8-08 惨状
8-08 惨状
準備ができたので出発だ。
この魔動船の名義はサリアなので、一応表向きは借りているということになる。
ただ王家の紋章とかは外してある。当然だ。
で形の上でサリアの魔導車がないのはバランス的に良くないので、今回ネ〇バスではなく多脚歩行魔動車もサリアの持ち物として登録した。
他を探せばもっと普通のやつがあると思うんだが、サリアはあれがお気に入りなのだ。なんか運転席に座ると笑わずにいられないような面白さがあるんだって。
いいけどね。
そんなわけで今俺の工房にはあれが置いてある。
夜あれで徘徊などしないことを切に願う。
とはいえあまり心配はしていない。
なぜなら毎日二、三回は電話がかかるから。
ほら、あれだよ、携帯とかスマホとか買ってもらったばかりの子供が使い倒すやつ。
楽しくて仕方ないのだろう。
なので向こうの状況は大体把握できている。
それに抑止力もある。
電話をかけまくっているのはマチルダさんも同じみたいで、彼女は俺たちの所とサリアの所にもかけているようだ。
「なんでマチルダおばさまにも渡したんですか~」
とか恨み節も聞こえてくるのだ。
でもまあ、仕方がないんだよ、あきらめな。
さて、今回の移動コースはアウシールに来るときに使ったルートを逆にたどる形になる。
クレオが住んでいた村は把握できているのでいきなり飛んで行ってもいいのだが、気になる場所もあるのでね。
あの豊穣の砂という名前で大地の力を吸い出していた男爵領。キルトム男爵領のことだ。
あの豊穣の砂は現在使用禁止になっている。
あの後すぐにクラリス様に報告を入れて危険性を知らせておいたのだ。
アリオンゼール王国の王都は『大地の上級精霊』を奉っているので、彼の神から助言があったとか言い訳が付けやすかったので王家の判断であれの製造は禁止。ということにしてもらったのだ。
というか魔法陣で作るとか怪しすぎる。
もし破った場合は増収分に倍する税金が課税されるらしい。
儲けが全くないとなればやりたがるものも少なくなる。
対応が速かったせいか、今のところ不穏な情報は入っていない。
ただ大本の男爵領は寂れていた。
かなりさびれていた。
それに男爵領に隣接する土地もかなり荒れてきていた。
「ここって、華芽姫様を保護したところですよね。
そういえば、あの後ってどうなったんですか?」
おっ、クレオも覚えていたな。
「あれは王都のクラリス様に報告しておいたよ。ああ、国王陛下ね」
クレオはあったことはないんだよね。話を聞いてギョッとしていた。サリアとは仲がいいし、あいつは王女なんだけどね。イメージが繋がらないらしい。
少し魔動船を進ませると年寄りが作物のない畑でたたずんでいた。
なんか見覚えがあるな。
「おじいさんどうしましたか?」
くるりと振り向いた爺さんは、かつてここで高笑いをしていた老人だった。
さすが俺のことは覚えていないらしい。
でも…
「おお、そっちの別嬪さんは見覚えがあるぞい。いつぞや、訪ねてきた人たちじゃな…あの頃はよかった…」
そう言うと老人は目の前の砂山に目を移した。
そう、砂山だ。
荒れ地を通り越して、砂漠化している。
草一本生えない砂の大地。
畑だけじゃない、あぜ道も半ば形を失って砂漠に飲み込まれそうだ。
《ああー…大地の生命力が…ほとんどなくなっているですの…》
華芽姫ががっくりと手をついた。
今は見えなくなっているが俺には関係ないからね。
魔動船から降りてきた他のメンバーもかなり唖然としてる。
「ここって穀倉地帯ですよね」
「うそ? これで?」
「確かにここまでは畑とか多かった」
そう、広大な穀倉地帯の真ん中に荒れ地が出現したような感じだ。
