8-09 手当
8-09 手当
「お初にお目にかかります、ディア・ナガン一位爵閣下。某はこの地の代官を仰せつかりましたルシアノ・スフォーク士爵であります」
実直そうな中年の男性にそう挨拶を受けた。
士爵というのは準男爵の下にある準貴族の爵位だ。武官が騎士、文官が公務士と呼ばれ、この〝士〟の一字を取って士爵という。
さすがにこのレベルになると面識はないのだが、クラリス様が派遣したのだまともな人だろう。
《悪臭は全くないでありますな》
今回この城を訪ねたのは俺一人だ。
ルトナは面倒なことは嫌いだし、ぞろぞろ行くのも礼儀にもとる。
なのであのばあちゃんを送っていったのだ。
さて、スフォーク士爵殿は端的に状況を説明してくれた。
まず俺から連絡があってすぐに魔法陣の調査ということで王宮勤めの魔法士が派遣される運びとなり、ここの男爵には協力するように通達が出た。
本来であれば傷を浅くするために王家の命令には従うのが当たり前だと思うのだが、男爵は何をとち狂ったのか魔法陣をフル稼働させて豊穣の砂を作れるだけ作って逐電したらしい。
というのもこの男爵家。この土地を任されて食料生産にいそしむはずの人なのに出来高をごまかして一部を懐に入れていたらしい。
それがばれては一大事と金になりそうな砂を作れるだけ作ってとんずらを図った。
そういう荒稼ぎをしていた人なので収納の魔法鞄などはもっていたようで金目のものもあらかた持ち逃げしている。
送られてきた人は士爵殿も含めて優秀な人が多いようで、この城の地下に隠されていた魔法陣も『大地から無理矢理魔力を吸い上げて結晶化するもの』であると調べがついているらしい。
「というわけで・ルーズ・キルトムのせいでこの辺りは砂漠と化してしまったような次第です。
さすがに砂漠を元に戻す方法は見つからず…」
現在村の人間に対しては配給のような感じで支援が送られているらしい。
ついで地図を見せてくれたのだがこの砂漠化はここの魔法陣を中心にして同心円状に進んでいて、一部は隣の貴族領にまでかかってしまっているところもあるとか。
この辺りは小身の貴族が農地を預かって食料生産をやっているような土地なので巻き添えで一部を砂漠化させられたところはたまったものじゃない。
噴飯ものだ。
「普通なら貴族同士で戦争になるような話ですが、相手がすでにおりませんのでそれもかなわず…」
被害のあったお隣さんとかは一部年貢の免除などで対応しているらしい。
そんな話を聞いた後、地下の魔法陣を見せてもらおうとしたのだが、魔法陣は床ごと切り取って王都に運ばれたということだった。
向こうで詳しく調べているそうだ。
さて、となるとここで出来ることはない。
俺は感謝を伝えてこの場を離れた。
◇・◇・◇・◇
のんびり歩いていっても時間がかかるのでルトナたちの気配まで一気に飛行する。
みんながいるのは村の中だ。
新築の家が多く、そのくせ寂れている。
空き家も多いようだ。人の気配がない。
俺がたどり着いたのはそんな新築の家の一軒。
ここがあのおばあちゃんの家らしい。
「意外だな。あのおばあさんなら家を建てたりはしてないような気がしたんだけど」
「息子さんが建てたんだって」
出てきたルトナが教えてくれた。
そうか、やっぱりお山を守ろうとしていたのはばあちゃんだけで、本当に孤軍奮闘だったんだな。
「その息子たちってのは?」
「お金を持って逃げたみたい。ここにはおばあちゃんしかいないわ」
なんともひどい話だ。
「それで、これからどうするの?」
「勿論少しは状況改善をします。すぐには無理でも数年で状況は戻せるだろう。
そのための復活の呪文だからね」
俺はフラグメントから一本の枝を取り出した。
折れた枝なのにみずみずしく輝いて、小さな木の実などをつけている。
前回来た時に採取した華芽姫の枝だったりする。
■ ■ ■
というわけでもう一度やってきましたか華芽姫の山。
「どうするんですか?」
《復活の時が来たんですか~?》
姿を現した華芽姫の姿にばあちゃんは平伏して拝みだした。
まあ、ご神木だからそれでいいんだけどね。
「そうです。ここに華芽姫を戻します」
挿し木というやつだ。
枝は向こうの力を十分に蓄えているから問題なく根付くだろう。
だがそれだけではうまくいかない。大地に力がないからだ。
それでは蓄えた力を使い切ればまた枯れてしまうだろう。
周辺環境をある程度元に戻せるとは言っても全部は無理。それをやろうとすれば時間をかけないといけない。
だがこれも歪みだ。早急に手当てが必要なのだ。
「なのでこれを先に埋めます」
それは俺のフラグメントの中にあった石だった。
長年、冥界の力にさらされたただの冥界の石。
世界の欠片のまた欠片
もっと言ってしまえばこれも冥界の欠片。本来はこちらにはない石だ。
「これをずっと下の方に埋めます。その上に華芽姫の枝を植えます。
華芽姫はこの石からあの世界の魔力の供給を受けることができ、供給された魔力を自分の力として、植物の生命力として大地に広げていくことができるのです。
たぶん、大丈夫」
そこ、ふあん~とか言わない。
「じゃあまずは穴掘りですか?」
「いや、そう簡単ではない。
ちょっと掘ったぐらいで済むなら苦労はしない。
効率をよくするために力を失っていない層まで穴を掘ってそこに埋めたいのだ」
『ンゴッ』
グリンブルスティとオプションたちが立候補してくれた。
イノシシだから穴掘りは得意だろう。
だけどそんなものでは無理なのだ。
しょんぼりするイノシシをわしゃわしゃなでるルトナ。
テンション上がってすでに立ち直っているな。
《しかし、ではどうするのですか~》
「そこはモース君の出番なのです」
「「「えええーーーーっ」」」
みんなの声がそろった。
《失礼なのであります。吾輩には不可能はないのであります》
それは大言だと思うが、まあ、今回はモース君頼りだ。
といっても複合技だけどね。
俺は左腕を一部切り離し、変形させる。
完全に切り離すのではなくワイヤーでつないでおくのだ。こうすれば距離があっても制御できる。
そしてそれをモース君に持たせて操縦してもらうのだ。
結果完成したのは。
「ドリルアーム」
「ドリル象さん」
「ぱおーん」
左腕に大きなドリルを装着した直立歩行三頭身象さんだった。
装備もタキシードから白を基調にした装甲スーツに代わっている。
どこかで見たようなデザイン。
「分離合体する?」
「いや、無理だろ…いや、でも精霊だからやってやれないことは…」
《無理であります。できないであります》
まあね意志が一つだからな。
「さてと」
俺はモース君の足をつかんでさかさまにしてからドリルを回転させる。
《うおおおおおおおっすごいパワーであります。揺れるでありりりりります》
できるだけまっすぐ下に行ってね。
「りりーす」
ぱっと放す。地面にどすっと刺さってそのままギュオオオオオオンと潜っていった。
これで大地の力がまだ生きている所についたら連絡が…
「あれ? そんなこと言いましたっけ?」
「・・・・・・たっ、たぶん大丈夫だよ、うん」
「もーすくーん、連絡待ってるよー」
「こういう時は『お手紙ちょーだーい』だと思う
いや、無理だろ。




