第六話 今後について話し合う
ホウレンソウは大事です。
タケオです。
脛に青痣ができてました。
相変わらず容赦ない虐待です。決してそっちの気はありません。
ロベルト村長のはからいにより、しばらく客間を借りて過ごせる事になりました。
見知らぬ土地へ飛ばされ右も左も分からない僕たちにとって、本当に有り難いことです。
夕餉の後、アントニオ老とミゲルさんがお帰りになり、ヒナタ様がお子様達との会話に花を咲かせている間、僕はマリアさんの片付けをエレナさんと一緒に手伝いました。
ゆっくりしていても良いと言われましたが、拾われた上に客人待遇を受けているだけでは精神が落ち着きませんし、自分たちの箸も洗いたかったのでお手伝いさせていただきました。
そして現在、『神層領域』から取り出した行灯の灯りを頼りにヒナタ様と二人きりで向かい合って床に座っております。
やましい事はしておりません…と言うか恐ろしくてできません。
「なんじゃ?タケオ、また失礼な事でも考えておるのか?」
「いえ、夕食が美味しかったなと…。」
ほら、この感の良さ。これは加護の力でしょうか、はたまた第六感か野生の感か…。
この村では日没と共に就寝が基本の様です。
灯りに使用する燃料が勿体ないとの事、神都では行灯や光術式を使っている方もおりましたが、ヤマトノ国の地方の村落も同じですね。
お子様達は早々に床につかれました。
村長たちは夫婦の会話があるそうです。無粋な真似はいたしません。
僕たちはこれからの事を話し合わねばなりません。
「さて、ロベルト殿にも言われたが今後の行動を決めるに際し、現状の確認をせねばならんの。」
「ですね。現状わかっているのは『禍ツ神』によって『巫女隊』の各隊が僕たちと同じ様に飛ばされてしまった可能性が高いと思います。」
「うむ、我々は運良く海に落ちつつもアントニオ御老達に拾われ助かる事ができたが、他の者達の安否は現状では確認のしようが無いの。」
「皆さん無事であって欲しいですね。」
「まぁ、一番隊隊長、トモエ師匠の訓練に耐えた猛者達ゆえ、殺しても死なんヤツらばかりではあるがの。」
「ははは…」
あの訓練はまさに地獄でしたねぇ…なんせ従者も問題なく従軍できる様にと一緒に参加させられましたから…ヒナタ様の目から光が消えてますし、僕も乾いた笑いしか出ません。
いち早く目に光を取り戻したヒナタ様が『神層領域』より化粧台と櫛を取り出して渡してきます。
日課の髪梳きが滞っていたので僕に髪を梳けって事ですね。
無言で強要してくるあたり流石です。
「僥倖だったのは、『神層領域』や『加護』が使える事だの。これで神との繋がりが保てている事から『異界』に飛ばされたのでは無いと確信が持てると言うもの。」
「はい。自然と出来ましたから、安心しました。」
ヒナタ様の髪を梳きながら考えをまとめます。
今のヒナタ様の髪梳き道具や村長達への説明の際に取り出した演台などを『異界』に収納している『神層領域』。
『神層領域』に代表される現と違う『異界』が存在するのは神道術者の間では周知されており、『神界』『魔界』『精霊界』など普通の人間がそのままでは渡ることの出来ない世界が数多あります。
そんな『異界』に神様達のご加護を受けて利用させていただいているのが『神層領域』への『収納術』です。
また、村長達の言っておられた『空間転移』の術ですが、人々が使う神道術では神社や皇居の一部施設で大々的な儀式を行った上で可能であります。
また神様達であれば『神渡』と呼ばれる力で御自身が空間を渡る事が可能であると学びました。
『禍ツ神』が一度に巫女隊の面々を飛ばした力は異例であり脅威であると言えるでしょう。
「しかしながら、『鏡』を利用しても『念話』は届かなんだ。距離があるのか故障してしまったか。」
「観たところ機構的な故障は見られませんね。術式的な損傷は時間をかけて検証しないと僕にはどうにも…」
「タケオ一人では時間がかかるのも仕方なかろう。焦る事はない。」
「ありがとうございます。」
