表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/210

生死の綱渡りと新手からの逃走

「ふっ、ふぅ、ふぅ、ふぅ。おっ?」


 肩で息をしながら目の前の巨体を見つめていると、一つの変化が訪れた。

 喉に手を当てて苦しんでいたボスゴブリンの体が傾ぎ、音を立てて倒れていったのだ。己の最期を悟った目には、深い憎悪の色が見てとれる。

 周りのゴブリンたちは、その光景を目にすると声を上げながら逃げていった。


 騒乱巻き起こる状況を尻目に、オレはそこそこデカい石つぶてを拾い上げ、倒れた体に近づかないように迂回してから顔面に投げつける。

 反応は無い。もう一度繰り返す。

 尚、オレは戦うエンジニアではないから踏みつけはしない。そもそも近づかないために石を投げてるんだからな。


「よし、死んでるな」


 ボスゴブリンの死を確認したオレは、大きく安堵の息を漏らした後、道具を入れた袋を森に取りに行った。

 未だ首を貫通している剣を抜きながら、持ってきた瓶にボスゴブリンの血を注いでいく。心臓は解体(バラ)して革袋に入れた。


 討伐証明部位は何処だっけ?

 普通のゴブリンキングじゃなかったけど、報酬とか増えるかな。……そもそもユニーク個体だったって証明できるのか?

 討伐カウントアイテムとか無いんだよな、この世界。


 奴の長剣はボロいからスルーだ。ゲームとかなら業物だったり魔剣だったりするのだろうが、生憎そんな事は無かった。重くて多少硬いだけである。

 実際、森に潜んでいるゴブリンがそんなもん持ってたら、逆に来歴疑うけれども。まだ盗賊の方が可能性がある。

 とにかく、これでどうにか目的を達成した訳だ。


「ふぅ……。予想外の事態に何度も見舞われたし、割と何度か死線が見えた気がするが……生き残った」


 今更ながらに冷や汗が出てくる。

 確かに戦闘中は極限状態で、最高にハイって感じだったからスリルも楽しめてたような感触があった。

 けど冷静に考えれば、相手が魔法を使うゴブリンキング、しかも二属性を操る個体だった時点で引くべきだったのだ。

 決して勝てる可能性は高くなかった。


 周りのゴブリンが痺れを切らさず、ボスゴブリンの周りを固め続けていたら。

 身体能力強化(フィジカルブースト)で急接近した時、ボスゴブリンが慌てず冷静にカウンターを返してきたら。

 相手の体が吹っ飛ばなかったら。そして、足に傷を負わなかったら。

 手近に盾になるゴブリンがいない、又は魔法の防御に失敗していたら。

 奴の最後の斬り上げがもう少し早かったら、それかショックボルトが効かなかったら。


 たら、たら、たらのタラレバだが、全てが起こり得ない程の確率ではなかった。

 例えばカウンターは警戒していたが、それを防いでも周りには配下がいたからな。そうなれば袋のネズミだったろう。

 最初の奇襲の成否自体は、奴の特異性が露見する前だったから考えない。


 リスクとリターンを鑑みた時、今回はリスクばかりが高かったのは明確だった。

 テンションに任せすぎたような気がする。

 以前のように、ただ運に助けられた訳では無いが、それでも一歩間違えればこの命は潰えていた。

 正直に話したら、エリー姉さんに烈火の如く説教されるのは目に見えてるな。そろそろ監禁されるかもしれん。


 よし、秘密にしとこ。でも討伐報酬欲し……いや、いのちだいじにだな。今更だけど。

 ゴブリンキングに立ち向かう勇気はあっても、あの人にガンガンいく勇気(むぼう)は生憎持ち合わせちゃいないんだよね。


 魔力は切れ、疲労困憊だ。

 先月新調した剣は血糊がべっとり。一応拭いたけど、帰ってからちゃんと手入れしないとな。あ、剣先欠けてら。

 オレが倒した木から燃え移った火は、周りに燃やすものが切れてきたようでその勢いを弱めている。あれなら放置しても勝手に消えるだろう。一応消してくが。


(火を消すには土掛けるのが一番だろうから、瓦礫とか砕いて振り掛けるかね)


 そんな風に考えながら、燃えなさそうな集落の残骸を拾い集めようとした時。

 突然高い音が響いてきた。


「ゥワオォオォォーン!!」


 それは、耳をつんざくような狼の遠吠えだった。


「ちょいちょいちょい、嘘でしょ? 勘弁してくんないマジで」


 少し軽い感じで言葉を吐いてしまったのは、事実だと認識したくなかったからかもしれない。

 オレがいるゴブリンの元集落を囲むように、十何匹もの狼が立ち並んでいたからだ。普通火を警戒して近づいてこないだろ!


