8-18 剛獣王
8-18 剛獣王
「うわー、地底怪獣だね」
勇者ちゃんがそう宣ったが、地中から遺跡を崩し、土を捲き上げながら這い出して来る〝それ〟はそうとしか言いようがない存在だった。
怪獣の名前をいろいろ並べる勇者ちゃんたちだが、それはやめてほしい。
懐かしすぎて涙が出る。
というかこの子たち本当に守備範囲広いな。
しかし登場の仕方は懐かしい怪獣の、しかも正統派の登場シーンだが、出てくるのは本当の生き物なのでリアルさが違う。
本物はここまで迫力があるのか…と感慨深い思いがする。
「おお! ベヘモットじゃな」
「ほう、あれがそうか」
ベヘモットらしい。有名どころである。
知らない?
発音違いならバハムートとかベヒーモスとか言うときもあるあれだよ。
ただドラゴンではないな。
一言で言うと河馬みたいな動物だ。
全体的に真っ白で、おでこや足などに赤いラインで文様が描かれていて、鋭い爪とか、頑丈な装甲とかも散見される。
だがデザイン的には河馬だろう。
大きさは50mぐらい?
本当にでかい。
その威容に見惚れていたら…
「ぃぃぃぃぇぇぇぇぇえええええいいい!」
遠くから声が聞こえてきて、その声が近づいてくるとそれが飛んで来るなにかだと分かる。
飛行してくるのではなく飛ばされてきたのだ。
埃を帯のようにたなびかせながら飛んできたそれは、やがてべちゃっと地面に落ちた。
「何じゃ、やっぱりお前か剛獣王」
「やーれやれ参ったわい」
それは剛獣王フェ・コンゴーン老師だったりした。
獣人族が誇る二大迷惑獣王だ。
「何があったんです? 老師」
「おう、ディアじゃないか、久しぶりだな。元気か? 嫁さんは? 連れてきたのか? 見せろ見せろ」
バキッ!
とりあえず近くにあった木材で殴ってみた。
「わはははっ、照れおって」
きいてねえ(二重の意味で)
「この方が剛獣王様ですか?」
「えっと、なんというか、お体お大事に?」
「おう、ありがとうよ。だが俺は頑丈なのだけが取り柄でよ」
みんなが首をひねるのも無理はない。
この爺さん、見た目は枯れ枝みたいにほっそい老人なのだ。
なんかこう、いかにも簡単に折れそうな感じ?
これで防御力第一とか言ってもね。誰も信じないよ。
でもほんとうなのだ。
やったら頑丈なクソジジイだ。
「さて、老師、なにがあったのかお話ししてくれますか? 今のうちに」
穴からはい出そうとしていたベヘモットだが疲れたのか今は半分体を出した状態で眠ってしまっている。
大きさがあれでなかったからなかなかかわいいといえる光景だ。
すでに多くの人が集まってきていて神殿にいた実行委員会の人たちの救出作業が始まっている。
次々と掘り起こされて運ばれてくる人たち。
とりあえず俺は救護所の旗を立ててけが人を待つことにする。
でも話を聞くぐらい治療しながらでもできるからね。
さあ、キリキリ白状しろ。
■ ■ ■
で、話としては何ということはない。
「いやーよ、迷宮を降りていったらすぐそこにでっかいのがいてよ、見ればベヘモットみたいじゃねえか、こりゃ、殺るしかねえって、思うよな?」
思わねえよ。
「うーん、そうじゃな、やっぱり一当てはしてみんとな」
年寄り二人が何か納得しあって頷いている。
「ルトナ、じいちゃんたちはここまで非常識じゃないぞ」
「そうよ、こんなのはこの二人だけよ」
そして家の祖父と祖母は珍しく『自分は常識人だ』アピールをしてくる。
「50歩100歩」
後ろで勇者ちゃんがボソッとつぶやいた。
地球の言葉だがこの世界には多くの地球人が来た過去があるのでこの手の格言じみた言葉は一部残っている。
これも意味は通じる。
「「うっ」」とかうめき声が。
その間も剛獣王のいかに攻撃をしたか、いかに打撃を与えたかという話が続いているが、まあ、よく反応を引き出せたものだと思う。
このベヘモットのサイズでは人間なんてぞうに群がる蟻みたいなものだろう。
明確な反応を引き出せるだけですごいことだ。
さらに。
「さすが神獣だな」
「うむ、獣神様の使いじゃの」
そうなのだ、ベヘモットは獣神様の神獣。ということになっている。
どこかにいる。と言われていたが、過去に目撃証言があるだけで実在が確認されたのはこれが初めてだろう。たぶんだけど。
そもそも神獣などと言われているが、それが本当かどうかわからない。ただの魔獣ではないかという話もあったのだ。
だがあのたたずまいから見るとほんとっぽいな。
そうするとさらに疑問がわいてくる。
そもそも自分たちの神様のお使いが目の前に出て来たとして、一番最初に考えるのが『死るしかねえ』っておかしくないか?
あんたらの信仰はどうなってんのよ。
もしこれがうちの神様《メイヤ様》だったら…笑い転げそうだな。
うん、ありかもしれない。
「まあ、とりあえず今は暢気に寝ているみたいじゃから放置でよかろう」
「そうだな。明日の朝になりゃ目を覚ますかもしれねえ。そうしたら再戦だぜ」
「おう、今度は儂も参加させてもらおう」
「今度こそ息の根止めてやらあ」
いや、だからお前らの信仰心はどういう構造をしているんだ?
ふと見れば神獣の周辺で宴会が始まっているが、参加しているのは年かさの獣人ばかりだ。
若手はさすがに神獣を警戒して遠巻きにしている。
うちのジジイたちは…もちろん宴会に参加している。
そしてなぜか俺もその場にいたりして。
「ディアちゃん。ご飯美味しいね」
「本当ですね。こういった野趣あふれる食事は楽しいです」
「明日、この子と戦うのも楽しみだよ」
「ええ、きっと楽しくなりますよ」
ルトナさん、サリアさん。あまり人の道は踏み外さないでください。
あと、俺がここにいるのはみんなの安全確保のためです。
俺は決して戦いを楽しみになんかしていません。
なんだっけ、こういうの。
そうそう、戦いを嗜むだ。
俺はお仕事で戦っているんですよ。
■ ■ ■
「いやー、参ったなあ、まさか神獣が外に出ちゃうなんて…」
その夜、夢を見た。
メイヤ様の夢だった。
どうやらこいつは本当に神獣であるらしかった。
神に仕える従属神みたいな扱いらしい。
魔獣じゃなくて精霊?
「しかもなんかいい夢見ているみたいなんだよね~。ディアちゃん。何とかしてあげて?」
メイヤ様が神獣を地底に戻す方法を教えてくれた。
ちょっと大変じゃね?
俺は飛び起きて大急ぎで一番近くの町アデルカに向かった。
まあ、大きい街だし、何とかなるだろう。




