第十八話:風、鋭くなって!
見覚えのない子だ。
姉さんと目を合わせるが、姉さんも知らないといった風に首を振った。
僕は彼に向き直って確認する。
「……きみは? どこかで会ったっけ?」
「そうですね、僕の方が勝手にあなたの事を存じているだけでしたね……僕の名はサクルといいます。以後、お見知りおきを」
そう言って、サクルは礼儀正しく腰を折り曲げた。
「「よ、よろしく」」
突然現れた妙に上品な子どもに面食らいながらも、僕は姉さんと一緒にあいさつを返した。
「え〜と、僕の名前は——」
こちらも自己紹介をしようとするが、サクルがそれをさえぎる。
「あなたの名前はレイルズくん、そちらのお姉さんはリリィさん。ですね?」
「う、うん……なんで——」
知ってるの?
と言葉を発する前に、サクルが話を続けた。
「少し調べさせていただききました。キース様との戦いなど、興味深い様子も見ておりましたので。それに野生のゴーレムとやらの話も……」
「「そ、そうなんだ……」」
僕とリリィ姉さんは額に軽く汗をかいた。
そんな僕らを、サクルはじっと見つめた。
さらに、僕の顔の前に近づいてのぞき込んでくる。
お互いの息が、かかりそうなほど近い。
「な、なに?」
僕は、彼との距離をとるように背を伸ばした。
リリィ姉さんはといえば、好奇の目で僕らを見ていた。
「う〜む……確かに黒髪黒目のようですね……」
「そ、そうだよ」
僕がうなずいて肯定すると、サクルはくるっと反転してから、横を向いて考えるそぶりをみせた。
「いや、しかし……」
鼻筋に手をあてて、考え込む仕草が大人びていた。
いや、子どもが無理して大人ぶっているという雰囲気も少し感じるけれど。
「まぁ、いいでしょう。この大会であなたの本当の力を見せてもらえれば、はっきりします」
「ほ、本当の力?」
「魔法ですよ。それも多属性で、かなり強力な……」
サクルは、僕が魔法を使えると考えているということだろう。
周りの参加者もこちらをみているし、僕としては騒がれると都合がよろしくない。
「そ、その……」
と言葉を返そうとしたとき——
「参加者の皆さん、主催者のあいさつがはじまります! 整列して下さい!」
と、ギルド職員の女性の声が広場に響いた。
(ラッキー!)
タイミングが良かった。
「ほら! サクルくんも並ばないと!」
「ちょ、ちょっと……」
僕は適当に彼の背中を押して、その辺の列に適当に並ばせた。
そのさらに後ろにリリィ姉さんと僕が並ぶ。
「さ、偉い人の話が始まるから、黙って聞かないと!」
「……」
サクルは納得いっていないという顔をしながらも、前を向いてギルドの説明を聞いていた。
台に立って参加者の前で説明しているのは、ギルドマスターの老年の男性。
額に傷がついた恰幅の良い男で、風貌からすると元冒険者といったところだろうか。
淡々とした調子で、今回の大会の説明が進んでいた。
と言っても、基本的には事前に聞いている内容——怪我などは自己責任だという確認や、成績の決め方など。
モンスターを退治したときにドロップされる魔石を提出すれば、それが集計されてランキングとなる。
ちなみに、参加者同士で戦いの協力はしても良いが、あくまで個人別で最終成績を決めると言うことなので、僕がゲットした魔石はリリィ姉さんにあげようかと思っている。
「さて、最後に今回のスポンサーとなって頂いた錬金術師スペンサー卿からのあいさつです」
ギルドマスターのだらだらとした話が、やっと話が終わるようだ。
職員の女性に促されて杖をついた老年の男が台にあがった。
「え〜……非常に若い人間も参加してもらっているようで、誠に結構なことだの。怪我に気をつけてテキトーに頑張っておくんなさい。無理はせんでええぞ。以上じゃ」
なんとも締まらない雰囲気で、開会式のようなものが終わった。
