8-19 ベヘモット
8-20 ベヘモット
『んあ?』
みたいな空気が場に流れた。
周囲は屍累々と言ったありさまでなかなかにひどい有様なんだが、その空気が流れて、続いて地響きが周辺に広がり、ごばっといった感じで砂ぼこりが舞い上がるとみんな一斉に…飛び起きた。
ここら辺はさすが。
だがその後…
「いててて」
「頭が割れるように痛い…」
「みずーみずー」
とか言った声が響くのでいろいろ台無しである。
さて、巨大な神獣はと言えば、目をぱちっとさせて、あるいはキラキラさせてじたばたと穴からはい出そうとし、そして体重のせいで崩れる穴に足を取られてジタバタしているといったありさま。
河馬に似ているのだが白い体とか赤い文様とかなかなか見栄えがいい。
それがジタバタするのはちょっとかわいかったりする。
『ばおーーーーーーーーーーーーーーっ』
《あっ、救援要請であります。ちょっと脱出を手伝ってくるであります》
ベヘモットが大声を上げると止める間もなくモース君が大急ぎで出かけていった。
あいつらにはあいつらの付き合いというものがあるのだろう。だがモース君よ君は誰の味方だ?
そして巨大なその神獣がついに地上に姿を現した。
「ちょっとかわいいかも」
「かわいくて強いのは素敵ですね」
「そうだね、かっこよくて強いのもいいよ」
ちらっと俺を見るルトナ。
うんうん、そうだろう。
「あと強くて凶悪なのもいいよ」
ちらっと俺のほうを…こいつ、俺のどこを見ているんだ?
サリアと二人でぼそぼそ話して『きゃー、えっちー』とか話している。
こういうところで下ネタはやめて。
「諸君!」
そんな微妙な空気が漂うその場(俺の所だけだけど)に獣王の声が流れた。
「ついに神獣様がそのお姿を現された。
過去に何度か伝説にあるだけの神獣様に直接まみえる機会を得た。
これは僥倖である。
ゆえに! 我々は何としても神獣様を倒し、その力を獣神様に示さなくてはならない。
ここが我らの花道じゃ。
総員、思いっきり気張ってほしい」
「「「「「「「「うらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」」」」」」
だからこういうノリについていけ…
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
サリア、君ノリノリだね。
「よーし、総員適当にぶっこめやー!」
「「「「「「「おおーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」」」」」」」」
一斉にベヘモットに向かって駆けだしていく獣人の勇士たち。
「ディアちゃんは?」
駆けだそうとして俺が動かないのをみたルトナが振り返った。
「俺は遠慮しておくよ。俺が出ると魔法戦みたいになっちゃうし、それはちょっと違うっしょ。
けが人のサポートとかは任せて楽しんでおいで」
「ありがとう兄さま。行ってきます。わーーーーい」
「「・・・・・・」」
「サリアのこと頼むよ、ルトナ」
「うん、任せて。ほんとあの子もまだまだ子供だから」
ルトナにそんなこと言われたらおしまい、みたいな気がするが、まあ、似た者同士だと思うよ。
さて、そんなわけで50mを超す怪獣に群がる獣人たちは本当に蟻の様で、でもとても元気のいい連中だった。
足に群がってパンチをキックを繰り出し、中には噛みつき攻撃で歯を壊すような奴もいて『はがはが』とか言ったり。
かと思うとシッポに目標を絞って飛びつき、高速で振られたシッポに弾かれて空を飛ぶやつとかもいるし、本当に楽しそう。
ベヘモットも気を使っているのか踏み潰されたような者は存在せず。吹っ飛ばされて怪我したやつらを俺や勇者ちゃんたちが治療してまわり、お祭りは最初からヒートアップしてきた。
中でも元気なのが老獣王二人。
足を出す先に飛び込んでその足を受け止めようとして蹴っ飛ばされて空を飛ぶ剛獣王。
その巨体に駆けあがり『我が爪を受けるのじゃーーーーっ』とか言いつつ攻撃をしては全く効果を与えられずに無意味に背中を疾走しまくる裂獣王とか。
ほんと大人しくしててほしいわ。巻き添えで被害が出るから。
上空から全体を俯瞰して、危ないやつを救助して治療している俺なんだが、サリアが同じように空を飛び出したのを確認した。
さすが神獣ということかやたら防御力が高くて俺が作って上げた結構自信を持っていた剣もあまり役に立たない。
ものを切るということにかけては右に出るものがいないクレオが本気で剣をふるって足にかすり傷をつけられるだけという防御力。
それでも……
「スゲー、神獣様に傷をつけたぞ」
「剣か?」
「いやー、剣だけじゃダメだろ、うでだろ」
そんな感嘆の声を受けているけどベヘモットの傷はすぐにふさがって無くなってしまうのであまり効果的ではない。
当然サリアやルトナの剣もかすり傷をつける程度。
そんななかでサリアが空を飛んだ。
ルトナを抱えて。
ベヘモットの上まで飛んでそこでルトナをパージ。
ルトナは真っ逆さまに降下しながら空中を足でけって加速。虚空瞬動というやつだ。
ベヘモットに近づき、そこでくるりと姿勢を変え、鋭いケリを放つ。
「ああっ! ライ〇ーキックだ」
流歌よそういう危ないことは言わないでくれ。
だがそういいたくなる気持ちもわかる。
これは魔力撃の一種だ。
足に魔力を乗せて鋭いケリを放つ。
その過程で魔力が足先を起点に渦を巻き、鋭いコーン状の力場を発生させるのだ。
そしてそのまま直撃!
『ばおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』
『おお、効いたであります』
うーん、ちょっとベヘモットの頭がぐらついたかな。
前足でけられたあたりをわしゃわしゃしているし。
その余波で周辺の獣人たちが吹っ飛ばされて大変。危なそうなのは俺が飛び回って回収。
当のルトナは自分で虚空をけって離脱して、離れたところでサリアに抱えられたりしている。
しかし初めてまともに攻撃が効いたというので獣人たちはお祭り騒ぎだ。
わっしょいわっしょい掛け声がかかって、それにこたえるようにルトナが二撃目、三撃目を入れる。
確実に効いていた。
いや、ダメージが入るほどのものじゃないんだけど、というかベヘモット丈夫すぎなんだが、ある程度攻撃されたのが分かるという程度には意識したようだ。
俺ははっとした。
「ここだ」
メイヤ様から言われたこと。
『ベヘモットはある程度攻撃が決まると、というか攻撃されたと認識できるぐらいの攻撃があると主の眷属の成長に満足するのよ。
そうなると地上にとどまる必要をなくすからあと一押しすると帰っていくわ』
とかなんとか?
そして最後の一押しが俺が町で買ってきた『お酒』だったりする。
つまりベヘモットの側も地上に出て、眷属の成長を確かめて、満足したらちょっと打ち上げをやって帰っていくと。
どうしようもないなこいつら。
俺は収納から酒樽を取り出す。
30石樽というやつでひとつに5400リットル入るでっかい樽だ。
それをベヘモットの目の前で茶ぷちゃぶふると嬉しそうに目を細めて『ばおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉ』と言いながら大きな口を開く。
そこに思いっ切り樽を放り込むと簡単にぱくっと加えて口を閉じ、次の瞬間樽の木材だけを吐き出すのだ。
催促があるたびにそれを繰り返し、大体20回ぐらいか。
そうしたらゆっくりと立ち上がってよたよたと穴の方に戻っていった。
「ふうー、これでひと騒動終わりだな」
《満足そうでありました》
「うん、23樽しか手に入らなかったから間に合わないかと思ったよ」
危ないところだった。
というか買えるだけ買ってきた昨日の俺グッジョブ。
持っていても仕方がないので残った樽はノンベどもにくれてやろう。
あとは勝手にやれ。
俺は最後にけが人の治療を完遂させたのだが、その間にルトナは獣王になっていた。
あの神獣に効果のある攻撃を繰りだせるのであれば文句なしだそうだ。
気合的にな。
場数はこれからいっぱい踏むようにとのお言葉はあったらしい。
じつにこいつららしいのだ。
他にもルトナの二つ名を決める会議とかとにかく酒を飲む理由が捻出され、酒盛りは五日にわたって続けられたのだった。
おれも飲んだよ。じゃないとやってられないし。
8章はここまでということでありがとうございました。
9章開始まで少しお時間を頂きます。予定では一か月ぐらい。
帝国編ですのでキャラの設定とかちょっとね。
6月6日の再開を目指して頑張ります。
よろしくお願いします。