 後から知ったのだが、人里離れたところに住む動物は火を見た事が無い奴らも結構いるらしい。

 彼らは好奇心によって逆に火に近づいてくるのだと言う。……いや、それは分かるし聞いた事もあるけど、狼って賢い生き物だろ? 好奇心に負けんなよ、警戒しろよ!


(もーしーかーしーてー……こいつらゴブリンどもと縄張り争いしてたとか? んで、騒ぎ聞きつけて残党狩りに来たとか? うわー、もしそうだったらオレってとばっちり?)


 オレがゴブリンを殲滅した時点でとばっちりもくそも無いのだが、うんざりしていたオレは別に深く考え込まなかった。

 今考えるべきなのは、この絶望的な状態からどうやって生き残るか、であるからだ。

 確か奴らの名前はブルーウルフ。青い毛をしてるからってそのまんまだよね。

 流石にボスゴブリンよりは数段落ちるだろうが、雑兵ゴブリンとは比べ物にならないだろう。特殊個体がいないとも限らない。

 おまけに今は魔法が使えない。……どうしようね?


 こういう想定外のために身体能力強化(フィジカルブースト)の使用を躊躇っていたのだが、これは後の祭りってやつだよな。

 そもそも使わなければ倒せなかったし。

 だから、たった一つの冴えたやり方は。

 やはり、ゴブリンキングの特異性を知った時点で逃げる事だったんだろう。


 まさか、倒した瞬間に休憩も大して出来ないまま連戦になるとは思わなかった。

 あるとしても帰り道で、くらいに考えていたのだ。それももっと少ない数で。

 ゴブリンと違って狼たちは強いから、中々見映えの良い無双が達成できた事だろう。勿論、オレが万全の状況なら、だが。


「今少し疲れてる上に怪我してるんで、また今度にしてくれませんかねー。あ、ダメですよねー。寧ろ嬉々として狩りに来ちゃいますよねー」


 弱った獲物を彼らが逃がす道理も無い。

 もはや、衝突は避けられないだろう。

 包囲網が狭まる前に脱出する必要がある。

 ここらに罠は設置してないから、手元にある道具と自力だけで何とかするしかないな。


「ちっ、オイこら犬ッコロ。ゴブリンやるからそこ通せっ」


 そう、()()()()()()()を上手く使わなきゃな。

 オレはゴブリンの死体が積み重なっているところに向かうと、引っ掴んでぶん投げた。

 動かず静観するものもいるが、何匹かは釣られて死体に駆け寄っていく。


(不幸中の幸いだな。この中に力のある統率者はいないらしい。なら早めに動くか)


 力を持った統率者……統率狼がいれば、こんな軽挙な行動に出る配下は吠えられるだろう。

 それが無いとすれば、考えられるのはボスの力が大した事ないか、ボスがそもそもいないか、ボスがこの場にいないかの三択くらいだ。

 オレとしては一番最後だと困るのだが、今ここで考えても結果は変わらない。


「逃げるが勝ちだッ!」


 ゴブリンを数体抱えながら、包囲網の一端に突っ込む。さっき駆け寄った奴がいたところで、その隣に動かなかったものの、ピクッと反応した奴がいる場所だ。

 逃げながら狼たちの足元にゴブリンを投げ、注意を逸らす。夢中になる個体もいれば、視線を向けるだけの奴もいる。


 こいつら、オレを襲ってきてなければ個体差があって結構可愛いかも。

 そんな益体無い事を考えながら駆け抜ける。

 当然奴らが追い掛けてくるが、ここで必殺、撒菱(まきびし)を投下だ。やっと日の目を浴びたぜ。

 軽く後ろを見ると、意外に効果があったようでキャウン! という可愛いらしい鳴き声まで聞こえてくる。

 狭い道に撒くと効果が高い、っと。そう心のノートにメモを取りつつ速度を上げる。


「はははははっ。あーばよっ、とっつぁ~ん! 捕まえられものなら捕まえてみなー!」


 予想以上に効果があったロマン罠によって上昇した気分で、生まれながらのハンターである狼に付け狙われる恐怖を紛らわせるように、そうオレは嘯くのであった。

エンジニア云々は、アイザックさん 踏みつけでググると出るそうで。

名前の由来では全くありませんが、兄に突っ込まれたのでネタとして登場。初めて知ったのですが踏みつけの威力高すぎですよね、アレ。


(綱渡りが)もうちょっとだけ続くんじゃ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