8-14 天翼族の事情
8-14 天翼族の事情
「なんてことしてくれたの! このボケナスが! あれはお父さんの大事な形見でしょうが!!!」
「がっ!」
おおーーーーーっ。村人たちが拍手を送る。
なにに対してかというと帰ってきたホルガーアイセン氏が同じ天翼族の女性に殴られ、見事に宙を舞う様にだ。
俺たちも膨ら円盤を分け合ってかじりながらそれを見物していたりする。
俺たちと村の子供達だな。
さすがに村の大人にまでとは思わないが子供ぐらいはねえ。
「まてて、待つのだ、何を怒っている。確かに金を忘れたのでベルトと交換したのだが代わりにちゃんと膨ら円盤を持ってきたではないか!」
「あほか! あのベルトお父さんが昔、冒険者をやっている時に手に入れたというかなり貴重な品なのよ。あれを売れば膨ら円盤なんか100個だって買えたわよ。ううん、10000個だって行けたはず。
あれはミスリル繊維と金と金剛石で出来ていたのよ!」
「おおー、どうりで古ぼけていると…」
ずびしっ! と音がしてホルガーアイセンはまた宙を飛んだ。
おおーーーーーーーーーっ。
そしてまた村人の感嘆の声。
まあ、持ってきたのが円盤焼き一個で、しかもしっかりと握られていたせいで微妙に手の形に溶けているし、それと高価なベルトの交換では悲しくなるよな。
だが大丈夫なのかあのひじょーに厳しい攻撃は。
「大丈夫ですよ。あの姉弟は昔からああで、ホルガーアイセンも慣れてますから。
本当に昔から馬鹿でそのたびにミスチル姉さんがシバキ倒すんですけど反省しないんですよ」
そう教えてくれたのはクレオのおばに当たる女性だ。
名前はスルスチルさんというらしい。俺たちが競争している間にそれなりに打ち解けたようだ。
ぶっちゃけてしまうと彼らは難民のような存在だった。
しかもクレオの母上、アーチェルさんの親戚筋の人たちだ。
『これはきいた話なんだけど』とクレオが教えてくれたのは天翼族が現在帝国とかなり本格的にもめているという話だった。
この二者は昔から仲が悪く、結構いがみ合ってきた歴史がある。ここら辺は貴族のたしなみとして勉強させられたので知っている。
「へー、そうなんだー」
ルトナは当然覚えていないけどね。
さて、なぜもめているかというとこれは立地の問題がある。
天翼族の暮らす場所というのは帝国の北に広がる山脈地帯で、この山の中に集落を、あちこちにつくって国としているのが天翼族だ。
もちろん人間がうらやましがるような場所ではない。
空が飛べることが前提の生活環境だからだ。
ではなぜ帝国がここにちょっかいを出すかというとこの山脈に多くの資源が眠っているからに他ならない。
金や銀はもちろん宝石類や果てはミスリルまで鉱脈がある。
現在、そういうものは天翼族の財源になっているのだが、帝国としては手に入れたい資源なのだろう。
そんでもって帝国は人族至上主義で人間以外は人じゃねえという国だ。
そして天翼族も自分たち以外を『地べたをはいずる地虫ども』と見下している。
この二者が顔を合わせて穏便に済むはずがないのだ。
それでもここしばらくは膠着気味だった。
軍事力や人口では帝国が圧倒的に大きいのだが、山脈の中で制空権を掌握し、しかも魔法にたけた天翼族はまともにやり合って勝てる相手ではない。
双方、にらみ合いつつ散発的に小競り合いをというのが今までの流れ。
「ところがここ最近帝国の攻撃に変化が見られるようになったのです」
とスルスチルさんは言う。
なんでも長距離狙撃魔法を作り出し、制空権を持っているはずの天翼族を脅かすようになった。
しかも、話ができないような距離であるにもかかわらず、部隊が連動して作戦行動をとる。
ついに天翼族の集落の一つが占拠される結果になった。
「つまりその集落というのが…」
「はい、私たちの集落でした」
つまりクレオの母親の昔住んでいた集落だ。
もちろん空を飛べる連中のこと、ほとんどが逃げだしたのだが、まあ、同じ天翼族とはいえ避難してきた居候では肩身が狭い。
それに負けっぱなしというわけにもいかずに反抗作戦の中核に位置付けられる始末。
「血気盛んな男どもはいいんですけど、子供を戦場に送るわけにはいきませんし、女も向き不向きがあります」
なのでつい小さな子供を持つ母親とか、戦闘に向かない女性とかはさらに避難することになったわけなのだが、前述の通りなかなか大変。
そこで彼女たちが思い出したのがずいぶん前に人間の世界に降りていった親戚のアーチェルさん、つまりクレオママのこと。
「人間社会の中ででも、安心して暮らせる場所が確保できるのであれば、少なくとも子供たちはそうするべきではないか?
という意見が出まして、アーチェルに近しいものだけでとりあえず訪ねてみよう。ということになったんです」
つまりアーチェルの妹であるスルスチル。いとこであるミスチルとミスチルの弟の嫁、その子供。
ちなみにぶっ飛ばされているのホルガーアイセンがその弟だ。
くるくると回転しながら落ちてくるホルガーアイセンにミスチルの高速連撃が『あたたたたっ』といった風情で決まり、ホルガーアイセンが空中でへろへろ~となったとこに鋭い回し蹴りがさく裂。
地面を何回もバウンドして停止した。
ちなみに話の通りなら奥さんであるはずの女性は手を合わせて冥福を祈っていました。
■ ■ ■
「あー、ホルガーアイセン君も当分は再起不能みたいだから、とりあえず俺の完全勝利ということでいいかな?」
「ええ、かまいません。馬鹿に付き合っていただいてありがとうございます」
お姉ちゃんというのは事程左様に弟に容赦がない生き物なのだな。
うち? うちは義理だからな。
あっ、でも容赦なく襲われはしたよな、性的に。
ちらりとルトナを見ると素晴らしい笑顔でにっこり。
うん、まあ、いいか。
「しかし、アーチェルがなくなっていたのは意外でした。
これからどうしたものか…」
「そうですね、普通に移住して村人として暮らすというのであれば、王国は細かいことは言わないと思いますよ」
戸籍とかは村ごとに管理しているからね。国全体の管理をするのはまだちょっと無理のある感じかな。いかんせん手作業だし、国土も広いし。
なので村に誰が住むかなんてのは村長の裁量なのだ。
ちなみに村長というのもちゃんとした役職で、村全体の税金からいくらか俸給もでる。
つまり村を豊かにできる有能な村長はそれなりにえらいのだ。
税金をむしり取る事しかできない村長は長生きできない。うん。
ここの村の村長は…まあ、可もなく不可もなしといったところか。
「ここに移住なさるんなら歓迎いたしますが…」
そういうが天翼族のひとはあまりいい顔はしていない。
まあ、普通の村人だとあまりいい暮らしなんかはできないしね。
「いえ、それは、まあ、どこでもそんなようなものなんです。魔法でいろいろ手を加えれば少しはましになるとも思いますから。
でもできれば魔法関係の仕事があれば…
なければ冒険者でもよいかとも思うんですけど…」
フムフムなるほど。
やはり魔法好き種族なのか。
「うむ、派手な魔法を盛大にぶっばできればなおいい」
復活したホルガーアイセン氏はいろいろダメな人だ。
しかし魔法か…
魔法…
魔法陣の改良。
「ああ、紹介できる仕事があるかも」
とりあえず改良したという魔法陣を持ってこさせた。
使えるようなら使うのさ。
貴族だもん。




