4-08 始まりの迷宮③ 地獄絵図
4-08 始まりの迷宮③ 地獄絵図
「地獄絵図だな」
「血の海ね…」
血の海というより血の池地獄である。
吸血蛇さんは極めて強力な攻撃手段だった。ほとんどサーチ&デストロイである。俺の魔力視もこなれて来たため徐々に精度が上がってきている。
つまり魔物をいち早く発見。
そこでシュバッと蛇さんが走り血をズコズコ吸出す。魔物であっても動物であれば血を抜かれれば生きてはいけない。攻撃力ばっちりである。
それを木の根元に撒き散らし~の、それをフフルが風を操って周囲に醸し~ので。
地面のそこかしこに血だまりが出来ていてしかも周囲は血臭漂う修羅のちまた。
「こんな凄惨な光景は今まで一度も見たことがない…」
とはフロリカさんの言だ。
さもありなん。ただ俺の方は獲物がいっぱいで嬉しい。兎とか豚とか多くて普通に食べられる獲物を狩りまくるなんて今まで無かったからね、これがウハウハというやつだろう。
だが時々流れてくるこれが…
俺は目の前をよぎっていく影のようなものを見つめた。
これはたぶん悲しみ…恨み…いや、慟哭か…そんなものが奥から流れてくるのだ。陰で出来たシャボン玉のように。他の人には見えないらしい。
「うーん、これは確認するべきだろうか…」
最初は何だろうと言うぐらいだったのだが、だんだん気になりだした。そして、気になり出すと居ても立ってもいられない。うん、確認しないとまずいような気がする。
振り返るとシャイガさんたちはノリノリで葉化蟲を探している。騎士さん二人は若干引き気味。やはり冒険者というのは逞しいのだな。
「あっ、こらどこに行くんだ?」
俺は迷宮の奥の方に歩を進めた。なぜか二人がついてくる。だが追いついても話しかけてくるだけで止めようとはしない。
これはあれだ、ここにいるのがつらくなったんだな。わからなくもない。
◆・◆・◆
少し進むと冒険者の一団が休息をとっていた。
かなり若い冒険者だ。と言っても二十歳前後という所だけど、身なりは割とちゃんとしている。
フロリカさん達を見て声をかけてくるがナンパと言うほどではなくお断りすると元の位置に戻っていった。
『とりあえず今は後回し』
俺は聞こえないような声でつぶやいてさらに奥に進む。くさい…
数分ほど進むと大きな道のようなものに出た。
まあ迷宮の中なので両側の壁が迫っていて、長さのある空間だ。ここもまばらに木が生えていて、天井のヒカリゴケが空間を照らしている。
壁にはヒカリゴケが無くて端に行くとかなりくらい感じだ。
「ここはとなりのフロアとの境界で、そのせいか魔物が少ないんだ」
「魔物よけとか作っておくとキャンプも出来るんですよ」
迷宮にはそういった『安全地帯』的な場所がどのフロアにもあるらしい。陥穽というか魔物が抜け落ちたような場所。
「さあ、さすがにこの先には行ってはいけない」
「そろそろ戻りましょう?」
「うーん、そういうわけにも行かないんだよね…」
「「え?」」
不思議に声を上げる二人を残して俺は横に進む。つまりこの大道の壁のほうへ、あの影が生まれてくるその場所に…
「ひっ!」
「うっ…」
だんだん暗くなる道の端で俺は目的地まで来ると明かりの魔法を使った。
そこは周囲より一段低くなったところで、暗がりであり道の端でもあるのでほとんど人は来ない場所だろう。そこに光で照らされ、浮かび上がったものを見てフロリカさんは悲鳴を上げ、ロッテさんは悪心に口を押さえた。
◆・◆・◆
「なんなのこれ…」
「死体だね…若い女の人の」
死体は虫に…葉化虫にたかられていてまるで虫の塊のようだった。長い髪の毛と、白い足が浮き出て見える。
「取りあえずミッションコンプリートか…」
俺は言われていたとおりガラスのビンに土を詰め、その中に葉化虫を三匹ほど放り込んでさらに土をかぶせる。これで保存は完璧だそうだ。
お姫様の薬はこれで何とかなるだろう。
となるともう一つの案件。
