4-14 お姫様が来たぞ。
4-14 お姫様が来たぞ。
都の構造として北側の中心に王城があり、その周辺に貴族街があり、その外側に官公庁街と上流街がある。
上流街というと何のことかよくわからないが、要は富裕層と高級な商店、ホテルなどが並ぶお金のかかる街区だ。
俺達の新しい家はこの一角に用意されていた。
しかも貴族街に近い一番高級な辺りだった。
まあこれは仕方がないところではあるのだ。なんと言っても主力商品である。ブラジャーが高級品で、しかも顧客のほとんどが貴族、しかも一番の上得意が次期国王である王女殿下。
彼等の利用に便利であるという条件を鑑みるとここ以外に場所はないだろう。
そして与えられた建物はちょっとしたお屋敷だった。
大通りに面した瀟洒な屋敷は三階建てで一階が一応店舗スペース、半分が縫製などをするための工房だ。
二階は貴族のお客様のための個室で、個別に商談や採寸ができる様になっている、地球のやたら高級なお店にそういうのがあったのを本で読んだことがある。この世界でもお金持ちは特別扱いである。
三階は俺達の生活スペースでこれも広く、例えば俺達家主側に一部屋ずつ振って、なおかつ使用人などに部屋を与えても余裕がある。
と言うとこの屋敷がどういう規模か分かってもらえるだろうか?
それでもこの辺りのお屋敷としてはこじんまりとしているらしい。
屋敷は店舗として設計された物なので大通りに面しているが、裏には当然のように広い庭というか敷地があり、家人が使う馬車や、お客様の馬車などを駐めておけるスペース、さらにロム君のような馬車を引く動物を飼育できる獣舎なともある。
はっきり言って開いた口が塞がらないレベルだった。
かつて俺が日本で住んでいた家は土建屋の会社込みだったのでコンクリートの大きな三階建てで庭は無いが代わりに広い資材置き場があって、まあ構造は似ているのだがなにかが決定的に違う。
上流階級ってこういうものなんだなあ…なんて感心したりする。
だがそんな感慨を持っているのは俺だけらしい。
シャイガさんは元々貴族なども出入りする服屋の御曹司で、しかも職人気質で仕事になると細かいことは気にしない。
エルメアさんとルトナは脳筋で戦闘狂で細かいことは気にしないというか意識すらしない。
たぶんマイセンの高級食器も、木を彫っただけの器も『実用に耐えればどうでもいい』と思っている。
だから全くびびってない。
肩が凝るような思いをしているのは俺だけのようだった。
それに加えて問題がもう一つ。
「さっ、サリア様、こちらのお部屋になります」
「ありがとうロッテ」
サリア姫がフロリカさん、ロッテさんの介添えを受けて三階の一番良い部屋に入っていく。
そう、どういうわけか、と言うか必然的にと言うかサリア姫が我が家に居候をすることになった。
なってしまった。
一番良い部屋を使うことに関してはサリア姫は館の主人であるシャイガさん達を差し置いてと難色を示したが、シャイガさん達が全くその手のことを気にしていないこと。
そして介添えとして着いてきたフロリカ、ロッテ両名もできるだけ近い方がよいと言うことで館の主人用の部屋、つまり一番大きな夫婦用の寝室をサリア姫が使うことになった。
ちなみに入居が同時に、つまりあの日の翌日になったのは魔法をかける関係だ。俺が一日に二回、朝と晩に理想値回復をかけることになったので一緒でないとまずいのだ。
サリア姫の後遺症は結局両手両足の指の半壊死というものだったが、件の魔力過多状態の魔力を使って再構築をかけたので、切り落とすまでもなく再生している。
ただ再構築した手足がまだうまく動かないというのはある。しかしこれは新しい神経系がまだ馴れていないこと。それだけなので普通のリハビリでも改善するような症状のように思う。
問題は極端に疲れやすくなってしまったこと。
これはうーん…
これもイデアルヒールの魔法で治るとは思うんだが、本当に結構時間がかかりそうな気配だ。
エスティアーゼさんが俺の魔法をへりくつで説明してくれた事にマッチするので良いんだか悪いんだか分からない。
まあできるだけのことはしようと思う。
彼女たちは『いつもお手数をおかけします』なんて頭を下げる。こちらがかえって恐縮するよ。
サリア姫はもちろん、フロリカ、ロッテ両名も『館の主人であるシャイガさん達に敬意を払いくれぐれも迷惑をかけないように』とクラリス様からのきついお達しがあったらしく、みんなきっちりそれを守っているのだ。
ただルトナが『妹が出来た~』と大喜びしてサリア様にかまいまくっているし、本人もいやがってはいないので良いのではないだろうか?
