3-02 あれ、しんじゃった?
3-02 あれ、しんじゃった?
さて、魔法の整理でもするか。
俺は馬車の脇に転がった穴の開いた丸太に腰を下ろして魔導器に意識を集中する。
現在みんなは就寝中。俺は夜間の見張りの途中だ。
野宿だから当然見張りは必要なのだ。
今まではシャイガさんとエルメアさんが夜間の見張りもやっていたが、今回の旅で俺やルトナも見張りを任せても大丈夫なぐらいの実力がある。という評価を受けたようだ。
それで全幅のとはいかないのだが、少しずつこういう仕事も任せようという話になったのだ。地味にうれしい。
シャイガさんたちは昼間動かないといけないが俺の方は昼間寝ててもいいわけだしね。おまけにこっちは体が寝ていても周囲の知覚や思考は普通にできる。これほど見張り向きな人材はちょっとないだろう。まるで見張りのために生まれたような人材だ……そんな限定的すぎる存在は否だな。
さて、魔導器と一言にいうが魔導器にもいくつか種類があるそうで、普通の魔導器は魔力に意思を伝えるための触媒の役目を持つアイテムだ。このタイプを【コンパイラ】と呼ぶらしい。
もう一つ、コンパイラの機能はそのままに、いくつもの魔法の術式を記録する機能があるものがある。これが俺の使っている奴で、性能としては上位機種。【キャスター】と呼ばれるそうだ。
コンパイラが魔力と人とをつなぐ翻訳機のようなものだとしたら、キャスターは翻訳機能の付いたコンピューターのようなものと考えればいい。
術式プログラムをインストールしておけばワンクリックで魔法が使える。非常に便利だ。
で、この魔導器の中に新たに魔法が追加されました。
エルフの里グラシルでエスティアーゼさんにもらった魔導書の魔法だ。もらったと言っても魔法書をもらったのではなく、魔法のプログラムをコピーさせてもらったということだ。
エルフは世界の再生の時期に保有していた魔導書を大放出して人間に譲り渡していたらしいが、余剰があって、尚且つ利用頻度の高い魔法書は手元に残しておいたらしい。
今回俺が読み込ませてもらったのはそれらの魔法たちだ。
【グラビットドライブ】はまあ別格として、【賦活・ヒール】【修復・リペア】【治療・キュア】【安眠・サウンドリスリープ】の回復魔法四点セット。
【清浄・クリア】【吹き飛ばし・ブロア】【吸引・バキューム】などの生活魔法。
【属性の霧・エレメンタルミスト】という補助魔法。実に九個もの魔法が手に入った。
エスティアーゼさんの話によると魔導器の中にもともと入っていた【加熱】だの【切離】だのは分類としては『加工魔法』とよ呼ばれるもので、ものづくりに使う範囲が限定された魔法なんだそうだ。効果範囲が狭い代わりに自由度の大きい魔法ということだ。なるほど便利使いできるはずだ。
欠点としては効果の調節に幅をとっているために魔力効率が悪くなるのだと言っていた。
うーん、使った感じだとあまりそんな感じはしないんだけどね…
さてこれらの魔法を検証してみようとおもう。暇だから。
とりあえず回復魔法は特徴を間違えないために把握しておきたいのだ。
まず賦活これは肉体の生命力を補強する魔法だね。結果として傷の治りが速くなり、病気の治りも早くなる。すべてに効くけれど効果は限定的というやつだ。
修復は怪我の治療に特化した魔法だ。細胞分裂を加速して傷をあっという間に治す。欠点は自然再生であるために骨折などを接骨をせずにこれを使うと曲がったままくっ付いてしまうことだろう。これを使いこなすためにはある程度の外科的な治療が必要。
治療は体内に入った不純物を排除する魔法。毒の成分やウイルスを魔力で隔離し無害化する。あとは体外に排出されるのを待てばいい。みたいなまほうだ。
安眠も回復魔法だね、深く、健康的な眠りですべての瑕疵を回復する。ヒールの強力なやつだがかけられると爆睡してしまう。いや、逆か、爆睡させることでヒールの効果を極限まで高めているのかな? 病中病後にぜひ。
まあどちらにしても俺の持っているイデアルヒールの下位互換という感じはする。
あとは…ん?
まただ…この嫌な気配。というか腐臭に似た何か。
近くにあって、こちらを伺っている?