「戦闘以外は活躍の場のない私が鍛治師と共に飛ばされた事は幸運であったの。頼りにしておるぞ、タケオ。」
「ははっ!」
ヒナタ様が優しい…だと?…これは天変地異の前触れでしょうか…既に天変地異的なものに巻き込まれてはおりますが。
「なんじゃ?タケオよ、惚れたか?」
「いえ全く。」ゴッ‼︎「っがっ⁉︎」
後頭部で頭突きとは…鼻の奥がツーンとします。
鼻血出てないでしょうか?あ、大丈夫ですね。
「ふん!森人のヨイチは弓に優れておるし、道術も達者だからどこでも生きていけるであろう。鬼人のホオズキは頑強で剛力、武技も一流で並みのヤツでは歯も立たん。…だが考えるのが苦手なのと酒に目が無い所が心配の種だのう。」
「あ〜想像しちゃった。なんか、盗賊の頭とかになってそうですよね。」
「廻人のおチヨは元諜報部ゆえ、融通が利くから心配無いと思うが問題はキミだのう。」
「ええ、三番隊唯一の救い…いや、良心で巨にゅ…ごめんなさい。皆さま素晴らしい方々で優劣なんて付けられません。」
氷点下の流し目をいただきました。物理的に寒気を感じる視線って凄いですよね。
「キミは我々の様な特殊な生い立は無く、普通に茶屋の娘だったからの。巫女隊で預かった後、支援系の加護に目覚めるまではお前と同じ従者として訓練をしていたからのう。」
「そうですね、僕たちの様に誰かと共に居てくれれば安心なんですが…。」
キミちゃん…無事でいてくれるかなぁ…。
巫女隊の中で一番時間を共にしていた仲の良い娘だから心配です。
ちなみに僕と同い年で三番隊で1番大きいです。
「隊の面々の心配もそうだが、まずは私たちが帰還できるかどうかが当面の問題と言えよう。」
「そうですね。アントニオ老の話しでは機兵は緊急装置が発動して搭乗部が解放したまま嵐の中の海岸に置きっ放しとのことですので、早めに回収・検査したい所です。」
「『鬼首丸』も動いていない様だしの。」
「僕の『勾玉』とかは操縦席に設置したままなので盗難も心配です。持っていかれた所で他人に使用は出来ませんが。」
「だから何時も身に付けておけと言っておるだろうが。たわけ者。」
「おっしゃる通りです…。面目次第もございません。」
こればっかりは、おっしゃる通りですが結構邪魔なんでよねぇ操縦する時。
なので、僕の機兵『一筒』の席には収納箱を設置してあったりします。
ちなみに、『勾玉』『小刀』『銅鏡』は三種の神器になぞらえて魔装機兵乗りが愛用している神通力の増幅器です。
『勾玉』は神通力の増幅器で『力石』と呼ばれる神通力の結晶を加工した首飾りです。
『小刀』は神道術式を簡略化するための補助器で、護身刀としても使えますが持っていなくても小物(最大で1人で持てる大きさと重さの物)であれば『神層領域』が略式展開可能です。
それ以上になると陣や式が必要となります。
『銅鏡』は通信術式の補助器で、これを持っている人同士であれば離れた場所でも会話できる優れものです。
使用の際には別段鏡に顔を映す必要はなく、携帯しているだけで可能です。
僕は度々機兵に置きっ放しにして連絡が付かず怒られることもあります。
…おおむね下らない所用で、ですが…何をしているとは言いませんが、男には自分の時間が必要なんですよ。
「明日、村長さんに言って機兵の様子を見に行きましょう。」
「うむ、機兵の状態も気にかかるが帰国の計画を立てようにも情報が少なすぎるの。それにこの村の方々への恩も返しておらん。」
「そうですね。ヤマトノ国との往き来が無い様ですので、貨幣も違うでしょうから手持ちの金子では逆にご迷惑をかけ兼ねませんね。」
「明日マリア殿に貨幣について聞いてみようかの。ヤマトノ国の地方の小さい村では物々交換も当たり前の所もある。しばらくは情報収集と私たちでも出来ることで恩を返していく事としよう。」
「御意に。」
行灯の灯りを消し、眠りにつきます。
…嵐の海岸に搭乗部解放状態で数日置きっ放しの機兵…うわぁ…大変なことになってる予感しかないんですけど…
さぁ動き出しましょう。