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平征29年6月3日午前 花菱女学園花組特別教室
「―と言うわけで、今日の授業のまとめをすると、干渉波と言うものは二つの側面があり、一つは広域の周波数に対して、同時にノイズを発生させる所謂ジャミングと呼ばれる妨害電波の放出。二つ目は高濃度の宇宙粒子放出によって電磁波が減退及び乱反射してしまうためにおこる欺瞞効果。この二つの効果によって金属虫との戦闘では実質的にレーダーが無力化されてしまっています」
関東地方は今週梅雨入りとなり、連日のようにシトシトと雨降る薄暗い天気の中、僕は参考書片手に半ばつまらなそうに聞いている生徒たちの前で、授業をしていた。
土曜の授業なんて、僕が小学生のころにはなくなってしまって、今は完全週休二日制となって久しい。
ならばなぜこうして授業をしているかと言えば、彼女達花組一年生の授業の進行が遅れてしまっているからだ。そもそも、途中編入してきた4名はレイン君を除いて、基礎的な授業から始めなくてはならず、補習と言う意味合いもあるし、入学当初から所属していた3人にしたって、実技の方を前倒しにしたり影響で、こうした座学の授業が滞っているのが現状だった。
なので、訓練機がなくこうして雨で外でのトレーニングできない今、その埋め合わせをしておこうと思ったのだが、目の前に座る生徒たち顔を見てちょっと失敗だったかなとも思った。
「とりあえず。今日はここまでにしようかな。何か質問とかある?」
「はい」
大半の生徒が眠気眼でいる中、一人真剣に授業を聞いていてくれた百合奈君がビシッと真っ直ぐその右手を上げた。
「百合奈君どうぞ」
「はい、干渉波は金属虫が放出する妨害電波および宇宙粒子と言うことですが、近年わが軍でも使用されている干渉波発生装置もそれは同じなのでしょうか?」
「うーん、そう言った意味で言うと重装機や戦車なんかに搭載されているのは、干渉波発生装置と言うよりも、宇宙粒子発生装置になるかな。基本的には妨害電波は出さないからね」
「ありがとうございます。もう一つ質問があるのですが、宇宙粒子は電磁波を減退させる上に乱反射させるとのことでしたが、そうすると、自分の出した妨害電波の効力も落としてしまっているのではないでしょうか?」
「そうだね。だから金属虫たちは基本的にその群れの一番端、要するに一番宇宙粒子濃度が低い場所にいる個体が妨害電波を出す役割を負っているんだ」
「そう言うことだったんですね。ありがとうございました」
僕が教官なんてとは思っているが、こうして人にものを教えて感謝されるというのは、少しむず痒いというか、確かに嬉しいことではあった。
「ああ、そうだ。宇宙粒子に関することについてもう一つ話しておくと、現在成層圏を飛行していると思われるアゲハ型の中で、30号以降の個体はレーダー妨害だけじゃなく、そもそも地上または監視衛星でも視認困難なわけだけど、最近の研究で、おそらく超高密度の宇宙粒子を展開して、可視光線さえも歪ましているらしいんだ」
「「「へー」」」
「…ねぇ、アゲハ型ってなに?」
「わかんない」
何人から感心したような声が漏れたが、どうやらあまりわかっていない生徒もいるようだった。
「ニュースで聞いたことないかな。大雨注意報とか雷注意報とかみたいにたまに妨害電波注意報出てるの」
「出てたような、出てなかったような…」
「そもそも私、ニュースとか見ないからなぁ」
「そっか…」
流石に知ってるだろうと思ったが、凛君も美沙君もいまいちピンと来ていないようだった。少しガックリきたが、まあ、今どきの女子高生と言うのはこういうものなのかも知れないなと思い直した。
「たまに電波が届きにくくなる日があるだけど、その理由って言うのが、アゲハ型が上空を飛んでいる時なんだよね。まあ、アゲハ型もほとんど高度を落とさないから、そこまで大きな影響が出ることもないんだけどね」
そこまで言って、ふと腕時計に目をやるともう11時半となっていた。そろそろ授業を切り上げて出発しないとまずい。
「それじゃ、今日はここまで。明日は晴れてたら久しぶりに重装機で訓練しようかな」
「本当ですか!?」
唯里君がそれまでの眠気を吹き飛ばして、食いつくように訊いてきた。
