5-21 帝国から来る者
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5-21 帝国から来る者
室内には見知った顔と見知らぬ顔とが存在した。
知っているのはキハール女伯爵。サリア王女。そしてサリアの兄、つまり王太子のマルディオン殿下。
知らない顔はまだ若い…と言っても俺も若いんだが、一〇代後半ぐらいの男女。八人ほど。
内四人は髪を結い上げていてかなり変わった髪型をしていて、そしてひらひらした服を着ている。
これは東にある『帝国』の貴族の格好だ。
俺を見て『アルフ様』と叫んだのもこの内の一人だ。
他の四人は黒髪黒目。平たい顔の人間たち、つまり日本人だな。多分。
であれば今回渡ってきた来訪者だろう。
やはり俺の顔を見て驚いているな…『アルフさんそっくり』なんて声も聞こえる。そのアルフという人物は俺のそっくりさんだ。おそらくね。
しかし、このメンバーはなんだろう?
「ちょうどよいところにきたわね。皆さんこれは私の弟子でディア・ナガン一位爵ですわ。将来この国を支えてくれる優秀な若者です」
キハールさんがそんな感じで俺を紹介してくれる。とてもまじめな顔で、普段何時でも面白そうにしているこの人にしては珍しいよそ行きの顔だ。
ふむふむ、なんか面白そうだな。
「ディア・ナガンですよしなに」
俺は乗っかって優雅に一礼する。
王国風に。
教わった限りでは帝国というのは挨拶も持って回った大仰さが好まれるらしい。逆に王国はシンプルな優雅さが好まれる。
俺が拾われたのが王国でよかったよ。
事実にこの後紹介された帝国の若者達の挨拶は実に大仰だった。
ちなみに弟子というのはあながち間違いではない。この人からは随分たくさん魔法を教わったからな。おかげでコレクションが増えたからね。
「ディア、こちらの皆さんは帝国からの留学生ですわ。右から…」
デュカー伯爵令嬢テレーザ
レングナー子爵令嬢メヒテュルト
プルーク子爵家公子フリートヘルム
ユルゲンス侯爵公子ルーペルト
でもって日本人の方が。
高橋 吉保
水無月 進
生駒 翔子
上月 流歌
と、憶えられるかそんな物。まあ笑って挨拶しておくけどね。
それよりも上月? 俺と同じ名前だな…それにどことなく見覚えが…というかにているような気が…
まあ、無いか。偶然にしてもできすぎというものだ。
「ふん、一位爵か…成り上がりではないか…」
そう言ったのは…だれだ? 確か侯爵家のなんチャラだ。
「ルーペルト殿、あなた方の留学を受け入れる条件は他の生徒と区別しないことです、学生である間は勇者も貴族も無し、もちろん礼節は大事ですが、俺は侯爵家の人間だぞ~とか、そういう品性に欠ける発言はひかえてもらわないといけないわ。学園には平民もたくさんいますし、郷に入っては郷に従えと申します。こちらのありようになじめないなら国にお帰りになった方がよいわ。どちらにしても不幸なことになるでしょう」
「なんだ『申し訳ございません、キハール様。ルーペルト卿も分かってはいるのですわ。ですがなかなか宮殿暮らしの癖が抜けなくて…もう少し猶予をいただきたいですわ。すぐに修正しますので…』ぐっ…」
「まあさすがテレーザ殿、公爵家に望まれるだけのことはありますね…もちろんこちらから出て行けなどとはもうしませんよ、当校のカリキュラムはなかなか厳しいですから、直になおりますでしょ」
うーん、このテレーザという女性が彼等のリーダーかな。肘鉄一発で侯爵家を黙らせた。俺の顔を見て叫んだのが彼女だが…一瞬で鉄面皮。なかなかやり手みたいだな。
対してルーペルトというのは小物臭がする。
と言うか帝国のやつら微妙に悪臭がするな…
トラブルの匂いがする。
ちらりと視線を転じるとサリアがにっこり笑って小さく手を振っている。なごむねえー。
その後は当たり障りのない挨拶と談笑をして解散となった。
彼等は帝国の次世代をになう優秀な若者で、他国での親交と自身のレベルアップのためにここに留学してきたという事らしい。
「魔物を倒すと強くなれるというあれですよね」
と、サリアが手を叩く。
「あれは迷信だろう?」
と、マルディオン王子。
サリアが言ったのは世界中に広がるアーバンレジェンドだ。まものと戦いこれを倒すと祝福がもらえて強くなれる。
もっと端的に魔物を倒すと力のもとがもらえてパワーアップする。
まあ、つまりレベルアップだ。
だがこの世界はゲームじゃない。レベルアップなどというシステムは存在しないのだ。
だから王子の言うとおり、迷信ではある。
だがまったく根拠のない話でもなかったりする。
この世界には『スキル』があるからだ。
スキルは努力が形になるもの。剣の練習を続けていると剣術のスキルが手に入ったりする。これは繰り返しの努力によって自分の中にその力に対応した魔力の流れが出来るからだ。
筋肉や脳みそが反復練習で強化され、最適化されるように魔力的なものも同じように形になっていく。これがスキル。
神様に聞きました。
地道な努力では世界に満ちる根源的な力がその構築、発達に一役買うわけだが、魔物を倒すとこの力がすこし流れ込んでくる。獲得されたりする。
そう思えば経験値でレベルアップというのもあながち嘘じゃない。
ではなぜそれが明確にならないかというといくら魔物を倒して力を得ても、その力をどう形作るかは本人の努力に寄るからだといえる。
つまり怠け者は何も形に出来ず、強くもなれないと言う事。
