第一話:男児、颯爽と生誕!
【まえがき】ここから本編となります。
――千年後――
「おぎゃあああああ!」
っと僕はまず空気の確保に成功した。
呼吸は正常、脈拍も安定しているな。
かなり思いっきり泣かないとダメなのだな……。
また新しいことを経験し、賢者としての成長を感じた。
ちなみに、生まれると自動的に前世の記憶が転写された。
同時に若干の肉体強化魔法が自動的にかかっている。
しかし、何やら目にモヤがかかっていて前がよく見えないな……。
「奥様、生まれましたよ! 元気な男の子です!」
うむ……僕は男の子である!
もちろんアレがついている。
感触があるからな。
「あぁ……何て可愛らしい」
むむむ……そう言われると照れるな……。
目はよく見えないが僕はどうやら母親に抱かれているようだ。
柔らかい体の感触が心地よい。
「よくやった! う~む、だが、目も髪も黒いようだなぁ……」
恐らく父親の声だろう。
はて、黒髪黒目の何が悪いのだろうか?
カッコイイじゃないか。
「まぁ仕方があるまい! 元気な子であればそれで十分だ!」
良く分からないけれど、歓迎はしてくれているらしい。
感謝感激である。
「さぁさぁ、あなたの名前はカイルちゃんよ~」
「なんだって!?」
僕は思わず声を上げてしまった。
いやいや、待て待て! それは忌まわしきあの勇者と同じ名前じゃないか!
「……」
何故か、しばらくの沈黙。
「うあああ! 喋った!」
ドン! と尻もちをつく音が二つ聞こえた。
父親と産婆のものだろうか。
そりゃ喋るだろう、人間だもの。
「え!? え!?」
母親も何やら声を上ずらせていた。
……とりあえず、未だ目が見えないのが気持ち悪い。
なんとなく、顔を拭けばこのモヤが取れそうな気がするのだが……。
「ところで、何か顔を拭く物を頂けませんか?」
「は、はい……」
産婆と思しき女性がタオルを渡してくれた。
それを受け取って目の辺りを良く拭く。
うん、モヤが取れてきた。
なるほど、羊水が目に入っていたんだな!
ちなみに羊水がなぜ「羊」なのか……生まれたばかりの羊からの連想だという説があるぞ。
視界が開けると、父さんはヒゲを生やしたガッシリとした男性で、母さんは少しふっくらとしているが若々しい女性だった。
そして、どうやらここは寝室のようだ。
なかなか豪華な所を見ると、それなりの家柄なのだろうか?
「母さん、そちらへ僕を置いて下さい」
「うん……」
母親の腕の中を離れて、ベッドの上で立ち上がりお辞儀をする。
円滑な人間関係のために初対面の挨拶は大事だろう。
初対面の印象はその後にも大きな影響を与えるというし――
「初めまして、僕の名前はレイルズです!」
「な、なんと……!」
父さんと母さん、そして産婆が目を丸くして僕を見ている。
(しまった……。驚かせてしまったようだ……。申し訳ないな……)
「た、立った! 生まれたばかりの赤ちゃんが立った!」
「いや、それより、自己紹介してるわ! 赤ちゃんが自分で名前をつけた!」
そして、また沈黙が流れる。
(ふむ……何か怪しまれているのかも……?)
両親はずっと険しい顔をしている……。
僕は心配でドキドキと胸を鳴らせていた。
しかし――
「て、天才だ! 俺たちの息子は天才だぞ!」
「いや~ん、こんなに可愛いのに天才だなんて!」
「いや~、神様に愛されてますね!」
今度は何やら大袈裟に喜び始めた。
母さんがベッドから立ち上がると――
「ららら~ん♪」
父さんと産婆と手をつなぎ、三人でぐるぐるとステップを踏みながら踊りだしている。
楽しげなのは良いことなのだが……。
僕は少し心配になって尋ねた。
「あ、あの……子どもを産んだ直後にそんなに動き回って良いんでしょうか?」
出産直後は体が弱っているのではないだろうか?
「……」
三人は踊るのをやめ、僕の方をじっと見つめてきた。
(……むむ、また変なことを言ってしまったのか?)
「……」
また沈黙。
だが、その沈黙もすぐに破られた。
「まぁ~レイルズちゃんったら、やさしい~♪」
「はっはっは、生まれた直後に立ち上がった赤ちゃんが『動き回るな』と言うとは!?」
「高度なボケなんじゃないですかね!?」
そう言ってまた三人は「はっはっは」っと笑いながら踊り始めた。
う~む……良く分からないけれども、とりあえず大丈夫そうだ。
そこに――
「お父様、お母様、無事生まれたんですね!?」
大きな音を立てながらドアを開けて、銀髪の小さな女の子が入ってきた。
いや、今の僕よりは大きいのだけれど――。三歳か、四歳くらいかな?
その女の子はズカズカと僕の方に歩いて近づくる。
まるまるとした目が細められて、何やら僕の方を睨んでいる。
僕は少し怖くなって体を縮こまらせた。
だが、しかし――
「いや~ん♪」
近くまで来た女の子は破顔して僕を抱き上げた。
「か~わい~! うりうり♪」
頬をすりすりと寄せてくる。
「うう……」
女の子にそんなことをされると、何だか恥ずかしい。
「リリィ、あんまり強く抱きしめたらだめよ~」
「は~い」
と言いながら彼女は力を緩める気配が全くない。
「えへへ~、あなたのお姉ちゃんのリリィですよ~」
なるほど、彼女は僕の姉らしい。
となれば、彼女にも挨拶をしなければいけない。
「はい! リリィ姉さん! 僕はレイルズ。宜しくおねがいします!」
はりきって挨拶をしたのだが――
「しゃ、喋った!」
リリィ姉さんは少し僕を体から離して僕を見つめる。
「……」
そして、じっと僕の顔を見つめて数秒――
「いや~ん、天才だわ~。私の弟は天才よ!」
両親と全く同じ反応だった。
「やっほ~い! やっほ~い!」
そうして家族全員で僕を囲んで踊りだした。
ちょっと変だけど、新しい家族は優しい人たちのようで何よりだ。
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