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平征29年5月13日 第二特別区陸軍第六研究所支部
『…繰り返します、現在関東沿岸部を中心に第一種襲来警報が発令されております。一般市民の皆様は指定されたシェルターへ、予備役及び規定により少数される臨時傭人の方は指定の集合場所へ参集してください。繰り返します…』
先ほどから国防無線から警報が繰り返し放送されている。
金属虫との戦いが始まって以来、関東では初めてとなる第一種襲来警報の発令となった。そのため、特に都市部の混乱はひどく、テレビ中継では人々が右往左往する場面が放映されている。
かく言う僕も先ほどから落ち着きなく、支部の職員が集まっている地下会議室の中を右往左往していた。
「大鳥君、気持ちはわかるけど、落ち着いたほうがいい」
佐藤少尉が心配そうに言う。
「それはわかっていますけど…」
「まあ、大丈夫なんじゃないかな~。情報によると、確認されているアリ型のコロニーは4つ、そのどれもが九十九里浜に上陸する可能性が高いらしいじゃないか。まあ、間違っても鎌倉に流れ着くことはないよ。…ただし、情報が正しければ、の話だけどね~」
王室長は非常事態だというのに回転いすに深く腰掛け、リラックスしているようだった。
「それにしても、タイミングが悪いよね~。関東を統括する東部軍管区の隷下の主力師団は、ほとんどマレー半島攻略に駆り出されていて、大型金属虫とまともにやりあえるのが近衛の2個師団だけなんて」
「それもそうですけど、いったい海軍は何をしていたんでしょう?ここまで本土に…、しかも首都に接近されるなんて、こんなの誰か腹を切らされますよ」
「まあ、それも仕方ないんじゃない?…でも、海軍も船と飛行機はほとんど南方に行ってるし、そもそも地理的に関東に直接上陸されるなんて考えもしてなかっただろうし、運がないよね~」
「それは、そうかもしれませんが…」
確かに王室長の言う通りで、関東と言うよりも、本州の太平洋側からの金属虫の上陸はかなり確立の低いことだとされていた。そもそも本州に上陸されるというだけで、過去に片手で数えられるほどで、それもごく小規模の偶発的なものでしかなかった。
その点を鑑みても今回の事態の異常性がわかる。今回の襲来は太平洋上の帝国軍基地に一切関知されずに関東近海まで女王アリ型を中心とした、約500~2000のコロニーが複数接近。海軍の警戒が疎かになっていたとはいえ、これまで全く前例もなく、また予測すらされてなかったことが起きてしまったのだから、海軍が見落としてしまったのも仕方ないことなのかもしれない。
が、そんな責任の所在や重さなど今はどうでもよかった。
「「「「おおー」」」」
王室長と佐藤少尉がいろいろと意見を交わしていると、軍用の広域無線に耳を傾けていた職員が感嘆の声を上げた。
「ん?どうかしたのか~い?」
「航空隊がコロニーを2つ壊滅したらしいです」
「そうか、ま、なんとかなりそうだね~」
王室長はえらく楽観的で、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。
僕としては、とにかく上陸される前に事がすべて終わること祈るばかりだ。
と言うのも、まさかという話だが、先ほど辞令を交付されて訓練兵として正式に二等兵の階級を与えられたばかりの重装機兵部員たちが、郷土防衛隊として抽出されてしまったのだ。
~2時間前~
「ちょっと待ってください!この子たちはさっき兵になったばかりで、まだまともな戦闘訓練なんてやってないんです。とても戦場に出せる様な状態では―」
「教官、それはワシだってわかってるよ。けど、規定で重装機兵部員は有事の際はその地区の防衛隊の指揮下に入るとなっているんだ」
任官式が無事終了して30分もたたないうちに、ここ第二特別区にも襲来警報が鳴り響き、重装部員を除いた全生徒はすでに地下シェルターへの一時避難を完了させていた。
僕は機兵部員たちも他の生徒と同様に避難させたかったのだが、そこで任官式にも来賓として参加されていた、鎌倉地区防衛隊長を務めている蔵元予備役少佐と機兵部の運用について口論になっている。
「しかし、彼女たちに何をしろと言うんです?できることなんてまだ何も―」
「ワシだって何も戦えなんて言うつもりはないよ。けど、今は人手が必要なんだ。うちの防衛隊指揮下の重装機は、この学園所属の重装機しかない。戦えないにしても、陣地設営なんかには十分役立つはずさ」
確かに蔵元防衛隊長の言うことは正しい。
