2-09 魔法原典
2-09 魔法原典
お風呂は木造だった。というか木だった。
総檜造りのお風呂というのに昔一度だけ入ったことがあったがそんな匂いのする木のお風呂だった。いい匂いだ。
ただ材木で作ったというのではなく木そのものがお風呂だった。
っていわれてもわかんないよね、つまりこれは直径が十数メートルもある大木の切株を掘ってお風呂として使っているのだ。
数メートルの高さにそれはあって木の幹の外周部分に階段が彫られている。
木を彫って階段を作っているのだ。
縁の部分は大きくとられていて数メートルもある。
ふつうのお風呂でいえばここが洗い場になる。
そして驚いたことにこの木はまだ当然のように生きているのだ。
縁のそこかしこから新しい枝が、まあ枝なのか幹なのかわからないけど伸びていて緑の葉を茂らせ目隠しのような感じになっている。
そして十メートルもある風呂桶部分はなみなみとお湯に満たされていて、しかしお湯を注ぎ込むような道具はどこにも見られない。
そう、このお湯はこの木が地中から、その根で吸い上げている水が暖められて満たされているのだ。
なんかぬめりがあっていい感じ。
「これがエルフの固有能力じゃよ」
すっぽんぽんエスティアーゼさんがそう宣った。
俺達がこのお風呂に案内されて、まあ家族だけだしということでみんなで入っていたら一人二人とエルフが集まってきて大盛況になってしまった。
その中にエスティアーゼさんもいたりする。
にしても見た目がほとんど子どもプールである。
ちっちゃいSDキャラがすっぽんぽんで走り回っている。楽しそうに。中にはお風呂に飛び込むやつもいる。これが全部エルフだったりするのだ。
ちなみにエルフは全部SDキャラで、しかも全部女の子だった。
そこでちょっと疑問が起こる。
男の子っていないの?
正解は~『いない』だそうだ。
というかエルフって親から生まれるんじゃないんだと。
ここでちょっとエルフの生態の話。
少し話がそれるがこの果てなき迷いの森はとても大きい。端から端まで三〇〇キロとかあるみたい。
その中心に『世界樹』というのが立っている。
ものすごく大きい高さ数キロという大樹だそうだ。
この大樹の周りにエルフの中心都市『グラシルオール』がある。
高さが数キロもある木なのでその幹の太さもやはりキロ単位。その周りにドーナツ状の町を作ってエルフたちは暮らしているのだそうだ。
この世界樹からみて六方向にエルフの集落というか衛星都市がある。
それぞれに役割が違う町だそうで、その内のひとつがいま俺たちがいるここ、『外との交流』のための後方基地という役割の町『ドラシル』だ。
うん、エスティアーゼさんの苗字はここからきているらしい。
で、この世界樹には木の実がなる。生命の実というのだそうだ。
色々な種類のものが同じ一つの木に生る。
食用になったり、くすりの素材になったりするものが生る。その中に、まれに金色の実がなる。
これが妖精の実と呼ばれるものでこれが育つと中からエルフが生れてくるらしい。
そう、エルフは世界樹という木に生る種族なのだ。だから全部女でも困らないのだそうだ。
びっくり。
他にもドワーフは地底の溶岩迷宮で地面から湧き出す石の卵から生まれ、ケットシーは風巻く天の迷宮で風の繭から生まれるとか教えてもらった。すごいな異世界。
マジで驚いた。
まあそう言った違う生れ方をした種族ともこうしてのんきに過ごせるのだ、素晴らしいことだと思う。
まして妖精族と人間の間には妖精狩りなんていう暗黒の歴史もあるのだ。
彼らの精神の高さに完敗である。ゆえに乾杯だ。
さて、エルフの固有能力だがこの通り植物の成長や形状を操る能力なのだそうだ。
なのでここにある家々はみんな大木が基礎になっている。
独立した家は木の内部をくりぬいたような構造だ。
枝葉が広がって広場に屋根を作った木もある。
枝と枝がつながって空中橋をかけた回廊のようなものもある。
中でも飛びぬけて目を引くのがエルフの居住区画になっている巨木。
このドラシルの中心にある大木『天樹』世界樹から分かれた接ぎ木だそうだ。
その高さたぶん三〇〇m。幹の直径一五〇m。
あんまり大きすぎて木にみえなかったよ。
この天樹の外皮に近い辺りもエルフたちの生活スペースで、大体一〇mぐらいの厚さで細かく掘り進められていて部屋や階段やテラスや倉庫などが作られている。
さっき俺たちが話をしていたのもここの一角。
かなり下の方にある会議室だ。
エスティアーゼさんの執務室は本来一番上の二〇〇メートル付近にあるらしい。
彼らは飛べるから気にならないだろうが飛べない俺たちには階段を上るしか道がなく、どうも気を使ってくれたらしい。
ここは地面と樹上と樹木の占める空間に広がる立体的な都市なのだ。
イヤー、すごい。ほんといいもの見たーという感じだ。
そんな感動にご満悦の俺だったが次のエスティアーゼさんの言葉で固まることになる。
「さて、ディア坊。そろそろ行こうか、魔法書はワシの執務室じゃから、のんびりしているとまた日が暮れてしまうでな」
マジか!?