「いつだったかのう…そうじゃ、お山のご神木が枯れたころからじゃった。豊穣の砂が取れなくなったと、ご領主さまが言ったんじゃ…
それと前後して畑にあった野菜がどんどんしなびていって、畑もどんなに水を撒いても乾いていくばかりで…
あっという間に何もなくなってしまった…」
高笑いしていた老人は今は見る影もない。
あの魔法陣は華芽姫の力を吸い取っていたようなものだから華芽姫がいなくなったら途端に周辺の大地の生命力を根こそぎにして砂漠にしてしまったのだろう。
その時には手おくれだったのか、あるいは男爵が指示を無視したのか。
俺たちは老人をそこに残して村に進む。
魔動車は目立ちすぎるから収納から出した馬車だ。
引いているのはグリンブルスティ。
巨大なイノシシの魔物だがおとなしく馬車を引いているとなぜか役に立つ家畜に見えるから不思議だ。
村に入っていくと新しいきれいな家が目立つ。
新築ラッシュで作っていたやつだろう。
だがその周りには緑がほとんどなく、作りかけて放置された家もある。
「ひどいものね…」
「いびつなやり方で無理矢理利益を上げようとした報い」
「なんでか地球を思い出しますね…」
みんなそれぞれに感慨があるようだ。
俺たちは村を抜け、ご神木のお山に向かう。
ほぼはげ山だ。
これでは雨なんか降ったときの水害等も心配しないといけないだろう。
山に登ると朽ち果てた華芽姫のかつての依り代が、そうであった大木が山の中腹に残っている。
だがもう完全な枯れ木。
「こんな木が朽ち果てるなんて…」
華芽姫が根っこの下半身を動かして木にとりつく。
《かつて私であったものよ…》
彼女がさめざめさ泣き出すとパラパラと雨が降ってきた。
「やれ、やれ、雨が降ってきてしまったわい…なんじゃ、ここは入らずの域さなっとる場所だ、人が入り込んでいい場所ではないぞ…
といいたいところじゃが…もうただのはげ山じゃ。
神様も去ってしまわれた…
ここが神域だったのは遠い昔のことじゃ…」
おお、このばあちゃんは、前回来た時にこの山の入り口で見張りをしていたばあちゃんじゃないか。
無事だったようだ。
ただ俺たちのことは覚えていなかった。
雨が降っているのでルトナたちが木陰に誘導し、勇者ちゃんたちが温かいお茶など出して休憩を始めた。
その光景に落ち着いたのか華芽姫も気を持ち直したようで、そうなると雨も上がる。
「通り雨だったみたいですね」
「よいお湿り」
「本とね、少しでも畑に元気が戻ればいいのに…」
「何があったか話してほしい」
女性陣がおばあちゃんをいたわりながら話をつなげていく。
おばあちゃんの話によると俺が危険性を通報した後すぐに役人がここを押さえに来たらしい。
ただ事前にキルトム男爵には話が合ったようで、男爵は魔法陣を破壊される前にできるだけ豊穣の砂を作ろうとしたらしく一気に、それこそみんなが見ている前であれよあれよという間に畑まで砂漠化が進んだようだ。
それ以降はまともな作物は育たず土がひたすら乾いていくだけになってしまった。
役人が来た時には男爵は豊穣の砂をもって逃走。男爵の家族も行方が分からないようだ。
「神様をないがしろにして浮かれておったから罰が当たったんだわ」
自業自得という意味では正しい見解だ。
その持ち逃げされた砂があればここの土地の活性化に使えたんだが、ないものは仕方ないな。
現在男爵の城は役人がいて調査をしているらしい。
これはあとで行ってみないとだね。
あとここを放置もできないか…
《何とかなりますか~?》
『まあ、何とか方法を考えてみよう。やり様はあると思うよ。魔力はそれこそ溢れるほどあるから。ただクラリス様たちとすり合わせは必要だよね』
俺はおばあちゃんを囲んで楽しそうに話をする娘さんたちを見ながらどうすればいいのか考えていた。