嫌な臭いはしばらく俺の神経をちりちりと刺激して…そして離れていった。
ちょっと遠い感じがするな。
うーん、どうしよう。シャイガさんたちを起こすべきか…これはなんか放置してはいけないような気がするんだよね…
いや、ちょっと先に様子を見に行ってみようかな…せっかく休んでくれたんだし…
それにこれには俺が対処しないといけないような感じがするんだ。
俺はふわりと浮きあがり、その嫌な臭いの方に移動を始めた。
◆・◆・◆
「どうだった?」
だみ声が聞こえた。
逃げる気配は山道を登るように進んでいく。対して俺は身を隠しながら空を飛んでいたのだから追いつけるのは当然だった。
『にしても臭い』
悪臭と言っていい気配。変な言い回しだがそうとしか言いようがない。
そう、しいて言うならば存在自体が腐っていて、周囲に腐臭を撒き散らしているかのような…そんな匂いがした。
多分声の主だ。
ここにいるのは男が五人ほど。様子からしてまともな奴らではない。
というかあまりに臭くて問答無用で焼却したくなる。
「ヘイ、お頭、どうも連中はエルフの里で手に入れた荷物を運んでいるようには見えません、車の中はどうも軽そうで…」
「ちっ、そうか、てっきり一獲千金を狙った脳足りんかと思ったが…当てがはずれたか」
ふむ、と俺はかんがえる。
この南に抜ける山道は通り抜けられる確率が低い。ミシの町で聞いた限りでは大体五割ぐらいの確率で迷ってしまうらしい。
俺達は大丈夫だから気にせずにきたが、もしそう言った保証なしにここを通るやつがいるとしたら、一刻も早く南側に抜けたいやつ。つまりエルフの里で何かそれなりのものを手に入れ、素早く南に抜ければ一攫千金が狙える。とか、競争相手がいて急いでいるとかそんな理由があるものなのではないだろうか。
そしてこいつらはそう言ったお宝を抱えた旅人を狙う盗賊なのかもしれない。たぶんそうだろう。
「まあそっちの方はハズレかもしれませんが他にお宝がありますぜ、夫婦者とそのガキどもなんですが、この母親がすこぶるつきのいい女でした。ええ、この遠見の魔道具でしかとみましたぜ、乳のでかいものスゲー美女です」
「「「おおーっ」」」
「そいつあいいな」
「この前の商人も女房づれだったが、あまりもたなかったからな」
「三日休みなしで犯されたくらいで簡単に壊れちまった」
「やっせっぼちで食いがいもなかったしな」
「よし、そんで薬の方は効いたのか?」
「いやいや待ってください。まだまだ話があるんで」
膝を叩いて動き出そうとしたお頭と呼ばれた男を報告に来た男は押しとどめた。
「で、ガキどもの話なんですが、一人が娘で、確かにガキはガキなんですが女として使えないほどじゃねえようです」
ヒューと口笛が聞こえた。
凄まじくムカッとしたな。
「あと、変な生き物がいやした。なんかまるまっちい猫というか卵というか…ありゃケットシーに間違いありません」
「ほう、ケットシーだと…そりゃお宝だな、聖国辺りに持っていって売り飛ばせば死ぬまで遊んで暮らせるぜ」
「「「おおーっ」」」
「で、水場に仕込んだ薬の方ですが、効いているのかいないのか分かりません、連中男のガキの方に見張りをさせて自分らは車の中に引っ込んでしまったんで、まあ多分寝てると思います、獣車を引いていた鎧牛は寝ちまいましたし、まあ見張りのガキは車の影て見えなかったんですが…」
「おう、やり方に気を付けないといかんな、ケットシーはかすり傷一つ付けるな、女どもは逃げられんように足を切っちまえ、
ガキは…ここで始末よ」
一瞬のことだった。
話を聞くのに夢中になっていた俺の隠れていた岩がガキンと大きな音をたてた。
座っていた男があっという間に俺のところに接近して鞘で岩を叩いたのだ。
驚いて飛び上がってしまった。
そして気が付いた。
この男はものすごく強い。下手をするとシャイガさんよりも強いかもしれない。そしてものすごく悪党だ。
人を殺すこと、苦しめることを何とも思っていない。そしてとても慣れている。
飛び上がった俺の喉にいつの間に抜き放ったのか男の剣が突き刺さっていた。
口に中に血の味が広がる…やば…




