9-03 ダメだこりゃ①
9-03 ダメだこりゃ①
「でもどうするんでしょう?」
異国風と祖国の特徴が混じった街並みを眺めながら歩き、サリアは楽しそうにそう宣った。
なんで街並みかというと、早々に脱走したからだ。
迎賓館なので、しかも祖国の王女がいるので警備はそれなりに厳重だったが、獣王を務めるような化け物にはないも同然。
そこにサリアと俺の『飛行魔法が加われば外出を希望するメンバーが外出することなど本当に簡単なことだ。
ただ飛行魔法が使え、しかも獣王に認められるほどの身体能力を持つサリアが一番こういうのに向いているのがちょっと衝撃だった。
『いや、大丈夫だ。魔法を併用すれば俺だって負けてない。はずだ。たぶん』
思わず自分を慰める自分がいたりした。
さて、話は帝国からくる連中の話なのだが。
「相手が来てから話をしてみないと分からないんじゃない?」
尤もだ。
ただ二人のたちが悪いところは元から帝国に合わせる気がないことだろう。
そのうえで執政官がどう話をまとめるか、ちょっと意地悪な気分で見ているのだ。
ただこれも仕方がない話だ。
サリアの能力や装備関係に全く興味がなく、調べもせずに話を進めたのだ。本来であれば叱責ものだ。
話がうまくまとまればなかった事にしてやろうと考えるサリアは良心的かもしれない。
「若い娘さんがきゃいきゃいやっとるのは華やかでいいのう」
「まったくまったく」
そんなサリアたちを見て老人二人がしみじみという。
きゃいきゃいしているのはサリア、ルトナ、クレオの三人で、三人ともめったに見れないいろいろ折衷の町並みにちょっと興奮気味だ。
それは口とは裏腹に老人たちも同じようであっちにチョロチョロこっちにチョロチョロ。
お前ら護衛する気あるのか? と言いたくなるような有様だった。
だがもちろんこの海千山千の老人に手抜かりはない。
このレベルの達人になると多少の距離とか関係ないのだろう。と見ていて思う。
逆にこの二人が護衛対象に張り付くような状態だとかえって恐ろしいということだ。
てなことを考えているうちに一人の男が、うまく(本人的に)気配を殺しながらきゃいきゃい言ってる三人に近づいてきて、そしていきなりこけた。
もちろん老人たちが足をかけたのだが、そのころび方が見事。
いきなり両足を後ろに撥ね上げ気が付いたら空中で水平に。
そのまま地面に落っこちて顔面からキス。そして海老ぞり。
芸人だったらすごい達人だ。
もちろんこいつは違うけど。
「おうおうてめえ…いきなり人様にぶつかるとは…」
男はスリに失敗したとたんに強請りに方針を切り替えたようだ。
だが正面に立つのはルトナ。傲然と男を見下ろす。
クレオは楽しそうに舌なめずりしているしサリアはワクワクした顔でスリを眺めていた。
これは怖い。
「なにして…いやがるんでございましょうか…って、あっしが何しているのかって話でゲスな。いや、お恥ずかしい。なんもないところでころんじまいやした。
わ…笑いもとれないんじゃ…芸人失格でゲスな」
なんと瞬時に芸人にクラスチェンジしたぞ。
右手でおでこをパチーンとたたいてぺこぺこ頭を下げ。軽快なステップでそそくさと離れていく男。
完全に太鼓持ちだ。
「あれはあれでなかなか見事じゃよね」
「うむ、瞬時に勝てないことを悟って逃げを打ったな」
「生き残るすべと考えれば…まあ、間違ってはないじゃろ」
「でもフェ老師、あれでは敵が襲い掛かってきたときに助からないのでは?」
「いや、ルトナ嬢ちゃん、誰もがお前さんのように強敵に立ち向かえる実力を持っているわけではない。
強さというのも相対的なもんじゃ」
「そう、この世の誰かがきっと一番強い。一番強いやつがいるということは他のやつは二番め以下じゃ。
その次は三番目。自分より強いやつはいくらでも居るんよ」