主に退役した軍人の中で、年二回以上の訓練を受けていいる即応予備役で構成されている郷土防衛隊は、有事の際に迅速に地域防衛を行うための組織で、組織の形態としては消防団に近いものがある。と言っても、装備は旧式で、一応火力支援のための自走砲もあることにはあるが、そんな大層なものではなく、軽トラに機関銃や軽迫撃砲・噴進砲などを取って付けたような間に合わせのものしかない。基本的には今回のような大型金属虫でなく、小型の金属虫を撃退する程度の力しかないのだ。
なので防衛隊の戦力で大型金属虫とまともにやりあえる重装機兵部の訓練機は、とても重要な戦力となるのは十分理解はしている。
とにかく、重装機兵部は有事の際には地元の防衛隊の指揮下に入ることになっていて、手続き上の話をするならば、襲来警報が出た今、いち教官であり、准尉の僕に予備役とは言え少佐である防衛隊長にこうして堂々と意見するのは恐れ多いことでもあるのだが、彼女たちをいま戦場に出すことになるかもしれないと思うと、どうしても素直に引き下がれないものがあった。
「でしたら僕が機体に乗ります」
「うーん、それはなぁ…君の気持ちもわかるんだがねぇ、君は一応現役の軍人で教育隊とか研究所の所属だし、彼女たちのように特別な規定があるわけでもないから、こっちで使うわけにはいかないよ」
「それは…そうですが」
確かに僕は重装機兵部の顧問をしているが、予備役ではなく正規の軍人であり、有事の際であっても防衛隊の指揮下に入るようなことはない。しかし、今そのようなことを気にしているような状況なのか?と思う一方、教官として軍の規則を無視するようなことを彼女たちの前ですべきなのだろうか?という思いも心の片隅にはあった。
そうして僕が一人悶々と悩んでいると―
「教官、もういいから」
そんな言葉とともに不意に僕の肩に手が置かれた。
「瑠香君…」
「鎌倉には来ないって話だし、設営の手伝いだけでしょ?そのぐらいなら問題ないよ。…それに鎌倉は私の住んでいる町でもあるんだ、ちゃんと自分の手で守るよ」
「その通りです、青崎さん。教官、わたくしたちは市民を守るために重装機兵部に入ったのです。まだまだ非力ですが、なにかお手伝いできることがあるのならそれをしたいです」
「お父さんもお母さんも、頑張ってお勤めしてきなさいって言ってました」
「そうですよ。それにいい訓練になりそうだし」
百合奈君も凛君も唯里君もみんな前向きな発言をする。その表情からは緊張や恐怖は感じ取れなかった。
「教官、みんなのことは私に任せてください」
その声に振り向くと、さっきまで制服姿だったはずのレイン君がいつの間にかに操縦服に着替えてきていた。
「………わかった。よろしく頼むよ」
僕はようやくその言葉を絞り出すようにして言った。
「それじゃ、決まりだな。武装はトラックに積んでいくけど、悪いがトレーラーなんて立派なもんはないから走って付いてきてくれ。わしが車で鎌倉防衛隊本部の市役所まで先導する。では準備に取り掛かってくれ」
「「「「「「はい!」」」」」」
彼女たちが校庭に膝をついたままになっていた訓練へと向かう。が、少ししてから星良君だけ引き返してきた。
「大鳥教官、私…いえ私たち、ちゃんと帰ってきますから…だからその時はちゃんと笑顔で迎えてくださいね?」
「えっ…?あ、ああ、もちろんだよ」
「えへへ、すみません、ちょっと元気づけようかなって思ったんですけど…なんて言っていいか分からなくて」
「ふっ、ありがとう。ダメだね、僕の方がみんなを元気づけてあげないといけないのに…」
僕は星良君の栗毛の柔らかい髪に軽く触れた。
「お守りとか買っておけばよかったね」
「…今度、買いに行きましょうよ」
「そうだね、今度みんなでどこかの神社に言って買ってこようか」
「はい。それじゃ、私もいきますね」
「うん。帰りをまってるから…」
星良君は一度お辞儀をしてから自分の機体に乗り込んだ。
「いい子たちじゃないか」
「はい…」
「まあ、心配するな。もしもの時はワシらが守るさ」
「申し訳ありません。どうかあの子たちのこと宜しくお願い致します」
僕は蔵元防衛隊長が車に乗り込むまで深々と頭を下げ、訓練機が出発した車に続いて走りだすと、その姿が見えなくなるまで大きく手を振った。
~回想終了~
そうして、ちゃんと心の整理をして見送ったわけだけど、こうして地下に閉じこもっていると時間の経過とともに、言い知れぬ不安感が厚い雨雲のように立ち込めていく。
(どうか、鎌倉だけには上陸しないでくれ)
僕は祈るような思いで、ただ過ぎていく時間を耐えるしかなかった。




