2-10 飛行魔法…思い切りって大事だよね
2-10 飛行魔法…思い切りって大事だよね
そのメッセージは脳裏をよぎるという言い方が正しかった。
意味が直接届く感じだ。
それと同時に大体の状況が飲み込めた。
これは左腕の魔導器の機能の一つ『読み込み』によるものだ。
読み込み可能なデーターと接触したために機能が動いたんだろう。
魔導書はまず表紙を開くと紋章が沢山か書かれたページがある。これはあれかな。執筆に係わった人とかのページかもしれない。いや、知らんけど。
次に目次のようなページがある。もちろん読めないので本当のところは分からない。
さらに進んでいくと今度は絵がかいてある。そしてそのわきに文章。
見た感じ百科事典のページのようだ。
「これって何が書かれているんですか?」
「それは魔力をどう動かすかが書かれているのじゃよ、絵の方は魔法のイメージを視覚的に見るためのものじゃな、脇に解説がある。
下位古代語というやつじゃ、すべて解読されたわけではないのじゃが、この魔法に関しては重さを打ち消して浮かぶようなことが書かれている。らしい」
ふむ、なるほど。
「でじゃ、ここをずーっと行くと呪文のページがある。魔法に興味があるなら知っておるかもしれんが呪文に使われているのは上位古代語というやつでな、これは発音に、抑揚に、リズムに決まりがあって、それを守って唱えないとならん、逆にちゃんと唱えれば割と魔法が発現する。この呪文の解析は終わっておるそうじゃよ。なのにこの魔法は人間には使えない。どこが悪いのか研究者が血眼になって調べておるそうじゃよ」
「なるほど」
エルフは、妖精族は魔法が使える種族で、人間は魔法が使えない種族である。と言うのはここに差があるのだそうだ。
例えばこの呪文【******・***・*******・*****・***・***・********・魔法名】
と唱えるらしい。
はっきり言ってむちゃくちゃ長い。数分はかかっていた。
しかも聞いたことのない言葉でハンニャカー・ホヤニャカー・ほにゃらららーとか聞こえた。
よくこれを読んでくれましたエスティアーゼさん。ありがとう。マジで参考になった。
でだ、この呪文をしっかり唱えながら、自分が飛んでいる姿をイメージするわけだ。重さから解放されてふわふわ飛んでいるイメージだそうだ。
そうするとエルフは空を飛べる。
呪文というのは魔力と呼ばれる存在になにをしてほしいのか、伝えるための言葉であるようだ。よくわからんがたぶんそれっぽいことを言っているのだろう。
イメージを展開し、それに合わせて魔力に呪文というコマンドを入力する。それで魔法は発動するのだそうだ。
そして一度成功し、その感覚を覚えると次からは呪文の詠唱は必要ないのだそうだ。
これが魔法が使えるエルフ。つまり魔力と直接情報のやり取りができる人たちの場合。
で人間。
こちらは魔法が使えない種族。
まず情報のやり取りのために魔導器という中継器が必要になる。これがないと人間は魔力に対して情報を発信できない。あるいは交感できないのだ。
そして呪文をその都度唱えないといけない。
これは人間がイメージで魔力に『こんな感じでよろしく!』という情報の伝え方ができないからだろう。
「まあワシらエルフも全部が全部詠唱に成功したわけではないのじゃよ。一人成功すればそ奴の周りの魔力からどんな感じか読み取れるし、イメージも聞けばいいのじゃからの」
うわっ、ずっる。
この差は大きすぎるよな。
でも俺だって魔力が見えるし、制御もできる、だったら一度詠唱を成功させれば…
【データーを読み込みますか?】
ああそう言えばそうだった。そもそもこれの話だった。
では読み込み開始と…
この魔法書は前から魔法の解説と呪文の表記があって、最後に裏表紙が妙に厚い。
まるで金属板でも入っているかのように。
ここに魔法のデーターが入っているようだ。