『モース君、虫呼べる呼べる?』
『承知であります』
俺の意を汲んでモース君が精霊虫を呼び出す。わらわらと湧いて出た土の精霊虫は遺体にたかっている葉化虫に取り付くと驚いたことに石化して、放り出して砕いてしまった。
こんなこともできるのか…
『まあ、弱い魔物でありますから、鼠ぐらいになると数機でたかってでないと石化は出来ないでありますな。まあ方法はありますが…』
俺達の見下ろすそこでどんどん葉化虫は駆逐され、遺体があらわになる。
まだ死んで間もないようだ。大きな欠損はない。だから帰って凄惨だ。
魔物というのは敏感なものでここに死の気配を感じてよってきたんだろう。
ひょっとしたらレア魔物である葉化虫の発生にも関係があるのかも…
遺体の状況は一目瞭然だった。胸がはだけられ下半身はむき出し、足は力なく開かれていてあちこちに殴られた痕があって首に絞められた痕があった。
「見ちゃいけません」
ロッテさんが自失から回復して俺の目をふさぐ。
まあ当然の反応だが魔力視のおかげで見えているので意味がない。
「なぶり殺しにされたんですね」
とフロリカさん。彼女は遺体の前に跪き、祈りの言葉を紡いでいる。こういうとき祈るのはメイヤ様だ。メイヤ様に死者の保護を祈るのが普通なのだ。
俺は目をふさがれたままだがそれでも、いや、それだからこそいろいろ見える。
この彼女はまだここに留まっている。
外に向かえばいずれはあの世界にたどり着くだろうが、彼女はここに縛られている。自分の苦しみで縛られている。このままでは迷宮に溶かされて食われてしまう。それはとてもまずいのだ。
しかし人前であれやこれやは…
そう思っていたら今度はロッテさんも俺を抱えたまま目を閉じて祈りの言葉を紡いでいる。
あくまでも子供の見るものでは無いと言うスタンスなんだろう。
だがこれは好機。
俺はここに留まる彼女に退去を命じる。
まあ拒否されたが。いや、拒否されたと言うよりもやはり自分で動けないのかも知れない。
ならここは冥精を呼ぶな。
杖をだして地面に立てる。
光が踊り、冥精が飛び交い彼女を運んでくる。
杖にある地獄ではなく俺の中にあるフラグメントに。
これでわかったがフラグメントというのは向こうの世界のかけらで、向こうから力を引き出してくれるわけなんだけど、こちらから向こうへのゲートにもなっているのだな。
しかし、結構危なかったが間に合ってよかった。。
もしこの調子で恨みとかまき散らされていたら、邪壊思念をまき散らされたら地獄落ちになるところだった。
迷宮に食われても地獄に落ちても救われない。
最後に彼女は自分の右手を示した。
俺はそれに頷いて彼女をメイヤ様の所に送り出す、たぶんちゃんと着くだろう。
杖をしまうと祈りに没入していた二人が目を開ける。これも不自然だからなにがしかの力が働いたのだろう。
「この人右手になにか握っているよ」
「え?」
二人は遺体の手からイヤリングのようなものを回収した。
「なにかの魔法道具ですね、左右対になって意味を成すような」
「犯人のものですか? いや、それ以外考えられませんね」
よい読みだ。もう一石投じよう。
「さっき、声をかけてきた冒険者がいたでしょ? そのうちの一人がそれと同じものをしていたよ、片方だけ」
「本当か?」
「たぶん…」
本当にしていたよ。
二人は顔を見合わせた。
「申し訳ないが遺体はあとで収容しよう、あいつらを逃がしてはいかん」
そう言う彼女たちに俺は先に行くように言った。
いぶかしがる彼女たちの前で魔法を起動する。地面を細かく砕き、粒子状にしてから【パーティクル】の魔法で遺体を包むように棺のかたちに整形する。それを精霊虫が固めて取りあえず簡易の棺のできあがりだ。
また精霊虫が出てきて棺の運搬をしてくれる。
「棺もすごいが宙に浮いて進むのもすごい…」
うん、精霊虫は見えないようだ。
「さあ、急ぎましょう」
「はい」
「うむ」
俺の声で二人がかけだした。
 