◇ ◆ ◇
僕とリリィ姉さんはモンスターが現れるという森に移動した。
木々から差し込む日光は明るく、風も涼しいのに、空気が重苦しい。
「だぁ〜!! なんでついてくるんだよ?」
「言ったでしょ。あなたの力を見極めるためです」
僕らの後ろをピタリとサクルがつけているからだ。
振り返りつつ文句を言う。
「ストーカーかよ」
「ええ、ストーカーです。情報収集の基本ですね」
こいつ、全然悪びれる気がないな。
「レイくん、構わずにモンスターと戦おうよ!」
「うん……」
仕方ないけど、うっとうしいサクルを無視して退治すべきモンスターを探すか……。
と、ちょうどブルースライムが僕らの目の前に現れた。
ぶにぶにと体を変形させながら、飛び回っている。
「姉さん! 構えて!」
「うん!」
僕自身も、腰につけている剣に手をやる。
父さんから貰った、片手剣だ。
僕の体に合わせて、大人用の者より少し短くしてある。
ブルースライムは、こちらに飛びかかるタイミングを見計らっているようだ。
「ブルースライムには、風魔法だよ!」
ブルースライムの属性は水。
姉さんの風属性は、それに対してもっとも有効な魔法だ。
「よぉし! 戦いの基本は先制攻撃ね!」
姉さんが杖を前にする。
「導く力——父なる風……」
ブルースライムが姉さんの魔力に反応して、動きを細かくして、いつでも跳べるような姿勢になった。
「切り裂け、切り裂け——このもの切り裂け!」
風が鋭くなって、スライムに向かって刃が放たれるが——
「ズヒュッ!」
スライムがそれを左に飛び跳ねてよけた。
事前の動きからそれを察知していた僕は、その方向へ回り込んでいる。
抜刀して——
ブシュッ!
スライムの体に剣を突き刺し、地面に固定。
「姉さん! 曲げて!」
「うん! とぉりゃ!」
姉さんが杖をスライムに合わせて動かす。
風の刃がスライムを追尾するようにカーブして、もう一度加速し——
グサッ!
スライムの体に刻み込まれた。
そのまま体がほぼ真っ二つの状態になって、元の形を保っていられない状態になった。
ズズズっとスライムの体が消えると、最後に水色の魔石が残った。
「やった!」
姉さんが声を上げて喜んでいる。
「はい、これ」
魔石を拾った僕は、姉さんにそれを渡した。
「いいの?」
「あたりまえだよ、姉さんが倒したんだから」
僕はほんの少し手伝っただけだ。
「わぁい! ありがとう、レイくん!」
姉さんが魔石を受け取って、僕をむぎゅっと抱きしめた。
「むむむ……うらやましい……じゃなかった」
それを離れて見ていたサクルが、なにやらつぶやいている。
僕らをみていたかと思うと、懐からメモ帳を取り出しながら——
「今のは、風属性——難易度Cの操風刃に相当する魔法ですね……。なるほど、一度はなった魔法をコントロールするとは、姉の方もなかなかやるようです……。そして、なぜだか分からないですが、古典的な魔法詩を使用していますね。それに美人と——」
何やら書き込んでいた。
最後の方は何かにやけているぞ。
何を考えているんだ……。
「な、何してるの?」
「いえ、こうやってしっかり記録を残しておかないと……。人間の記憶というのはあてになりませんので……」
「さ、さいですか……」
勤勉なのは良いのだが、僕らの行動について、いちいちメモを取られるのはうんざりするぞ……。
僕はふぅと大きな溜息をついた。
「あ、あぶない!」
リリィ姉さんが叫んだ。
目線はサクルの後ろを向いている。
ズズズ——
スライムが二体、彼の後ろに迫っていた。
【あとがき】
美人のお姉さんに抱きしめられたい……
可愛い弟を抱きしめたい……
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