「さあ、こちらだ、姫様がお休みだからくれぐれも失礼の無いように」
二日目。フロリカさんの先導で数人の男が部屋に入ってくる。
大工さんである。
しかも王宮に出入りできるレベルの名工達である。
パーテーションを切ったり、家具を使いやすくするように職人さん達が呼ばれたのだ。お姫様というのも大変だ。
それを見ていたルトナが。
「ディアちゃん、私たちもやろう~」
とか言い出す。
せっかくの新しい家だ、自分達のスペースも改造しないといかんと言う事だ。
◆・◆・◆
「どこでもおふろ~」
けっしてだみ声で言ってはいけません。
「ディアちゃん、なにそれ?」
「お風呂だよ」
「おふろ?」
そうお風呂なのだ。大きさはグレープフルーツ大で、つるってしていて真ん中にスリットがあったりして三本の足が生えていたりする見た目メカニカルなボールである。
あの迷宮の地下で持ってきたあれやこれやの中に入っていたお風呂なのだ。
『これさえあれば何処でもお風呂。
バスタブになるものにこの【温泉の基】をセットしましょう。温泉の基は湧水の宝玉を基礎とする魔導器で、取水ユニットを近くの水場に設置すると水を浄化し、さらに生命術式で穏やかな賦活の効果が付与された水が一定量/時間単位で供給されます。
供給された水の温度は温度制御の術式で常時快適な温度に。
さらに使った水も七〇%が浄化され循環するために大変エコで、経済的です。
これさえあればどんな場所でも快適な温泉ライフが楽しめます』
と言う説明書きが付いていた。読んでくれたのはもちろんモース君だ。ちなみにエコという概念はここの人達にはなかった。うん、仕方がないかな。
しかし魔導コンロはあるわ、魔導レンジはあるは。魔導コーヒーメイカーはあるわ、魔導ジューサーはあるわ…これはすでにキャンプではないとおもう。これ本当にキャンプグッズなのか?
キャンプと言うのは自然の中で不自由さを楽しみ、自分の力で生活することを楽しむものだと思うのだが、これらの便利道具。果てはコンテナの中の自室まであるとなればこれをキャンプと呼ぶのはなにかが違う。
当時の人達は何がしたかったのだろう…
キャンプというのが『自然生活ごっこ』であるならばこれはさらに進んで『キャンプごっこ』だな。
まあ役に立つからいいんだけどね。
ちなみにこの『何処でもお風呂』で湧いてくる水は飲めます。かなり綺麗で微妙に身体に良い水になっています。
水の上級精霊のお墨付きです。
俺はそれを三階の空き部屋に設置した。だって生活スペースは三階なんだよこの家。
かなり大きな部屋で、風呂桶は元々備え付けられていたものを利用しました。石造りのかなり立派なものです。
さらにお勝手にコンロをはじめとする諸々の台所設備を配置。
取水ユニットから水が送られてくる水道魔道具も付けました。ジャグみたいなやつだ。
そこで俺はハタと気が付いた。
「ここに前住んでいた人って、どうやってここまで水を持ってきたのかなあ?」
と言うものだ。この答えは実にあきれたものだった。
「使用人が運んできていたんだろう」
マジか!
すごい重労働だぞ、三階だぞ…
そうか、それでクラリス様達が使用人をたくさん薦めたのか…スゲーな人力文明。
ちなみにこの街は水道があります。
とはいっても日本のそれとは違って古代ローマ風とでも言うのだろうか。北の山脈から流れてくる綺麗で豊富な水を水路を使って街のあちこちに引いているのだ。
そして所々に取水場があって、庶民はそこまで水を汲みに来る。
この辺りは高級住宅街なので各家庭に一個井戸のような取水施設があったりする。
こういうお屋敷では使用人がそこで水を汲み、各場所に設置されたタンクに水を運ぶらしい。
かなりの重労働だが、大事な仕事でもあるようで、庶民の働き口としてたくさんあって無くならないものなのだそうだ。
しかし割に合うのだろうか?
閑話休題。
夕方には一通りの準備が終わった。
サリア様のための職人も帰り、俺達の部屋も整った。基本的に一部屋である。
だって獣人はみんな団子で寝るから。前に言ったよね。
使う布団はエルフの郷から買ってきたさわり心地の言いパイルのようなもの。
キャンプセットの中から『エアーベッド』を設置してその上でみんな寝るのだ。快適であるに違いない。
そして夕食はもちろんエルメアさんが中心となった手作りごはんになる。
王族のお姫様にそれはどうなの? と思ったが問題はないらしい。
ここはあくまでも俺達家族の家で、サリア様は居候だからナガン家に従うのは当然なのだそうだ。
王族といえども一流の戦士であらねばならないこの国では他人の家の飯を食うというのはよい経験と考えられているようだ。
言っていることはまともなのに王族として考えるとかなり非常識。この国の王家はなかなかに好感が持てる。
まあ、その方が本人達も気楽だろうと思えるしね。
フロリカさん達は元々軍隊育ちと言うことも有り、食事に関しては全く問題なかった。なさ過ぎた。
食べられれば何でも良いと言うスタンスは作り手のモチベーションを著しくそぐ。
あんまりひどいので翌日から二人の内一人がエルメアさんの食事の仕度を手伝うように厳命されていた。
ご愁傷様である。
そんな感じで始まった俺達の王都での生活。
順調な滑り出しと言って良いのではないだろうか?
「不気味だ…」
翌日、シャイガさんがそんな言葉を漏らした。
「なにが?」
「物事が順調に進みすぎる。きっとなにかが起こる」
うん、まあ気持ちは分かる。確かに今までいろいろ事が多すぎたし、順調ではあっても平穏であった試しはない。
言われてみるとなにか起こりそうな気がする。
こおぉぉぉん。
こおぉぉぉぉぉぉん。
そのときノッカーの音が響いた。
こういうのはフラグって言うんだよね。
 




