第三話:男児、三歳となれば迷わず!
【まえがき】姉さんからは溺愛されてます。
三歳になってしばらく経ったある日、僕はリリィ姉さんと街へ買い物へ出かけていた。
姉さんも六歳になって、母さんからたまにお使いを頼まれるのだ。。
石畳の賑やかな街並みを手を繋いで歩く。
「あれ? その腕飾り、新しいの?」
姉さんが右腕に編み紐の飾りを巻いていることに気がついた。
というか「気づけ」と言わんばかりに、僕の目の前に見せつけていた。
「ふふ~ん、よく気がついたわね!」
何やら自慢げだ。
「へぇ、かわいいね!」
こういう時に女性を褒めないといけないのは僕も知っているぞ!
「でしょ~?」
よく見ると、ちょっとだけ編み方が荒くて手作り感を感じる飾りだ。
「自分で作ったの?」
「うん。最近流行のお守りなの」
「お守り?」
「そう! 弟ともっと仲良くなるという伝説のお守りなのよ!」
「……へ、へぇ~……」
いやいや、そんな限定的なお守りがあるのか?
というか僕たちの仲は良いし、これ以上仲に良い状態ってどうなんだ?
にっこりと笑う姉さんの視線を、僕は額に汗を浮かべながらかわした。
そうこうするうちに街の中心の噴水に到着した。
「え~と、パン屋はあっちで野菜屋さんはあっちだったわね」
「え、野菜屋はあっちじゃない?」
「あ~、そうだった! やっぱりレイくんは賢いね!」
くしゃくしゃと僕の頭を撫でてくれる。
「買い物は私が済ませておくから、あなたはいつもの本屋に行ってていいわよ!」
「ありがと!」
僕がいつも街に来ると本屋に寄りたがることをリリィ姉さんは知っていた。
この時代の魔法の本を読みたかったからだ。
という訳で、手を離して別れようとするが――
「それじゃ……ん~」
姉さんが僕を抱き寄せて、口をつむらせて僕の口に近づけてきた。
「……な、なに?」
「お別れのキスよ! 父さんと母さんがいつもやってるでしょ?」
姉さんは最近ませ始めている……。
「いやいや、あれは姉弟でやるものじゃないよ!」
「……そういう問題じゃないわ!」
「そういう問題だよ!」
言い返すと、姉さんはいじけて地面にしゃがみ込んでしまった。
「……ケチ! 意地悪!」
「まったく……」
仕方がない……。
僕はしゃがんでいる姉さんにキスをした。
もちろん、ほっぺただけどね!
「えへへ……レイくん、やっさし~♪」
リリィ姉さんは満面の笑顔になってすぐに機嫌を直してくれた。
わざとやってるんじゃないだろうか……。
「じゃあ、終わったら、またこの場所でね!」
「は~い!」
元気に返事をして僕は走って本屋に向かう。
◇ ◆ ◇
カラン、と音を立てて小さな本屋に入った。
中には数人ぐらいしかお客さんがいない。
みんながみんな字を読めるわけではないし、いつもこんな感じで空いている。
「いらっしゃい!」
おじいさんの店長さんが僕に挨拶をしてくれる。
「こんにちわ!」
ほとんど立ち読みしかしない僕だけれど、子どもがこんな所に来るのはとても珍しいので、おじいさん店長はいつも歓迎してくれた。
「今日は、これにしようかな」
僕は『魔法~その原理と応用~』と書かれた本を手にした。
「ちっちゃいのに、よくそんな本読めるね~」
「う~ん、なんとなく~」
軽く返事をしながら目を通す。
前世から千年も経っているだけあって、魔法の理解というか体系化についてはかなり進んでいる。
目や髪の色で適正を判断するなんて事も以前はなかったものだし、魔法による現象、つまり術にも明確な名前がつけられていた。
一方で――
(……やっぱりこれもかぁ……)
強大な魔法については、使う人が減っているようだった。
例えば魔法難易度について、どの本でもだいたいこの様に書いてある。
難易度: 説明 : 具体例(火属性)
F: 属性に応じた物質を生み出す事が出来る:火種を作る
D: 生み出した物質を体から離す事が出来る:火球弾
C: 放出した物質をコントロール出来る: 操火球
B: 広範囲に物質を展開出来る:炎流壁
A: 物質に形態的、機能的変化を起こす事ができる:蒼炎刃
S:それ以上
Sの「それ以上」ってのが曖昧だ。
前世での自分の経験上、S以上も分類すべき差が存在するはずだ。
自分が分類をしようとするのであればこうなる。
S:人が通常は扱えない範囲の物質や現象を操る
SS:それによって、街一つ以上の範囲に影響を与える
SSS:大陸一つ以上の範囲に影響を与える
超SSS:時空間を含む世界の基本原理を捻じ曲げる
難易度イコール戦闘での効果の大きさという単純なものでもないけれど、与える影響の範囲で、その魔法の習得難易度にも差があるのは間違いない。
それと、昔は術の名前は使い手が自由につけていたから決まったものはなかった。
というか、僕も含めてわざわざ名前をつけない人間のほうが多かったのだ。
(……とはいえ、あの時代でもS以上の魔法の使い手は稀だったからな……)
一人では発動できないレベルの術もあると考えれば、時代が進む中で失われていってもおかしくないのかもしれない。
「あ、いけない!」
そんな思索にふけっていると、かなりの時間が経っている事に気がついた。
リリィ姉さんは、もうとっくに買い物を済ませているだろう。
「おじさん、またね!」
「はい、またおいで!」
僕は急いでお店を出て、待ち合わせの噴水に向かった。
店を出て十分もしないうちにそこに到着したのだが――
「あれぇ?」
姉さんの姿が見当たらない。
「まだ、買い物してるのかなぁ?」
と周りを見渡すと――
「これは……姉さんの……」
姉さんが身についけていた腕飾りが、千切れた状態で地面に落ちていた。
それを拾いながら、僕の心は嫌な予感に支配される。
……仕方がない!
緊急事態だ、魔法を使おう。
「導く力――父なる風……教えろ、教えろ――鳶目兎耳の音色にて」
風の力を用いた索敵魔法。
僕の頭の中に街中の人の動きが影として投影される。
そして、三つほどの影が重なって街の外に向かって走っているのを感じ取る。
「こいつらか!」
そのうち一つは、抱えられて身動きを取っていない事も分かった。
それに裏路地を選んで動いていることから、間違いなく堅気の人間ではない。
こいつらが姉さんを攫っていった可能性が高い。
「更なる力――内より出づる……」
僕は気属性魔法で身体能力を増加させ、駆け出す。
「……高まれ、高まれ――疾風迅雷の速さまで!」
術の展開が完全に終わると、通常の人間では目にも止められない速さで移動が可能だ。
「んん? 風?」
通行人の横を走りすぎるが、僕が切った風だけがその場に残った。
【あとがき】ブックマーク、ポイント評価ありがとうございます!