏な動きで一際大きい個体が飛び出してきた。
こいつがこの群れの頭目なのだろう。
角が生えていたり毛皮の色が違ったりする事もなく、見た目からは上位種でありそうな雰囲気は感じない。
錬磨された気配は漂っているのだが、それだけだ。
(この場所でこの程度の敵相手なら、今のオレでもなんとかなる)
おそらく、己の力で足止めをして他の配下が到着する時間を稼ぐ算段なのだろうな。だが、そうはさせない。
「ふッ」
もはや毎度お馴染みレベルとなった、爆竹擬きを正面に投げつける。
警戒した狼たちは一斉に散開して距離を取るが……オレは連投もできるんだな、これが。
向かって左側に撒いた二つ目の爆竹擬きが、狼の鼻元で音を立てる。
ギャン! という声を尻目に投擲用の短剣を放ち、一匹行動不能にする。お見事! クリティカルヒットです。
煽るように笑い声を上げると、それが伝わったのか配下が単独で飛び出してきた。一名様、ご案内でーす。
「ギャウン!?」
奴は転んだ。それだけだ。
オレは、罠に足を取られて体を投げ出した狼の首筋に剣を突き出す。
どうでもいいけど、オレって首ばっか狙ってるよな。
まぁ、頭蓋は硬いし心臓も生き物によって位置が変わる。首を狙うのが一番手っ取り早いから仕方ないよね。
オレは更に、少し逃げたり立つ場所を変える事で諸々を調整する。よし、この位置だ。
流れるような動きで投石や挑発を行い、相手に誘いを掛ける。
が、警戒心の強い頭目狼は接近してこない。賢明だな。
(だけど、それすらもこちらの策なのだよ、ワトソン君)
内心で少し芝居がかった言い回しをするという意味の無い事をしつつ、オレは奴の頭上に短剣を放った。勿論投擲用のものだ。
短剣は狙い過たず樹上のロープを切断し、枝の上でバランスを取っていた籠の均衡が崩れる。
その中にはかなりの量の石ころが入っており、口が外向きに作られた籠は、落石を拡散させながら落ちてきた。
(ノリで作った簡易ピタ○ラスイッチ風の罠が、初めて役に立ったぁ……)
感動ものである。そんな場合じゃない事は一瞬だけ忘れた。
だが体は前に動いている。
外れた短剣から目を離して佇んでいたボス狼は、落石に面食らいつつもこちらを警戒していた。
まだまだ、お前には踊ってもらうぜ。
「う、っらァ!」
オレが投げたのは、弾力性のあるボールである。
こんな事もあろうかと用意していた……訳ではなく。ソロでの狩りだと様々なアイテムを用意する必要があったので、昔作ったのだ。
まぁ、最近は悪友と遊ぶ道具に成り下がってたけど。
あいつ、まだ精神が子供だからか時折構ってやんないと拗ねるんだよな。農家の息子だから朝も早い事もあり、色々と口裏を合わせてもらってるから無下にもできない。
投擲した方向はまたしても狼とは別の場所。
だが、悠然と立つ幅広の木に当たり、ボールは向かう方向を変える。
木がデカいから角度も急ではなかったけど、流石にオレは跳弾の計算なんて出来ないからな。検討外れな方向にこそ行かなかったが、奴に当たるルートではない。
それでも直前の落石攻撃が堪えたのか、ボス狼は自分の近くに向かってくる物体から横っ飛びで距離を取った。
当たったとしても勿論ダメージは少ないが、気を逸らすには十分だ。
奴はまだこちらを警戒してるが、ある程度のリソースを周囲にも向けている。こちらの策に嵌まってくれたな。
あんた、背中が煤けてるぜ。主に落石の命中で黒く汚れてるだけだけど。
速度を緩めず進みながら、もう一度オレは奴の頭上に短剣を投げつける。
流石に二度も食らえば学習したのか、その方向に視線を向けて警戒するボス狼。ゴブリンよりは頭が良い。
でもな、それ悪手。
妙手はそこから一目散に離れる事だから。
最後の短剣によるギミックなんて無かった。
けれども狼の頭目は警戒しつつもその場から動かない。慌てて移動した瞬間を狙われた、部下の狼を見ていたからだろう。
(隙、ありぃ!!)
体勢を低くして接近し、無言で剣を横に振るった。身体能力強化は立ち止まらないと上手く発動できないので使っていない。
オレの接近に反応が遅れたこの狼は、回避できないと判断したのか腕に噛みつこうとしてきた。
この一撃だけでも倒せるとは思うが、安全策を取っておくか。
保険は掛けていたのでそれを発動させる。
――ジュアッ!!
差し出した左手から放たれた威力重視の小さな火の球が、奴の鼻を焼く音を響かせる。
右手で振るった剣は、左手を突き出すために体重が込められず、狼の尻の上を浅く斬りつけた。
「ギャゥルゥゥゥン!」
あまりの熱さか激痛のためか、ボス狼は重心を後ろに逸らして鼻を押さえる。
もう、その鼻が臭いを感じ取る事はできないだろう。多分。
かなり無理な挙動をしたせいで、オレの体勢は致命的なまでに崩れている。けど、そんな事に気を割けない程の事態になっている敵さんには関係無い話だな。
後ろによろけつつも目の前を見据え、ゆっくり構え直してから剣を振り下ろした。斜めに首回りを傷つけ、敵の体が傾いたところで更に脇から突き刺す。
まだ死んではいないが、これでオレを追い掛ける事はできなくなった。
「ったく、燃費悪すぎるだろうが」
火魔法一発で魔力が切れるとか、才能の問題だよな、これ。
オレは逃げながらもゴブリンキングの血をちびちび舐めていたのだ。
気分は未だ悪いが、おかげで魔力は少しだけ回復できた。もう切れたけど。
うんうんと頷きながら周囲を見回すと、数を減らした取り巻きに他の狼が追いついてきていたが、ボスが伏しているのを見て唸りながら後退していく。
「もう決着着いただろ、これ以上はダルいだけだって……」
思わずため息が溢れる。
余力も無いし今は追い掛ける気なんてないから、とっとと逃げなさいな。面倒だし。
「ギャイン!」
「消えないとてめぇらもこうだぞ、オルァァア!!」
ボス狼を半包囲網に向けて蹴りあげ、疲れを誤魔化すように威嚇の咆哮をあげた。
それが効いたのか、狼どもは諦めたのか背を向けて逃げ出していく。鬼畜とか言うな。
「っし! また生き延びれた!! はぁはぁはぁ……ふうっ。あぁもう疲れたぞ畜生ぉー! 早く帰ってニャイトモフりてぇ」
風邪起因の体調不良が長引き執筆が全く出来てない……( ;´・ω・`)腹痛がペイン……