「戦って勝てん相手に会った時にどうするか。という話じゃ」
「力のある者なら戦いながら活路を見出す。だがそれすらできんものは?」
「ああ、つまりあれは命乞いの一種ですか」
「「その通りじゃ」」
と、まあ、このように獣王というのは伊達でも酔狂でもない。亀の甲より年の劫とはよく言ったもので。こういうところはやはり勝てない部分だ。
経験の量が違うんだよね。
「じゃが、ああいうのも無事に逃げ切れるとは限らんのじゃ。ほい」
「何ですそれ」
「迷惑料じゃ」
ご老体の手には見たことのない財布が握られていた。
「ほほほ、気にするまい」
「悪党に対する攻撃は何であれ悪事ではないんじゃよ」
「そうですよね」
あっ、いかん、サリアが同調した。
「サリアよ、お前だけはそれじゃダメ」
「でも、ケースバイケースだと思うんだけどなあ」
まあ、あのチンピラが財布を失ったからと言って世界に歪みが生まれるわけではないのでどうでもいいっちゃどうでもいいんだが…
「よーし、今日は儂らのおごりじゃ」
「パーッと行くぞ。パーッと」
ジジイ、財布の中身を確かめなくていいのか? すりなんかやっているやつが大金を持ち歩いているとは思われんが。
「よーし食うぞー!!」
ダメだこりゃ。
◇・◇・◇・◇
「あらいらっしゃい。旅の人? 何にします?」
でやってきましたいいにおいをさせている料理屋。
結構人が入っているからまずくはないだろう。
「美味いものじゃ、美味いものをくれ」
「沢山だ、沢山くれ」
ちょっと太った切符のいいおばちゃんは。
「じゃあお任せでやらせてもらうわね」
そう言っておくに引っ込んでいった。
そして出て来た料理は…
「だいたい王国風にまとめてみたわね。こちらは帝国風のやつ、少な目よ」
「何じゃ、帝国の料理というのが気になったんじゃがなあ」
「でもみなさん王国から来たんでしょ、全部帝国風にすると後悔するわよ」
「ほう」
なかなか興味深い。
料理の5割が王国の見慣れた料理だ。
3割が見たことのない料理だが…これはこの町独特のものらしい。
そして2割が帝国風。
「じゃあ物は試しで帝国風を食べてみましょう」
「「「「「賛成―――――っ」」」」」
「「「「「ううっ」」」」」
女将さんの言う通り後悔した。
「甘い、甘すぎる」
「ていうか、これ料理なの? お菓子じゃないの?」
「ご飯が甘いってありなの?」
「三食これなの? 帝国って大丈夫?」
「まさか帝国で出る料理が全部これってことないわよね…」
「だったら私帝国行きをやめて帰ります」
かなり甘みがきつい。
王国は塩が味付けの中心だ。日本人に味覚でそう外れない。
卵焼きには塩。砂糖は使わないのが王国風。
なのに帝国のそれは甘い。
こんがりローストされた肉が甘いってなんだ?
肉の上で固まっているの砂糖じゃん。
パンは砂糖たっぷりの揚げパン…いや、これは許せるな。
みんな帝国無視して他のを食べている。
無理もない。
折衷料理も悪くないな。
甘いのではなく甘じょっばいだったりするので許容範囲だ。
そして一通り食べて俺は揚げパンに手を伸ばす。
きっと勇者ちゃんたちがいたらやっぱり手を伸ばすだろう。
「えー、おいしいの?」
懐疑的な声が上がるが。
「あー、デザートとして食べるならあり」
食後の甘いものだよ。
そういえばルトナ達も手を出して。
「うん、食後のデザートと考えれば食べられなくもない」
「うん、結構おいしいかも」
まあ、女性だからね。
ただ元獣王の二人は
「ダメじゃ、口に合わんわ」
「酒がまずくなる」
その割にはカパカパ開けているけどね。
そんな時に。
「きゃーーーっ」
「ごめんなさいごめんなさい、子供のしでかしたことですから」
そんな声が聞こえてきた。
次の瞬間テーブルには誰もいなくなった。




