9-02 国境の町には厄介事もやってくる
9-02 国境の町には厄介事もやってくる
この町はメイカサという名前らしい。
アリオンゼール王国とペイルスヘルム帝国は歴史的な要因から仲が悪いのだがそれでもこの世界、強力な魔物なんかがいて常時戦争なんてできるようなそんなのんきな世界ではない。
仲の悪い国というのもだいたいが冷戦のような状態で、もし何かあってもせいぜいが小競り合い。
しかも今みたいに逢魔時なんかは驚異の方が上回るので『協力しましょう』みたいな空気が生まれたりする。
となれば当然に国交はあるわけで、それがこのメイカサの町。
地形的に両国は二つの大陸が接する場所の両側に位置する国で、しかもその接触部分は南北に延びる境界山脈に隔てられている。
飛行技術がないこの世界では(一部飛行魔法はある)山脈越えは困難で、――まあ、だからろくでもないのが巣食ったりもするのだがーーしかも山脈が終わるとその先は海という構造で、山脈の南端のごく狭い平地が唯一の行き来できるルートだったりする。それがここ。
その町の入り口近くで巨大な移動要塞が蒸気を噴き上げながら停車し、たくさんの人がこれからの作業に追われている。
さすがにここから先移動要塞は使えない。政治的に。
だが物理的には使えないわけではない。
町を踏み潰していけば帝国内に侵入できるわけで、そしてこの町はその性質上、王国の兵と、帝国の兵がともに存在するわけで、王国側は初めて見る噂の移動要塞に感嘆のため息を漏らし、帝国の方はまさかこのまま攻めて来るんじゃないかと戦々恐々としているようだった。
「まあ、長年積み上げてきた不信感ですね」
「はい、ですが帝国が人族至上主義であるかぎり国のありようとして相容れませんし、どうしようもありません」
「基本的に普段は仲が悪く、礼儀正しくお互いを無視し、今のような非常時にだけ強力するというのがこれからも続くのでしょうな…」
サリアが補佐の外交官と難しい話をしている。
とはいってもこれまでに勉強させられた内容なのだ。貴族なんてのは勉強しなくてはならないことが多すぎる。まして王族においておや。隣国との関係の勉強なんてのはやらなきゃならない勉強の最たるものだ。
しかも今は実地で勉強できる。
知識として知っていたとしてもこういう場面でするっと出てくるかというとそれはまた別の話で、良い経験になるだろうなんて補佐の人が話している。
この人はサリアのシンパみたいだな。
あまり王太子との間に波風立ててほしくはないのだけど。
■ ■ ■
その後、町の迎賓館に移動する。
もちろんこういう町なので双方に大使館があり、迎賓館がある。
所有権は半分半分で、境界は明確にしていないらしい。
まあ、それしかないのかな。
サリアは飛び切りのVIPなので迎賓館がフル稼働。
俺も貴族でサリアの婚約者という名目なので当然迎賓館に入る。なかなかウザ…いや、面倒…肩がこる。
ただこういうのが苦手そうなルトナや元獣王の二人は全く気にしていない。
高価な物とか貴重な物とかに興味がないのだ。
多分叩き潰せばただのゴミ程度に思っている。
なのでどんな場所だろうと誰の前だろうと本当にフリーダム。はっきり言うと傍若無人。
まあ、そういうのもいいでしょ。
館に入ったのは昼頃だったがサリアが使う魔動車の準備などあって起動要塞と町を行ったり来たり。
魔動車は王家に渡して王家仕様に改修された格好いいやつを借りてきている。
他にもナガン家が荷物の運搬に使うカーゴ部分も借りてきているので
サリア用魔動車。魔動車とカーゴ。周辺を守る騎馬。この隊列で行くことになる。
人員の数は50名ほどだ。
外交官3名。サリアをはじめとする要人の身の回りの世話をするメイド(戦闘もできるよ)が5名。あとは護衛の騎士たちだ。
さすがにここに来た軍が丸ごとというわけにはいかないらしい。
それらの準備の合間にちょっと一仕事する。
人目につかないように数人の人を連れてそっと起動要塞から物陰に。
もちろん潜入組の準備だ。
「ではお借りしますね」
「はい、お気をつけて、沖に出るまでは精霊の霧で人目につくことはないと思います。あとは大丈夫なんですよね?」
そう、艶さんをリーダーとする潜入組だ。
ミツヨシさんというのは柳生十兵衛みたいな格好をした人で、なかなかかっこいい人なんだが、金髪碧眼なので違和感は半端ない。
なんでも剣豪に憧れがあるアメリカの人で中でも柳生十兵衛が好きなんだとか。
でも、デザインが時代劇なんだよね…いったい誰が教えたんだ?
それとも…
「沖に出るとそこは既に海のドラゴンのテリトリーです。
漁船なども来ませんし、行き来する船も近海しか通りません。
沖に出てしまえば安心して回り込めます。
ドラゴンたちとは意思の疎通ができますから」
俺の物思いは艶さんの言葉で遮られた。
まあ、いいや。
魔動船は空も飛べるのでかなり融通がきくし、操縦は勇者ちゃんたちがばっちり覚えている。それに勇者ちゃんたちは携帯も持っているしね。
物資の輸送はフフルが同行することになっている。
さらにフフルの機動力を考えてフェルトも同行する。
艶さんも戦闘力高いし、ミツヨシ氏もかなりの使い手だ。
あと緊急時のためにスケアクロウマンがついていく。
戦力的にはかなり充実しているといっていいだろう。
クレオに関しては本人も結構悩んだみたい。
こっちについていくと敵をぶった切れる可能性が高いからね。
でも俺の妻の一人という立場で活動するのをどうしても諦められなかったようだ。
なのでサリア側。
まあ、愛されているということで。
つまり俺ってば嫁さん二人連れて婚約者と行動しているリア充になってしまったのだ。
きっと世界中の男どもが『もげろ』とか『爆ぜろ』とか言っているに違いない。
そんな人たちを送り出したあと俺は知らん顔で魔動車の準備に戻り、晩餐前にはそれを終えて部屋に戻った。
この町の執政官とかがいて、やはり一緒に飯を食わないわけにはいかないのだ。
早々に逃げ出して自分の部屋で酒盛りしていた元獣王が本気でうらやましかったぜ。
そんな面倒なイベントを順当にこなしていって、まあ、これが結構大変なんだよ。
だって飯を食うのに2時間もかけるんだよ?
正気か!? と問いたい。
でちょっとへこんだところでさらに爆弾が。
「ああ、明日の午前中に帝国のビジュー公爵家の方がご挨拶に見えられるそうです」
「なんでまた?」
「いえ、今回のご招待はまず、ディア・ナガン卿に対する謝罪ということですので、帝国におつきになれば真っ先に挨拶に来るのは当然のことかと」
あーーーーーーっ、忘れてた。
「それと一緒に帝国の水先案内人も着くことになっておりますので、彼らの先導で帝国を進むことになるかと」
あー、いや、ちょっと待って…
「わたくしたちは魔動車で移動する予定になっています。
あれはかなり早いですよ。
スピードを落として馬のはやがけ程度です。
帝国の案内人の方はなんで来られるのかしら?」
サリアが疑問を呈した。
執政官は話を聞いててどんどん蒼くなっていく。
なんも考えずに予定を組んだな、お前。




