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花菱女学園重装機兵部  作者: キ74
第一章 赴任/出会い
8/45

2-3

 ~回想終了~


 「大鳥教官?」

 「えっ?」

 「どうかしましたか?ぼーっとして…」


 山下先生が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。


 どうやらあの戦いのことを思い出していくうちに、ついつい物思いに耽ってしまっていたみたいだ。


 「いや、大丈夫です。えーっと、どこまで話したっけ?」

 「ブルネイ上空から降下したところまです」


 唯里君が笑顔で答える。


 「ああ、そうだったね。…ブルネイでは予定降下ポイントから大きくずれたせいで、かなり苦戦して―」


 ピーンポンパンポーン


 『大鳥教官、お客様がお見えです。応接室までお越しください。繰り返します―』


 「ん?誰だろう?」


 今日誰かが面会に来る予定なんてなかったはずだが…。


 「大鳥教官、行ってください。授業は私が引き継ぎますから」

 「そうですね、お願いします」


 僕はそう言って花組の教室を後にして、校舎一階の応接室まで足早に向かった。


 コンコン


 「失礼します…」

   

 応接間の扉を軽くノックして、ゆっくりと部屋の中に入る。


 「やあやあ、イチロー君久しぶりだねぇ」


 応接室には長身で派手な金色に染めた髪をした見覚えのある女性がいた。


 「王班長?どうしてここに…」

 「いやー、実はボクもキミと一緒で今度出世してねぇ、ひとつ研究室を任してもらえることになったのだよ」

 「はぁ…」


 僕の質問の答えにはなっていないが、要するに昇任したからこれまでの小さな研究班ではなくて、一つの研究室を任されることになって、ここ鎌倉出島の第四陸軍技術研究所の分所に異動になったということだろう。


 王班長、改め王室長は以前と変わらず無駄に大げさな手ぶり身振りをしつつ、控えめな胸を張って緩いしゃべり方をする。相変わらず年甲斐のない人だと思う。確かもう30歳ぐらいだったと思うが…。


 「そうだったんですか。おめでとうございます」

 「どういたしまして」

 「久しぶり、大鳥君」

 「あ、佐藤少尉、お久しぶりです。お元気そうでよかった」


 これまで後ろでおとなしく控えていた細身の男性が前に出る。


 佐藤技術少尉は王室長とは大学の研究室時代の付き合いらしくて、自由人の王室長の手綱も握れる数少ない人物の一人だった。


 「えっと、それで今日はなにか?」

 「なにかって、新任の挨拶だよ。こう見えてもボク常識人だからねぇ。こういう礼儀とか、結構大切にしてるんだよぉ」


 正直なところ、どの口がそんなことを言うんだと思ったが、口には出さなかった。


 「いやー、それにしてもまたキミと働くことになるとは、まったく人生とは面白いものだよ。そう思うよねぇ?」


 僕は王室長の言う通り以前、と言うか一年ほど前に知り合って、それから彼女の研究チームに参加していたことがある。


 「それにしてもキミも大変だったねぇ。まあ、あのことに関しては、ボクらも巻き込まれちゃって結構大変だったんだけどっさぁ」

 「あ、いや、その節は大変ご迷惑を…」

 「ホントだよ、おかげでボクの≪天狼≫は憲兵隊預かりのまま全然帰ってこなかったし、ボクらまで取り調べされるし―」

 「室長、そのあたりで」


 調子に乗ってペラペラとしゃべりだした王室長を諌める様にして佐藤少尉が言う。


 「いやいや、ジョージ君、ボクは互いの苦労を労おうかと思ってねぇ。いやー、ホント大変だったよねぇ。ボクとしてはキミが銃殺刑にでもなるんじゃないかと思ってひやひやしたよ」

 「ははは……まあ、銃殺にはなりませんでしたけど…結局予備役送りみたいなもんですよ」


 まだ一応は軍に籍は残っているが、この先どうなるかはわからない。自分のしたことを思えばいつ有形無形の圧力がかかって、軍をやめざるを得ない時が来てもおかしくはないと思う。それどころか、命を狙われていても不思議ではないとさえ思う。


