8-02 冥王神殿
8-02 冥王神殿
「司祭様――――っ」
「おのれ妖怪」
「司祭様を放せー」
なんか大騒ぎだな。
俺たちは慌てることもなく教会の礼拝堂にやってきた。子供達もテテニスもいるが精霊たちもいる。
特に天寿の枝で小物を作ったここは華芽姫のテリトリーだ。
おまけにここはメイヤ様の神域だ。
もはやここで悪さをできるような力を持つものは早々いない。
そして案の定。司祭と呼ばれた太っちょが木の根にからめとられて宙づりになっていて、男と思しき三人が大慌てで取りすがってる場面だった。
俺はその様子を観察する。
デブ司祭は木の根に締め上げられてひーひー言っているし、おまけは短剣を抜いて木の根を切ろうとしている。まあ、まったく歯が立ってないけどね。
おまけに華芽姫の操る天樹の根っこを化け物扱い。
こいつら本当に神官か?
《ただのぶたなのですー、テテニスに詰め寄ったのーー。うちの子が危険で危ないのー》
まあ、豚というのは同意見だな。
アブラギッシュだ。
「でもまあ、このままじゃ話もできないから放してやってくれ」
《はーいー》
デブに巻き付いていた木の根が逆回しのように床に帰っていき、床自体もあっという間に整備された石のようにきれいになった。
さすが土属性。
「ひー、これはいったい何なのだね。ここは妖怪の住処か!」
妖怪なんて言葉があったんだ。ちょっとびっくり。面白い。
俺がちょっとにやにやしていたせいかもしれないが馬鹿にされたとでも思ったんだろう。おつきの神官たちが騒ぎ出した。
無礼だ礼儀知らずだと騒いでいる。
無視だ。
「あなたには前回もあったね。何度も言うがここは個人所有の土地で君たちが返せの何のといえる場所ではないと、教えたはずだが?」
「うむ、ちゃんと調べた」
デブ神官が鷹揚にそう答えた。ちょっと挙動不審なのは先ほどの根っこを警戒しているのだろう。
「ここはもともと冥王神殿のあった土地だ。そして今もって冥王神殿がある。ならばここを神殿に返すのが道理だと思わないかね?」
ふんすと鼻息が荒いが…
「まったく思わない」
デブ神官の顎がカクーンと落ちた。拒否されるとか思いもしなかったんだろうな。
確かにこの場所は冥王神殿があった場所。実はこの町はメイヤ様を守護神にしていて、ここがその発祥の地。つまりここがパイオニアなのだ。
町が大きくなるにつれて中心が移動。この辺りは古い下町みたいな扱いになったのだ。
その時に神殿は町の一等地に大きな敷地を確保して移転。
聖地が移動するわけではないので実にバカな選択を、当時の責任者はしたものだが、町自体がメイヤ様の加護を受けているので神殿の運営には大きな影響はなかっただろう。
だがここにきて状況が少し変わってきた。
もともとゲルト神官とその後を引き継いだテテニスの地道な努力でここが聖地として保たれてきたのだけど、それでも万全とはいかなかった。
向こうの力を呼び込むにはこちらからの働きかけが必要なのだ。
つまり信仰がなければ神の力は届かないのだ。
神殿もボロボロだったから他に来る人もない。
だが神殿が修復されるとちらほらと人がやってくるようになった。
最初は昔を懐かしんだ老人とか、ゲルト神官の友人だという人とかだ。
そして彼らは驚いたことだろう。
ここほど神殿の名にふさわしい神殿はそうはない。
清澄な雰囲気、清浄な空気、温かい気配。
それは誰もが魂に記憶している生まれる前の安らぎの世界だ。
やってきた人は自然と跪き祈りを捧げたくなる。
そしてのんびりとこの空気に浸っていくようになる。
テテニスにも仕事があるので放置だが、獄卒たちも姿を消して見守っているのでトラブルもあり様がない。
そしてこの空気の中に身を置いていると自然と体調がよくなったり、回復力が上がったりした。
そう、この世界の力こそが俺のヒールの原点なのだ。
なんてね。
でまあ、最近ここが評判になって、この下町で暮らす人たちの信仰心がうなぎのぼりで、それがどこかで冥王神殿の神官たちの耳に入ったんだろう。
で、恥知らずにも返せとやってくる。
恥知らずにはここの空気も効果がないらしい。腐り始めているし。
「前回も行ったがここは法的にそちらが放棄した場所だ。
その後ゲルト神官が個人所有として町の人々のよりどころとして守ってきた。
それをテテニス嬢が受け継いで、同じように守り、子供たちを育ててきた。
あなた方にはここに関して主張するべき何の権利もない。
それどころか神から賜った地を放棄しておいてどの面下げてそんなことを言うのだ。
恥を知るべきではないか?」
「ふっ、ふざけるな。貴様ごとき一般人が神を語るな!」
いや、俺ってば末席だけど一応神様カテゴリーなんだけどな。
「そうだ無礼にもほどがあるぞ」
「私たちは冥王神殿の神官なんだぞ、冥王メイヤ様の名代だ」
「死後の安寧が私たちの胸先三寸だということが分からんのか!」
プツン、と何かが切れた。ような気がした。
メイヤ様の聖地を放り出しておいて、この町がメイヤ様の加護を失わなかったのはゲルト神官のおかげだというのにようもそこまで大言がはけるな。
周辺で姿を隠している獄卒たちの気配が大きく膨らんでいる。
こいつらはメイヤ様の幻獣だからな。さぞかし腹が立ったことだろう。
と思ったらメイヤ様も怒っているな。
神官たちはそんなことに気づきもせずに好き勝手なことをまくしたてる。
「この神殿にはメイヤ様の聖印が飾られているではないか。
であればここはメイヤ様の神殿、冥王教団が管理するべき地だ。
法的なことなど問題ではない。
その娘がここを返還すればそれでいいのだ。
無礼ものめ」
「いいや、メイヤ様の聖印が掲げられた土地はメイヤ様にささげられた土地、神殿はその管理を任されただけの組織、何を思いあがっているのか」
大して大声を出したというわけではないのだが俺の言葉に神殿が震えた。
さらにメイヤ様の聖印が鳴動し、神殿が群青の神々しい光に満たされる。
ここはもう居ながらに冥府。
じつに心地よい。
「何だこのまがまがしい気配は!」
「おのれ化け物」
神官の一人が懐剣を抜いた。
でも抜いただけだ。
次の瞬間その懐剣は美しい槍の一撃で宙を舞っていた。
恐ろしいまでの圧力の中で神官が油が切れたような動きでギギギと横を向く。
そこにいたのはクリスタルの髑髏。
「ひあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「スケルトン」
「たっ、たすけ!」
突っ込みどころ満載だなお前ら。
アンデットと聖獣の区別もつかんのか?
よしんばスケルトンだとしてもそもそもそういうものと戦うのが神官の仕事だろうが。
神官四人はいつの間にか顕現した獄卒たちにぼっこぼこにされてたたき出された。
先日の迷宮騒動でほじゃいていた神官は『変わったやつ』だったけど、ちゃんと神官してたよな…
何でこの町の神官はここまで質が落ちたんだ?
神殿からたたき出され、這う這うの体で逃げていく神官たちを嘆息とともに見送りながら、ちょっと荒療治が必要か? と考える俺がいた。