◆・◆・◆
「さて、これが飛行魔法の原典じゃ」
「わーっ、これが」(ちょっと投げやり)
俺はエスティアーゼさんが差し出した本を受け取った。
それはいかにもな本だった。
真っ白い装丁のハードカバー本というと分かりやすいだろう。表紙には大きな紋様が金色でつづられていて見たことのない文字が書かれている。
「うむ、その字はな、今はない古の『魔法王国』の文字で、紋章もそれにゆかりのものだと言われておる」
「古代魔法王国…」
「うむ、そうじゃ。今から二〇〇〇年以上前の話になるがの、この地には統一王国が存在しておったんじゃよ、いや、勿論ワシだって知らん、じゃがエルフの寿命を考えれば四世代前が五世代前はそのころ生きていた。言い伝えは人間よりも多く残っておると思うよ。
その国は何千年も栄えたそうじゃ。その原動力が魔法という力じゃった。
その王国こそ魔法を生み出した王国じゃったんじゃ
ワシら妖精族ともうまくやっておったようじゃよ」
「ところが二千年前のある日、その国は突然無くなった。
なくなってしもうた。
原因は分からん。言い伝えによるとある日突然王国との音信が不通になった。
それは大破壊などではなくとても静かな滅びじゃったそうじゃ。
先祖は王国に何かあったかと調査に向かい、そこに無人の町と、どこから現れたのかあふれる魔物を見た。
魔物は強くたくさんの犠牲が出た。
ワシらに出来ることはもともと迷宮としてワシらを守ってくれていたこの森を閉じで引きこもることだけだったそうじゃ」
エルフはそのまま数百年この森に引きこもった。
その間に森の動物たちが弱いながらも魔物化するという事件も起きた。
世界を包む源理力が腐ったためだと考えられた。
そしてそんな現象を引き起こす存在として『邪神の侵略』なんてことまで考えられたそうだ。
百年、二百年が過ぎ三百年が過ぎたころエルフには再び外の世界を調査しようという機運が生まれた。
これはエルフの中で世代交代が進んだことがその機運を高めたと言える。
迷宮の一部を開け、外に出て見たのはあらゆる文明を飲み込みあふれかえる自然と、際限なくわいてくる魔物。そして自然と魔物に追い詰められ、絶滅の危機に追い込まれた人間たちだったそうだ。
エルフは人間たちと接触する。最初は魔物の一種と思って警戒していた人間たちだったが、エルフは確かに人間にとって救いの神だった。
古代王国で使われていた魔道具や魔法を人間に伝授し、人間は反撃のきっかけを手に入れた。
同時にドワーフやケットシー、マーメイドたちと接触し人間に対する支援体制を作り上げた。
エルフは魔法に関しては人間よりも優れていたが肉体的にはむしろ脆弱であったし、妖精族はすべて致命的な欠陥を持っていた。
つまり繁殖力が低いということだ。
際限なくわいてくる魔物とすり潰し合いをすれば滅びるのは間違いなく妖精族だった。
だが人間は妖精よりもはるかに繁殖力が高かった。
協力すれば対抗できる。
人間には妖精族が必要で、妖精族には人間が必要だった。
ここでいう人間には当然獣人族などの異種族も入っている。彼らはそれを区別せずにまとめて人間と呼んでいるのだ。
こうして人間は絶対絶命の危機を脱した。
エルフの作る魔法薬、ドワーフの作る武器防具、ケットシーが補給を支え、マーメイドが海に道を作った。そして人間は文明を、国を作り、少しずつ魔物の領域を押し返していったそうだ。
「現在ある魔法というのはその基礎にあるのが古代王国で生まれた魔法での、ワシらが伝えたものばかりではなく、人間が自分で発掘して復活させたものもあるが、その基礎にあるのは古代魔法ということは同じじゃ。今もずいぶんたくさんの魔法もあるようじゃが、大昔はこの比ではなかったじゃろう。あのころ使えたが今の人間には使えない魔法というのもたくさんある。
人間たちは今もそういうものを懸命に研究しておるよ。
この飛行魔法もそう言った魔法の一つじゃな。ワシらが使うと空を飛べるが人間に使わせても飛ぶことはできん、原因は分からん、まあそう言うものだということじゃよ。
研究などは人間がやればいい」
エルフは植物や薬草の調合などには造詣が深いが生まれながらに魔法が使えるという特性があるために魔法の研究などには興味はないのだそうだ。
俺は手の中にあった本をおもむろに開いた。
最初は魔法陣のような図形があり、その下に細かい…これは文字だろうか? 規則性を持った何かの模様が…
俺の意識に『魔力コード読み込み開始しますか?』のメッセージが届いた。
 