 「でも晴れて将校になれてよかったじゃない」

 「教官になるためには尉官以上の階級が必要だっただけです。多分、久我山閣下がいろいろと手をまわしてくれたんだと思います」

 「へぇ~、陸軍大臣と繋がりがあるんだ?」

 「ええ、まあ。閣下は僕の父と知り合いで、それに僕が学生時代に教育総監をやられていて、重装機兵部の大会などで結構お会いする機会も多くて…裁判の時も随分と助けてもらいました」


 陸軍甲十三号事件


 陸軍最高機密事項に指定された事件。昨年6月に樺太で第四機動憲兵隊がテロリストの制圧任務中に起きた事件で、表向きには任務中に突如出現してきた金属虫により、憲兵隊と退避させていた現地住民合わせて200名が死傷した事件だと発表されている。


 しかし、事実は全く異なる。


 事実を知る僕や王室長を含めた事件関係者には緘口令が敷かれおり、しかも、僕に限って言えば事件の関係者どころか当事者で、事件後から半年にわたり非公開の軍法裁判にかけられていた。裁判は次第に事件の事実解明よりも、陸軍内の派閥抗争の道具となり、久我山陸軍大臣が僕を庇ってくれたのも純粋な正義や親愛からでなく、自らが所属する派閥・統督派と敵対する尊皇派との抗争の中で、そうした方が良いとの判断もあったと思う。


 どちらにせよ、あの事件は僕がもっと上手くやれていれば、あんな悲惨な結果にはならなかった。


 誰も死ななくて済むような方法があったんじゃないか?


 あの事件からそんなことばかりを考えている。たらればの話なんてなんの意味もないってことはわかっているつもりではあるが…。


 「ふ~ん、まあ閣下のことは良く知らないけど、いい判断だねぇ。いやボクとしてはとても助かるよ」

 「どうしてです?」

 「いやぁ、何を言っているんだよ。キミはボクの知る中でもっともネジのぶっ飛んだ人間だよ」

 「そ、それは…褒めてるんですか…?」


 僕も他人と比べて少々変人ぽいところがあるのは認めるところだが、少なくとも王室長には言われたくなかった。


 「キミはキミのおかしさに気付くべきだよ。だって、いくらボクの最高傑作≪天狼≫を使っていたとはいえ、機関砲もなしであの―」

 「室長」

 

 佐藤少尉が話を止めようとするが王室長は全くそれを気にしない。


 「剣聖とまで呼ばれた柴崎大尉率いる精鋭部隊の機動憲兵隊をたった一人で壊滅―って痛ッ!?」


 王室長はいきなり足を踏まれた痛みで、ようやく話を止めた。王室長には悪いが、僕はこれ以上その話を聞きたくなかったので助かった。


 「すみません室長。ついうっかり踏んでしまいました」

 「絶対うそでしょ…」

 「あの事件の話はしないでくださいっていつも言ってますよね。特にこんな外部で話すなんて、どこで誰が聞いているのかもわからないんですよ」

 「んー?まったくジョージ君は神経質だなぁ。大体人の口に戸は建てられないんだよ?どうせそのうちどっかの週刊誌にでもすっぱ抜かれるのがおちだと思うなぁ」

 「そうだとしても、敢えて私たちが情報を漏らす必要なんてないですよね」


 佐藤少尉が笑顔なのに言い知れぬ威圧感を醸し出す。


 「ま、まぁ、今度からは気を付けるよ」

 「本当にお願いしますよ。室長はただでさえ敵が多いんですからね」


 四六時中王室長と一緒に仕事をする佐藤少尉の苦労は想像しがたいものがあるが、どうかいつまでも懲りずに頑張って欲しいと陰ながら応援することにしている。


 「それにしても、王室長がこちらに来るということなら自分の方から挨拶に伺ったのに」

 「ああ、いいんだよぉ。何せこっちに来ることになったのも急な話だったからね」


 おととい、訓練機の整備などを担当してくれる関係で、こちらに赴任する前に相模原にある第四陸軍技術研究所の所長に挨拶に行った時には、そんな話何処からも聞こえてこなかった。よくも悪くも王室長は有名人だから多少の噂話ぐらいは聞こえてきてもよさそうなものだったが…。