そしてまじめに努力しているものが強くなり、上達するのは当たり前のことなので魔物狩り=強化という図式よりも、努力=上達という図式の方が明確に見えているのだ。
だが上級者は経験的に知っている。
「確かに魔物と戦うのは上達の早道ではあるのよ」
キハールさんはこともなげにそういう。
この人は貴族で、実力者で、学園の中興の祖とか言われているがその正体はウチのじじいや冒険者ギルドのばあちゃんの仲間でやたら実戦派の冒険者だった人だ。
だから油断してはいけない。危ない人なのだ。
「でもマチルダ先生、帝国にだって修行できる場所はあるでしょう? 今まで留学とか聞いたこと無いですよ?」
マチルダさんというのはキハールさんの名前だ。マチルダ・キハール辺境伯爵というのが正しい名前。サリアはマチルダ先生と呼んでいるようだ。
そのマチルダさんが答える。
「実は帝国内にそういった修行の出来る場所って無かったりするのよねえ」
「え?」
サリアは驚いたがマチルダさんの言うことは正しい。
先ず帝国の立地だが北側は魔人族すむ峻厳な山々が広がっている。
魔人族は人間を見下す傾向があり、自分の領域に人間が入ってくるとまず間違いなく攻撃してくる。
空を飛べる魔人族が得意の魔法で攻撃してくれば人間に勝ち目は先ず無い。制空権を押さえられて一方的な砲撃を受ければ軍隊でも負けるだろう。
事実過去に発生した戦争は帝国側が手痛い被害を出して幕引きとなっている。
帝国が獣人やエルフなどを目の敵にするのはそういった歴史の影響もあるのだ。
東側から南は完全な魔物の領域。
だったら狩り場になるのでは?と思うかも知れないがここはドラゴンズヘブンと呼ばれるほど竜達のたくさんいる土地。
そして竜は軍隊で挑まないといけないような生き物なのだ。
竜と人間が戦えば竜が勝つのは当たり前。もちろん普通の魔物もいるがそれらは基本的に竜達のご飯である。
横取りすると怒り出す。
西は海で、陸続きの部分はこの国や他の西方諸国の領地となっている。
つまり帝国は魔物狩りを出来る魔境に接していないのだ。
では迷宮はと言うと帝国内には『無尽の迷宮』という迷宮がある。
これは別名虫の迷宮といい、細かい虫が際限なくわいてくるというとんでもない迷宮だ。
確かにここでも経験は積めるだろうし、収入にもなる。だが敵の魔物がちょっと特殊な形に偏りすぎる。これからたくさんの、いろいろな魔物が出てくるこの時期に虫と戦う経験だけを積んでも効率がわるい。
他にもこの世界には何処の国にも属さない大迷宮というのがあるのだが、ここは基本的に難易度が高く、初心者の経験値稼ぎには向かない。
となると選択肢は自然と絞られてくる。
「聖国にある死者の迷宮は聖職者達が独占していて一般人は立ち入り禁止だし、トロム公国は帝国と常に小競り合いをしているぐらい仲が悪いからねえ」
結局ここが一番無難な修業先と言う事になる。
「まあ、時期を考えればいがみ合うのはよくないことだしな。この機に帝国との関係を改善できればこちらもありがたい。
王国としてもそういう意味も含めて協力することにしたのだと思うぞ…さて、そろそろ次の授業だ、私は失礼するよ。
ではディア卿、今度ゆっくり手合わせなどしたいな。サリアが卿の腕前を随分評価していたからね」
「恐れ入ります。楽しみにしております」
「サリアもおてんばは程々にな、お前はこの国の唯一の王女、皆のあこがれなのだからな」
「はい、承知しております兄上」
それだけ言うと王子は退出していった。
「良い子なんだけどちょっと融通が利かないのよねえ」
「はい、まったく。兄上にも困ったモノです」
いや、彼こそは王家唯一の常識人なんだが…
「まあ、まじめで人がよいというのはありますよね」
「そうね」
マチルダさんはクスリと笑った。
王子はこれを機に帝国と仲良くなどと思っているようだが、これはなかなか難しい。
不仲の原因が政治的な利益の衝突や、感情の行き違いではなく、国のありようその物にあるからだ。
この国では奴隷は一律禁止、懲役のような形で犯罪者がなるぐらいだが、帝国は人族至上主義で獣人やエルフなどのような亜人種を下等生物として冷遇していて、彼等の売買は完全に合法だ。
王国と帝国が取りあえず戦争などをしないでいるのは魔物と戦うという事に戦力を取られるからと言うのが一つ。そして接する国境が少ないと言うのが一つ。その上でお互いを牽制しつつも無視しあうというスタンスでお互い対しているからだ。
それがここに来て留学。怪しくないはずがない。
少なくともそう見えるわけだ。
だが時期的に受け入れないと言うのも狭量ではあるし、だったら受け入れて監視すればいい、ぐらいに思っているのではないかな?
「あら正解、協力してくれるわよね」
「エエ、かまいませんよ」
俺は何処の味方という事もないのだが、帝国の有り様は世界に邪壊思念を広げる有り様だから少し勢力を削りたい。
「所で兄様、お久しぶりです。今日はわたくしに会いに来て下さったのですか?」
そうそう、まだ挨拶もしていなかった。
「まあそうだね、キハール様がこちらにいるのは知らなかったし…サリアに会いに来たと言って過言ではない」
俺は収納から武器の収まったケースを取り出して振ってみせる。
ジュラルミンケースのような作りのアタッシュケースだ。
それを見たサリアの目はまるで夜空の星のように輝いた。
この脳筋め!
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