第七話:まるでチェスだな!
【まえがき】主人公は魔法オタクです。
「み、水属性の属性変化……間違いなく難易度Aの魔法……てことは、ええと……クインティプルA……あ、あたまが……」
そういってエル先生は気絶してしまった。
「「せ、先生!?」」
◇ ◆ ◇
僕たちは気絶したエマ先生を木陰まで運んだ。
先生が起きるのを待つ間、姉さんとお話をする。
「エルフの先生を倒しちゃうなんて、レイくんってやっぱりとてつもなく強いのね!」
「あ、はははは……。先生が勝手に気を失っちゃっただけだよ」
「驚かせて倒しちゃうなんて、それだけ凄いってことだよ!?」
「き、きっと先生も疲れてたんだよ。と、年だしね……。ははは……」
エマ先生が起きてたら怒られそうだ。
というか実際の所、肉体が若いんだから年齢は関係ないんだけどね。
「……それと、私のことも助けてくれたし……」
言いながら、姉さんは僕をむぎゅうと抱きしめた。
「ありがと……すごく……かっこよかった!」
姉さんの力がさらに強まる。
「ど、どういたしまして……」
最近は姉さんも女性らしい体になりはじめてるし、ちょっとドキドキとしてしまうな……。
「う、うう……」
しばらくすると、エマ先生が目を覚ました。
「だ、大丈夫ですか? 先生!」
「はっ……ここは……!?」
先生は、ぼおっとしながら周りを見渡した。
「あ、あぁ……そうか。レイルズくんの魔法をみて……」
だんだんと意識がはっきりしてきたようだ。
「いや〜、あはは……あなた、ちょっと物が違うわね……。ホントに三歳?」
そう言いながら目を細めて僕をみる先生。
「も、もちろん!」
「……う〜、こんな小さな子どもなのに宮廷魔術師を超えてるわ……」
「レイくん、宮廷魔術師だって〜♪」
姉さんが喜んでいる。
「……というか、五色魔法使いなんて羨ましすぎる才能だわ」
まぁ前世で色々やったからね……。
本当はさらに他の属性も使えるし、もっと難易度の高い術も使えるけど黙っておこう。
「……ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
エマ先生が僕を見つめる。
ブラウンの大きな瞳が美しい。
な、なんだろ!?
秘密がバレたのか、色んな意味でまた胸がドキドキしてきてしまった。
「……あなた、ずいぶん古典的な魔法詩を使っているわね?」
「あ、ああ……それですか……」
魔法の使い方に関する質問なら答えられそうだ。
「なんで? 術名詠唱も、やろうと思えば使えるんでしょ? あなたのレベルなら、そんなに難しい事じゃないはずよ」
「……え〜と、勉強のために読んだ魔法の本が古かったので……」
「……ん〜? 本当にそれだけ?」
エマ先生はさらに食い下がってきた。
「え、え〜と、その……古典詩の方が格好良いじゃないですか!」
僕の価値観では、その方がカッコイイのは事実だ。
なんというか情緒とロマンがある。
「……まぁ、それは分からないでもない!」
エマ先生も同じような感覚を持っていてくれた。
なんとなくこの人も魔法オタクの気があるからな。
「……だけど、それだけには思えないな〜?」
しかし、完全に納得はしていないようだ。
う〜む、ここは同じ魔法オタク仲間として、解説をしてみても良いか……。
「た、多分なんですけど。術名詠唱に頼るのは、魔法の上達を阻害することになるかと思ってて……」
「ほほ〜……何で?」
これは少し説明が難しい。
例え話を使ってみよう。
「せ、先生はチェスってやったことありますか?」
「ええ、あるけど……」
「チェスで序盤をプレイするときに、決まった定跡を考えずになぞるのと、知ってはいても色んな手順を考えるのと、どちらが良いでしょうか?」
「ん〜、そりゃ時間があれば、改めて色んな手順を考えた方が上達しそうね……あぁ、そうか、なるほど……」
さすが、年季の入った先生なだけある。
なんとなくは理解してもらえたようだ。
「はい、僕にとっては術名詠唱は、考えずにチェスをプレイする、つまり精霊への祈りを忘れて魔法を使うのと同じなんです。それに……」
「それに?」
「術名詠唱に頼らずに、詠唱時間を稼いだり、起動を速くしたり、即興で新しい魔法を使うのも魔法使いの大事な資質なのだと思います」
毎回、しっかりとした手順を踏んだ方が応用が利く。
現代の魔法書にはその観点が抜けているのではないかというのが僕の考えだ。
「……なるほどね。分かったわ……あなたが言いたいのは——」
エマ先生が、ゆっくりと立ち上がった。
僕より背が高いので、見下ろすような格好だ。
「今や、ほとんどの魔法使いが術名詠唱に頼り切っている……だが、しか〜し!」
先生が大げさに杖が僕を指さした。
「『術名詠唱は甘えだ!』という事がいいたいのね!」
「レイくん、かっこいい!」
「あはは……そこまでは……」
そういうつもりではないけれど、似たような感覚はあるかもしれない。
前世の記憶があるから僕の魔法センスが古いのかもしれないけれど、現代の魔法教本は、効率性を重視しすぎて、本質を見失っている気がした。
さらに、エマ先生は「う〜ん」と顎に手を当ててしばらく考えていた。
「そうか……今時みかけない遅延詠唱をしていたのも似たような理由ね……。遅延詠唱は無詠唱と難易度がほぼ同じで、その意味がほとんどないと言われているけど……」
「詠唱はきっちりと残した方がいいかなって……せ、精霊への祈りは大切なので」
これは球技で言えば、球を打った後もフォロスルーをしっかり意識するような感覚だと思う。
武道で言えば残心ってやつだ。
打つ前だけを意識していると、打つことも疎かになる……と思う。
戦闘中は難しかったとしても、トドメを指したときは遅延詠唱の時間はあるはずだしね。
「……いや〜、そこまで考えているとは……」
先生は感心した様子でしきりに「うんうん」と頷いていた。
「す、すいません、先生に対してこんな事を言って……」
ちょっと失礼だったかもしれない。
人に魔法を教えるのはエマ先生の方が経験があるはずなのだ。
「ううん! 私、勉強になったわ! また一つ年の功を重ねたってわけよ!」
「レイくん、説明が上手〜♪」
「あはは……それは良かった……」
「参ったわ! こうなったら、私があなたに弟子入りしないといけないわね! レイルズ先生!」
「わぁ、すごい! レイくん、先生の先生だね!」
「ええっ? そんな……」
なんだか奇妙な関係になってしまったらしい……。
【あとがき】ブックマーク、ポイント評価ありがとうございます!