8-17 裂獣王
8-17 裂獣王
この遺跡都市は中央にバカでっかい通りがあって、なんとその幅は300mに及ぶ。
入ってすぐのその通りは、通りではなく集まった獣人たちのテントなどが立ち並ぶキャンプ場みたいになっているが、本来は目抜き通りのはず。
そこを一キロほど奥に進むと段差があって数メートル上がり、二段目に。
さらに一キロほど進むとまた数メートル上がる階段があって、そのさらに上の通りを進んでいくと神殿のような大きな建物がある。
これが遺跡の背骨みたいなものだ。
その両脇はというと縦横に道が張り巡らされ、階段がいっぱいで上ったり下りたり。建物の上も階段や通路でほとんど立体迷路と化している。
大昔の居住区だと思われるが、昔の人はよくこんな迷路で暮らせたものだと感心させられる。
「えっほ、えっほ」
「ふぁいと~っ」
そんなところを体力を持て余した獣人たちがランニングをしたり。
「うわはははっ、くらえ我が空中殺法」
「なんの。貴様こそ我が必殺拳の錆にしてくれるわ」
とか言ってバトルを楽しんでいるやつもいる。
「拳に血がついても錆びたりはしないですよ?」
勇者ちゃんが小声で突っ込みを入れて〝ぷーくすくす〟と笑っている。
箸が転がってもおかしい年ごろというやつだな。
俺たちは大通りを避けて階段通りを進む。
「お爺ちゃんたちってこの辺りにいるの?」
「一番奥のほうだと思うぞ」
神殿は実行委員会みたいな連中が使っているから獣王たちは脇のほうの家に居を構えている。
獣王というのはこういう真面目な仕事はしない(できない)やつがほとんどなのだ。
そんなわけで毎年毎年使われるる場所というのはそれなりに手が入っていて結構快適だったりする。
じつを言うとこの遺跡、毎年毎年来るやつらが適当に自分の家を決めて改造とかしているので見た目ほど遺跡ではなかったりするのだ。
文化財の保護とか考えるような連中じゃないわけよ。獣人の人たちってのは。
でそこを進んでいくと。
「まっておったぞ、ディア・ナガン。わーれこそは500羅漢にその人ありと言われた太陽拳の使い手、グライフ・ノバなり、いざ尋常に勝負也!
とう!」
それはおっさんだった。
多分猿っポイ獣人だ。
そのおっさんが高くジャンプすると空できらりと光るものがある。
「ああ、太陽拳」
「禿げ頭?」
いや、本当のことは言わないであげて。かわいそうだから。
俺は素早く着地位置に移動して着地の瞬間横からおっさんにケリを入れる。
「ぐわーーーーーーっ、卑怯なりーーーっ、ディア・ナガンーーーー!!」
着地の瞬間脇腹をけられたおっさんは吹っ飛び、階段をゴロゴロと転げていく。
「あれ強いんですか?」
「まあ、実は強いんだよ。あんなんでも実は18羅漢の候補の一人でさ、ただ無駄にジャンプする癖があってね… それさえなけりゃ18羅漢に入れるんじゃね? ってぐらいのやつだ」
大概ジャンプのはじめと終わりを狙われて負けるのだ。
ジャンプやめろと助言したことがあるのだが、いったい何があいつをそこまでジャンプに拘らせるのか。
「でも、ここっていきなり戦いを挑まれたりするんですか?」
「まあ、そういうのもあるんだけど、大概は合意のうえで楽しいバトルだね。ただ18羅漢は下の500羅漢の挑戦は必ず受けることになっているから仕方がないのさ」
そういう決まりなのだ。
そして500羅漢はさらに下、つまり一般の獣人の挑戦は受けないといけないことになっている。
そうやって上位者に挑んで三つハンコをもらうと昇進できる。
ちなみに18羅漢は順位決定戦があって新しいやつを加えてからの順位決定戦で順位が低いと下に落ちるのだ。
500羅漢の方は500とは言うものの正確な人数は誰も把握していない。と言われている。
俺も大体は顔を覚えているが昇進と脱落がちょこちょこ起きるから把握しきれない。
新人は必ずここに来ることになっているからその都度記憶しているんだけど、急にいなくなったりするからなあ、まるでネット小説みたいに。
「うおぉぉぉぉぉっ、我こそは愛の戦士、ウィグマなり! ディア・ナガンよ、いざ尋常に勝負!」
うむ、いい気合だ。こいつも5年ぐらい500羅漢を続けている結構実力のあるやつ。ここは目上の者として多少は相手をしてやらないと…
「お前を倒してルトナさんはおれのよめじゃーーーーーーーーーっ」
バキ!
「ぶるーいんぱるすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ」
あっ、思いきりぶっ飛ばしてしまった。
一言慰めの言葉を。
「一昨日きやがれボケ!」
本音が漏れた。
「るるるるとなさん。自分とおっ、お付き合いを…浮気で結構ですから…」
「あほかお前は!」
ドカッ!
「自分は挑戦を―――――――――――っ」
「挑戦ってそういう意味じゃねえ!!」
「とりあえず500羅漢は皆殺しにするか」
「落ち着いてディアちゃん。弱いやつをぶっ飛ばしても面白くないわ」
そういう問題だろうか?
「ふはははははっ。ディアもなかなかやるようになったではないか。
今の速攻などなかなかに獣の魂を感じたぞ」
「そうよね、オスの本能よ。自分の女に寄ってくる敵はつぶさないとね」
おお、なるほど、これが獣の魂か!
「ええっと、たぶん違うと思う」
まあ、いいや、とりあえずジジイども登場。
■ ■ ■
「おお、お嬢ちゃんがルトナちゃんか。わたしはナミラ・キューンというんじゃ」
小柄なモップみたいな獣人がルトナに握手を求める。
声は甲高くて男か女かよく分からない。ただ喋り方は爺さんぽい。
「うわー、かわいい」
「もふもふ」
「小人?」
「けうけげん?」
あんまり小さくてしかももこもこしているので若いご婦人方には大人気。順繰り握手などしてもらってきゃいきゃいしている。
知らぬが仏というのはこういうのを言う。
その証拠にルトナは躊躇している。
しかも変な顔、どうにも腑に落ちない。みたいな顔をしている。さすがだ。
「ほう、大したもんじゃな。違和感に気が付いたのか。これは良いセンスをしている。
ふむ、わかった。戦うまでもない。ワシもルトナ嬢ちゃんの実力を認めた。
獣王として承認しよう」
「「「「「「え?」」」」」」
その場にいたみんなが凍った。
爺ちゃんたちはくすくす笑っている。
俺にちらちら視線が来るので俺が紹介役を担うことにした。
「あー、こちら裂獣王さま。お名前はナミラ・キューン・キルール・ゼッタイン様ね」
クレオとサリアが固まった。まあ、勇者ちゃんたちは意味が分からないか。
ルトナはビックりしている。
獣王の中で特に名をとどろかせた二人の長老。
長く獣王の座を守り続ける攻撃、防御の二大獣王の内、攻撃を代表する『我が爪に裂けぬものなし、我が爪は絶対切断』とか宣う怖い人だ。
なのに見た目がぬいぐるみチックなので素知らぬ顔で仲間に入り、正体を明かして相手がびっくりするのを楽しむというなかなかに趣味の悪い獣王でもある。
「いやー、快感快感、正体をばらすときのこの悦楽、こればかりはやめられんわい」
ほんと悪趣味だ。
ただ気さくな年寄りなので若い人たちと気楽に付き合いたい。というのがいつもある人だったりする。
でも名前がばれるとこの通り恐縮されるからね。
素知らぬ顔で仲間に入れてもらうというのは彼なりの親愛の情でもある。
しかも正体をばらす時の快感もついてくるのだから一粒で二度おいしい。ということなのだろう。
ただ今回は勇者ちゃんたちがいるので正体をばらしてもあまり恐縮されずにいる。彼女たちには何のことだかわからないだろう。
泣く子も漏らすという勢いの有名人なんだけど。普通に扱われて、なんかうれしそう。
「今回はルトナのことがあるからよ、もう一人も来てるのさ」
「剛獣王ですか? どちらに…」
ドッカーーーーーン!!
いらっしゃるんですか? と言いかけたらなんか神殿が吹っ飛んだぞ。
あれ、歴史的にかなり貴重なもののはずなんだけどなあ…