 「それでさぁ、今日の朝にこっちについたんだけど、何とキミがお隣で教官をやってるって聞いて、いてもたってもいられなくて来ちゃったってわけだよ」


 王室長はまるでダンスでも踊るかのようにそう言う。


 なんだかこの人がテンション高いと少し怖い。


 「と言っても、研究室にまだ何も届いていなくて暇だっただけってものありますけど」

 「随分と急な異動だったんですね」

 「…まあ、それなんですけど…」


 佐藤少尉はがっくりと肩を落としてしまった。


 「いやぁ、実はさぁ、ボクが前の研究所の所長と大喧嘩しちゃってねぇ、北海道から追い出されちゃったんだよねぇ。ま、ボクとしては寒いとこは嫌いだから結果オーライってとこだよ」

 

 王室長は追い出されたというのに楽しそうだ。


 「もう、本当にこの人は…」


 そんな様子の王室長に佐藤少尉は頭を抱えていた。


 (がんばれ)


 僕は心の中でエールを送った。


 「ま、挨拶ついでって訳じゃないだけど、今日はキミに提案があるんだよね」

 「提案?」

 「はい、大鳥君にまた私たちの研究に参加してほしいのです」

 「えっ…?」

 「教官と兼務になりますが、残念なことに私たちの研究室はあまり予算も人員も足りてないので、そこまで頻繁にということにはなりません。月に2,3回ほどになると思われます」

 「…参加してくれるよねぇ?と言うかキミの籍まだウチの研究班に残ったままだったから、こっちに移転する手続する時、一緒にキミ籍もボクの新しい研究室に異動させちゃった」

 「そうなんですか?」

 「ああ、はい。一言ご連絡をと思いましたが何分急なことだったので…」


 王室長の研究チームには一年前に機動憲兵隊に配属になったときにも兼務で所属していたが、甲十三号事件のことがあってから顔を出すことができなくなったままになっていた。確かに正式な辞令では軍務教官に任命となっていたが、免研究所員とはなっていなかった。


 「そういうわけだから、またよろしく頼むよ」


 王室長が笑顔でそう言う。


 「……今は、少し考える時間をくれませんか?」


 僕は、少し考えた後そう切り出した。


 「うーん。考える時間って言ってもなぁ。キミはまだウチの所属なんだから上司の命令には―って痛い痛いッ!?」


 佐藤少尉が王室長の脇をつねっていた。


 「ええ、構いませんよ。こちらもしばらくは引っ越しの準備で忙しいですし、大鳥君も教官になったばかりでいろいろと大変でしょうしね」

 「…そう言っていただけると助かります。でもそれだけじゃなくて…」

 「ん?」

 「あれから一度も重装機には乗っていないんです。前のように動かせるか自信がありませんし、別の誰かを探した方がいいかもしれません…」


 僕がそう言うと、王室長はいつもの笑みを浮かべつつもその瞳は心を見透かしているようで、居心地が悪かった。


 「ま、そういうことならいいだけどねぇ。ゆっくり考えるといいよ。…ボクにはもうキミの出す答えがわかっているけど。それじゃ、今日は帰るとしようかな」


 王室長はそう言い残して一人で口笛を吹きながら帰っていった。


 それを見送ると、佐藤少尉が優しい口調で語りかけてきた。


 「大鳥君、君は正しいことをしたと私は思ってる。少なくとあの場での最善は尽くした。だから、あまり考えすぎない方がいいですよ。…なんて今更何でしょうけど」

 「いえ、ありがとうございます」

 「それじゃ、私も帰ります。暇なときには気軽に研究室に顔を出してください。お茶菓子ぐらいは出せますから。あと、訓練の方の手伝いもうちの研究室が受け持つことになるので、遠慮なく頼ってください」

 「はい、ありがとうございます」


 僕は佐藤さんが応接室を出るのを見届けると、ソファーに深く腰掛けた。


 僕の居場所は、いるべき場所はここにはない。そんなことはわかっている。ただ、僕が戦場に出ることで、また誰かが死ぬ…いや、殺してしまうのではないかと根拠もない不安が心の中でずっと燻っている。


 二人が帰った後も僕は、教室にはすぐに戻らずに応接室の中で少しの間物思いに耽っていた。


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