この板の部分にどんな方法によってか魔法のデーターが丸ごと記録されていて今、俺の魔導器はそこと情報のやり取りをしている。
魔法書の原典というのはすべからくこういうものらしい。
【読み込みを終了しました。システムの構築を始めます】
またメッセージが飛んでくる。
インストールが終わったらシステムの構築。うん、了解。
そしてシステムの構築自体も大した時間はかからなかった。システムが構築されると魔導器に記録された魔法の中に新しい魔法として【グラビット・ドライブ】というのがある。どうやらこの魔法の名前らしいな。
システムが構築されたせいだろうか、この魔法がどういう魔法なのか何となくイメージがわいてくる。それによると自分の周囲の空間構造に干渉して慣性や重力を制御する魔法のようだ。
すごいな。
そしてちょっと気になってもう一度『呪文』を見てみる。
一、二、三…
「七ページ…七つ?」
「おっ、気が付いたか。そうじゃ、この飛行魔法は七節の呪文から成り立っている。この節というのが魔法のむずかしさそのものでもあるのじゃ、例えばこういうのもある。【****・**・********・ブロアー】」
エスティアーゼさんがそう言うと風が吹き出してきた。
「これは風を吹き出す魔法じゃ、呪文の意味あいとしては【世界に満ちる風の力よ・我れ示す道によりそいて疾く駆けよ、我示す道に集いて強く駆けよ・描け三重の螺旋、彼方まで・ブロアー】とこんな感じになるの。そして聞いていて分かったかの? この呪文は三つの節で出来ている。飛行魔法に比べるとずいぶん簡単じゃ。まあ風を吹き出す魔法などどう使うのかという気がするがの」
うん、多分ごみを吹き飛ばすために使うんだよ。
この魔法があるときっとパソコン環境がよくなるに違いない。
「この節の違いが、そのまま魔法の位階の違いということになる。つまりブロアーは第三位階魔法。飛行魔法は第七位階魔法ということじゃな。
当然簡単な魔法の方が呪文は短く、第七になると長いもので詠唱に数十分とかかかるのもあるらしい」
あー、以前聞いた話だと現在第七位階魔法は使えるやつはいないということだった。
うーん、この詠唱のむずかしさではわからなくもないな。
・・・あれ? じゃあ俺ってどうなるんだ? 今まで呪文の詠唱とかしないでボタン一つで魔法を使ってきたけど…ひょっとして魔法って適正云々ではなくて使うこと自体がものすごく難しいのでは?
「うむ、ワシもそう思う」
ああ、声に出てた。
「昔は何かそういう魔法を使うための何かがあったのではないかと思うんじゃがの…まあわからんことだ」
「ああっ」
つまり俺の魔導器のようなやつだな。すでに魔法読み込んだし…
ひょっとしていける?
どうしようかな?
行ってみようかな?
うーん、やっちゃうか!
俺はすっくと立ち上がると窓際に寄って行った。
ここは、このエスティアーゼさんの部屋はこの建物の最上階付近にある。高さは二〇〇mに届くかというほどだ。
東京タワーの大展望台よりも高い。
マジ、こわ。
ここは飛び降りてからかっこよく魔法を使おうかと考えたけど怖いからやめよう。
ここでまず起動。
【グラビット・ドライブ】
ちりちりとハードディスクが動くような感覚。そして俺の周りを魔力が踊る感じがする。
よし、これならいける。
臆病者と笑わば笑え、ここまで準備をしてから俺は窓を踏み越えた。
「おいっ」
エスティアーゼさんが慌てて声を上げる。
魔力の見える彼女だから俺が何かやろうとしていたのは分かっていたと思う。でも俺は詠唱もしなかったし、ただ魔法名を口にしただけだ。
何か目論見があると分かってはいてもびっくりしたのだろう。
俺はしばし自由落下を楽しんだのち、転がるボールが止まるように自然に空中に静止した。
「あははっ、やった。やった。飛んでる。飛んでるぞ」
俺は思わず歓喜の声を上げてしまった。
あれ、背中でなんか光ってる。
 