「うん。昨日の夕方に連絡があってね。四型の2機は点検が終わったから使っていいらしいんだ」
「四型に乗っていいんですか!?」
「うん、もちろん。そろそろみんなも実機を動かさなきゃ腕もなまっちゃうだろうしね」
そうして、みんななんだかんだ言っても明日の訓練を楽しみそうにしつつ、授業が終わったのだが、僕が教室を出ようとしたとき、星良君から呼び止められた。
「あの、すみません教官」
「うん?」
「えっと、午後からシュミレーターを使ってもよろしいでしょうか?明日久しぶりに操縦するので、ちょっと練習しておくたくて…」
「あぁ…実はちょっと午後から予定があって。今日は山本先生もいないからな…」
「午後から予定が…どちらかに行かれるんですか?」
星良君はシミュレーターを使えないということよりも、どこか僕の予定と言うものに興味を示しているように感じた。
「まあ、その、ちょっと横浜までね」
「…そうですか」
星良君は何故かじっと僕の目を見つめてくる。
僕は嘘も言っていないのにどこかうろめたさを感じていた。
「あ、まさか彼女とか」
美沙君がからかうように言う。
「違います」
僕はなるべく感情を見せないように言った。
「え~、怪しいなぁ」
そう言う美沙君はもちろんのこと、星良君をはじめみんなが疑いの目を向けて気がした。
別に後ろめたいことをしに行くわけではないのだし、ここは正直に話してもいいだろう。
「…実は高校の時の先輩のお墓参りと言うか、弔問をしてこようと思ってね」
「先輩の…?」
「うん。…この間の襲撃の時に戦死されたんだ。いろいろとお世話になったし、ちゃんと挨拶しとかなきゃってさ」
「「「………」」」
言ったら言ったで重い空気になってしまった。
「ま、まあ、そう言うことだから。今日のところはごめん。それじゃもう行かなきゃいけないから。みんな気を付けて帰るんだぞ」
僕はそう言い残すと、まるで逃げるかのように足早に教室を後にした。
……………。
電車を乗り継いで横浜駅に到着したのは、待ち合わせ時間を10分ほど遅れた時だった。
(やっちゃったな…)
会う前から気が重くなる。
一応メールで遅れることは伝えているが、全く反応がない。まあ怒っているだろうし、これから彼女の機嫌を取らなければならないかと思うと、胃が痛くなってくる。
こうなったもの、弔問に行くのに喪服を着るべきか軍服で行くべきか散々迷って、喪服を選んだくせにネクタイを見つけるのに余計な時間を費やしてしまったせいだ。
背中に流れる冷たい汗を感じながら横浜駅の広い構内で彼女の姿を探すと、ワンピース型の喪服を着て、ベール付のトークハットを被り、サングラスに黒いマスクをしている怪しい女性が、腕組みをしながらこちらをじっと見ているのに気が付いた。
正直その恰好はかなり不審者ぽく近寄りがたい雰囲気を醸し出していたが、その魅惑的なスタイルと艶やかな黒髪から圧倒的美人オーラを放っていた。
僕は小さく深呼吸をすると、その黒づくめの女性に歩み寄り声を掛ける。
「すみません。お待たせしてしまいました」
久しぶりにあった先輩の前で思った以上に緊張していたのか、少し声が上ずってしまった。
「…まあ、いろいろと言いたいことはありますけれど、それは加藤さんに会った後にしましょうか」
風間先輩は、普段よりも冷たい声でそう言うと、コツコツ子気味よくヒールの音を鳴らして歩いていく。
「はぁ」
僕は一度ため息ついて、黙って彼女の後ろに付いていく。
「…まったく、変わらないな」
僕は怒らしてしまっているというのに、どこか彼女のこういう反応を微笑ましく感じていた。
……………。
横浜駅を出てタクシーに乗り込み10分程で、加藤先輩の実家のあるマンションに到着した。事前に風間先輩が加藤先輩のご両親に話を通していてくれたらしく、すんなりと家へと案内された。
加藤先輩のご両親は娘がなくなってまだあまり間がないというのに僕らを笑顔で迎えてくれて、寧ろ僕の方がいたたまれない気持ちになった。
花を供えて、加藤先輩の位牌に風間先輩と並んで手を合わせた後、あまりお邪魔をしてはいけないと思い、すぐにお暇しようと思っていたのだが、ご両親から是非とも言われてお茶をいただくことになった。
「でも嬉しいねぇ。こうして祭子ちゃんと大鳥くんが娘に会いに来てくれるなんて」
