9-07 覚えてないけど母との再会
9-07 覚えてないけど母との再会
いきなり母親と思しき女性登場。
はかなげな感じの美人さんで、スリムな感じの女性だ。
だがやはり母親ということなのだろうか、スタイルは良い。なんかお母さん。という感じでお胸とか大きい。
彼女はよろよろと近づいてきて、俺の右手をつかむと涙をこぼした。
ここまでくると記憶がないのが申しわけない感じだ。
後ろには初老の、これまた鍛え抜かれた感じの老人が立っている。顔に傷などあって歴戦の勇士といった風情。
その男性の隣に品のいい感じのご婦人がいる。
まあ、その後ろに立っている若い二名は護衛の兵士だね。
はっきり言って大した実力じゃない。
言っては悪いが伯爵も、脅威になるような力はないと見た。
と室内を観察していると…
つんつくつん。
サリアさん背中をつっつくのやめてくれます? しかもちゃんとリズムまでつけて。
「あーっ、こういう時になんといっていいかわからないのですが…初めまして?」
爺ちゃんと推定ばあちゃん(まだ紹介されてない)はそのままだったが母親と思しきビアンカさんはこの世の終わりみたいに衝撃を受けていた。
「そんな…初めましてだなんて…」
ああ、そういうことか、まあ、気持ちはわかる。
親子であることは間違いはないと思う。
俺にそのころの記憶はない、というかディアストラであった時の記憶は全くないのだ。
多分その少年はあのキ〇ガイ魔導学者の実験に使われた時に壊れてしまったのだと思う。
はっきり言えば『ディアストラ・ビジュー』はもう死んでしまったのだ。
メイヤ様の助力がなかったら本気で死んでいたのだと思うけど、幸いにも復活の呪文が発動したわけでね。
その時から俺はディア・ナガンで、その土台は上月龍三郎なのだ。
悲しいかなディアストラ少年はスチルのようないくつかのイメージを残していなくなってしまった。
そのイメージの中に確かに彼女の姿はある。
嬉しそうに笑っている彼女。そして幸せそうにはしゃぎまくるディアストラ少年。
それはもう、失われて戻らない、過去の記憶。
なんてこった。以前の自分なんて全く意識したことはないんだけどねえ…
「ディアストラ、そなたに会うのは初めてになる。私がロビン・コートノーだ。隣が妻のルーシア。そなたの祖母になる。
実はそなたが生きていた。という情報を、独自のルートで入手してな…」
なるほどそうか。
俺を暗殺しようとして失敗した。それを王国に突っ込まれた。
俺は王国の貴族だし、サリアの男だ。
政治的になんだっけ?
「アルフレイデア?」
そうそう、アルフレイディア君に責任を押し付けて、事態の解決を図るにしても詳しい情報を国内に流すというわけにはいかないよな。
ある程度は秘匿されていたはず。
ここにいるのが昔行方不明になった〝孫〟だと把握しているのだから、なかなかに素晴らしい情報収集能力。と言えるだろう。
であれば面会がこんな電撃的になるのも無理はない。
だけどまあ、それはそれとして。
「申し訳ないのですが、王国で助けられる前の記憶は全くないものでして」
ビアンカさんが額に手を当てて〝ふら~っ〟とよろめく。
それを支えるおばあちゃんのルーシアさん。
ちょっとうつむき加減に立ち直ったビアンカさんは。
『あの時殴り殺しておくべきだった』
うん、小さな声だったけど確かに聞こえたね。しかもこぶしを握ってプルプルしているし。
ビアンカさんはおとなしい感じの美人さんだからギャップがすごいな。
だがこの一事でうちの嫁どもはビアンカさんを気に入ったらしい。
こういうのは何だっけ? 同病相憐れむ?
《類は友を呼ぶではないでありますか?》
おっ、モース君帰ってきた。準備は?
《万端であります》
俺はちらりとみんなを見ると、ルトナ達がビアンカさんを支えるようにしている。
そして俺に視線が…
「えっと、この二人を紹介しますね、私の嫁のルトナです。
こちらはサリア王女、婚約中ということになります。
あと一人嫁がいますが、この場は遠慮しています」
「まあ、強そうですね」
二人を見たビアンカさんの感想がそれだった。
伯爵も伯爵夫人も。
「これはなかなか良い嫁を見つけたな」
「王女を捕まえるなんてなかなかやるわね」
とか頷いている。
あまり獣人とか偏見はないようだ。
「良い女を捕まえるのが男の甲斐性…」
伯爵はそういいながらおれの肩に手をやって、顔をしかめた。
「そなたその腕は?」
「ああ、気が付いた時にはありませんでしたので、代わりをつけてあります」
近づいただけで俺の左手が機械なのを見抜いたか。
今はかなり繊細なつくりにしてあって、体積的には人間の腕と変わらないぐらいなんだよね。手袋をするとほとんどわからないレベル。
ただやはり機械は機械、人間のうごきとは違っている。
「でもかなり便利なんですよ」
俺はそういうと左腕を吸血へビ君に変形させて部屋の中に放った。
「何?」
目標は彼らではないのだが、彼らにしてみればいきなり攻撃されたようなものだ。
伯爵は腰の剣を抜いて、反射的にだろう、俺に切りかかってくる。
「父様」
「これは」
「だめ」
「何だこれ」
と、まあ、一瞬でいろいろな反応があったわけだが、伯爵の剣はいつの間にか飛び込んできていたクレオの剣で受け止められていた。
そしてのたくる蛇君は部屋の中を人にぶつからないように、それでいて何かを追い立てるようにうごめき、それに合わせて伯爵とビアンカさんから赤い光が離れることとなった。
『火の下級精霊でありますな。随分強化されているでありますが、逃げられないでありますよ。ここは既に吾輩の結界の中であります』
部屋の中をビュンビュン飛び回る赤い球。
壁に突進するのは脱出を試みているからだろう。
だがモース君の言った通りここはモース君の結界の中。
伯爵たちがこの部屋に入った直後からモース君は部屋を結界でくるんでくれていたのだ。
だからこの部屋から出る方法は一つしかない。
「これはいったい…むっ、剣が切れている」
「あー、そっちが気になっちゃうんだ」
クレオの刀は波刃の切断力強化型。しかも素材はヒヒイロカネだのオリハルコンだの使った超ぜいたく品。
伯爵の剣も結構いいものだと思う。たぶん魔鋼をミスリルで補強したもの。
でもそのレベルじゃクレオが手加減しなかったらすっぱり行っていたと思うよ。
「さて、爺さんは自分の剣が切れたことで自失しちゃったから無視して話を勧めよう。
こいつらは火の下級精霊だね」
すでに抜け出せなくて、水と土の力が強すぎてヘロヘロしている。
《にげる。にげる》
《情報、持っていく》
《御注進》
《監視失敗》
下級精霊は明確な自我がないから情報が取れるかどうか微妙なんだけど…これだけ与えられた指示に忠実だとその必要もないような…
「たぶんですが、お二人の監視のためにとりつかされていた精霊だと思いますよ。
火の上級精霊から監視と情報の収集を命じられていたみたい。
お心当たりは?」
「ありますね」
そういうとビアンカさんは指輪を引き抜いて地面に落とし、踏み砕いてしまった。
「誠なのか…皇帝は…いや、宰相か…監視だと…だが…」
何か思い当たるところはあるようだ。
まあ、どうでもいいんだけどね。
俺はヘロヘロと飛ぶ精霊に息を吹きかける。それだけで火の精霊二つはほどけて微精霊になってしまった。
うん、これで少し落ち着いて話ができるな。