「すみません、本当は葬儀にも参列したかったのですが、私もあまり自由に動けなくて」
「いいんですよ。こうして来てくれただけでうれしいですから。えっと、今祭子ちゃんはどちらに?」
「私は近衛師団の方に」
「あら、やっぱり優秀なのねぇ。大島君も近衛師団に?」
「いえ、自分は…」
僕が一瞬応えあぐねたが、いつも通りの答えを言うしかなかった。
「自分は目の病気になって、今は高校で教官を務めています」
「そうだったの…あなたならきっとすごく活躍できたでしょうに…」
「そんなことは…そんなことはない、と思います」
僕は逃げるように視線を落とした。
「美咲もね、去年の秋ぐらいだったかしら…腰を痛めてしまってね、事務職になるって話もあったのよ。わたしもそうしたらいいんじゃないって言ったのだけど、でも、あの子、こんな中途半端じゃやめられないって、珍しく怒ってね。こんなことを言うと怒られてしまうかもしれないけれど、美咲も怪我でも病気でもなんでもいいから退役していてくれたらなんて思ってしまうのよ」
「母さん、あの子はお国のために戦ったんだ。そんなことを言うもんじゃない」
いままで黙っていた父親が重い口を開いて言った。
「そうなんだけど…でもねぇ」
「とにかくあの子は、立派に戦ったんだ。親の俺たちがちゃんと褒めてやらなくてどうする」
「そうよね」
重い空気が漂う。
その空気に耐えられなかったのか、加藤先輩の父親はすまいない、と小さく言い残して部屋を後にしてしまった。
「…なんだか、ごめんなさいね」
加藤先輩の母親が無理に笑顔を作って見せる。僕はその顔を見てもなにひとつ気の利いたことを言うことができなかった。
「ああ、そうだこれこれ、あなたたちが大会で優勝した時のよ」
加藤先輩の母親が話題を替えようとしたのか、壁に掛けられていた額縁を外すと、その中に収められていた一枚の大きな写真を見せてきた。写真の中には優勝旗を携えた風間先輩と、その隣で不器用な笑顔を浮かべる僕、そしてその隣で優しく微笑む加藤先輩が写っていた。
「覚えているでしょ?この時は本当にすごかったわねぇ。あなたたち二人でどんどん相手を倒しちゃって、美咲はあなたたちについて行くだけで大変だったって言っていたわ」
「そんな、私たちこそ美咲さんには良く助けていただきました。確かに目立つ方ではありませんでしたけど、縁の下の力持ちと言うか、よく周りの見える子で、同期や後輩の子たちからは本当に頼りにされていました」
「そう、ですか…」
そこで不意に涙ぐんだ母親を見て僕は胸が痛くなった。
僕らはそれから15分程高校時代の思い出話を続けた。
「…では、私たちはこの辺りでお暇いたします」
「ええ、引き留めてしまってごめんなさいね」
「いえ、宜しければ、またお邪魔してもよろしいですか?」
「ええもちろん。待っているわ」
僕らは目を赤くしながらも、笑顔で見送ってくれたご両親に深く頭を下げた後、加藤先輩の家を後にした。
加藤先輩の家を出た後、僕らはタクシーに乗るわけでもなく、細かな雨が降る中、お互いに黙ったままゆっくりと並んで歩いていた。
「雨、やみませんね…」
しばらくして風間先輩が小さくそう呟いた。
「そうですね…」
僕は閉じたままだった傘を広げ、そっと彼女をその中に入れた。
「…そう言えば知っていましたか?加藤さんあなたのこと好きだったんですよ」
「…」
風間先輩の突然の言葉に僕はなんと言っていいかわからなかった。
こんな時に何て冗談を、と一瞬思ったが、風間先輩の様子からどうも冗談なんかではないということは感じた。
「…今更どうしてそんな話を…?」
10秒ほど考えて、やっと縛りだすようにして言葉を返した。
「どうしてでしょう?まあ、多分罪悪感のようなものがあったからでしょうね」
「罪悪感?」
風間先輩はそう言うと僕に寄りかかってきた。
「私があなたと強引に付き合ったのも、加藤さんがあなたのこと好きだと知ってしまったからです。加藤さん下級生にはかなり人気がありましたし、私、内心すごく焦っていたんですよ」
そう言われても、と言う感じだ。
「もし、あの時私よりも先に加藤さんに告白されていたら、あなたはどうしていましたか…?」
「僕は…」
僕は暗い空を見上げ思いを巡らせる。
風間先輩や加藤先輩と過ごした日々、そしてマツリと付き合い始めた日のことを少しずつ思い出していった…




