7-25 決戦準備
前回は失礼しました。再開です。
7-25 決戦準備
■ ■ ■sideルトナ
「こらー、一旦停止!」
わたしはモース君に走り寄って上で踊っているライラさんに声をかけた。
「もう、せっかくノッてたのに~」
「おばあちゃん!」
わたしは普段絶対に使わないおばあちゃん呼びをする。私が本気で怒ってるんだよという意志表示。
ライラさんはバツが悪そうな顔で舌を出した。
うちのおばあちゃんはかわいいわね。私もこんなおばあちゃんになれればいいと思う。
とりあえずモース君に埋まっていたみんなを救出…じゃないな。取り出して。話を聞く。
そしたら邪神が出たって?
その状況でなんでノリノリで踊れるんだろう? だから破獣王なんだろうけどさ。
とりあえずそうなれば今後の打ち合わせはしっかりしないといけない。説明役に勇者ちゃん二人を戦車に乗せてサリアの所に向かう。
残りのメンバーは…あっ、はい、暴れるんですね。
ほどほどにお願いします。
■ ■ ■
勇者ちゃん達二人は的確に迷宮での出来事を説明してくれた。ディアちゃんが残りの冒険者の回収に残ったことも。
抜け駆けではなかったみたい。
よし。
だが周りはお通夜みたいだ。
「邪神…なんてことですか…」
マイケルさんが頭を抱えた。邪神というのは迷宮の氾濫よりも確率が少なくてそしてとても面倒なものなのよ。頭を抱えたくなる気持ちは分かる。
「よーし、全軍に戦闘準備をさせるぞー」
ナイアス将軍はやる気満々で腕まくりをしてさらに腕をぐるぐる回している。
邪神相手にやる気を出せる人って珍しい。
いや、他にもいたか。
わたしの耳におばあちゃんの高笑いが聞こえた気がしたわ。
「将軍閣下、何を言っているんですか。相手は邪神ですよ! 撤退しないと全滅してしまいます」
「あほ抜かせ、撤退などできるか。ここには臣民がいるのだぞ。
撤退となるにしてもまず市民の避難が終わってからだ。
それまで何としても時間を稼がねばならん」
「あー、邪神が出てきませんようにー」
マイケルさんが天を仰いだ。
こんな性格だから常に被害者になっちゃうのよね。
「冒険者ギルドの方々には市民の避難誘導をお願いします。行政府に避難マニュアルがあるはずです。
まだ邪神が出てくると決まったわけではありませんが、すぐに避難できる体制は作らなければなりません」
冒険者ギルドの偉い人に指示を出したのはサリアだ。
毅然としていていい顔をしているわ。
ギルドマスターが一歩進み出る。
「殿下、防衛戦があるのであれば我々も参加させてもらいたい」
「それはいけません。民を守るのは国の役目。そして冒険者の皆さんも臣民であることに変わりはないのです」
「ですがここは俺…自分たちの町です。自分たちもここで生まれ育ったのです。町を放棄するのはあまりにも忍びない。
過去に邪神の討伐に成功した例もあるはずです。
幸いこの町には神官が多い。彼らの助けがあれば…」
迷宮のあるところに神官あり。
ここに迷宮が口を開けてから神官の人たちも集まってきていたらしい。
そして神官の回復魔法は普通の魔法使いのそれと違って邪神のような存在のダメージになる。
神官が多ければ勝率は上がるはずだわ。
「ええ、この町の各神殿にはすでに協力要請を出しています。直に集まってくれるでしょう。
陣形を組み、騎士団で削って神官たちで浄化。
これがセオリーですね」
これは昔お爺ちゃんたちが使った作戦だ。
というか他にやりようもない。
「ほかにも移動要塞を使いましょう。
あれの火力はなかなか高い。
集中砲火を浴びせればそれなりにダメージが与えられるはずです」
おおー、みんなやる気になっているなあ…
邪神と言えば伝説の魔物。
過去に出現したことは少ないけど、どれも大変な被害を出しているのよね。
この戦いだって大きな被害が出ることは間違いない。
出てくるかどうか、と言っているけど、魔物と違って邪神は間違いなく出てくるでしょう。
これは私も気合を入れないと…
でもどうせ戦うならディアちゃんと一緒がいいな。
早く帰ってこないかな…
サイレンが鳴り、冒険者たちが後退する。騎士団も後退して隊列を組みなおしている。
一部がさらに後ろに行ったのは移動要塞を動かすためね。
迷宮から湧いて出ていたカニたちもいつの間にか全くいなくなった。
あわただしく準備が進み、喧騒がすごいはずなのに妙な静けさを感じる。
「ルトナ、ここにいたか」
「お爺ちゃん? どうかしたの?」
話しかけてきたのはお爺ちゃんとライラさんだ。
「あなたの配置の話ですよ。ルトナは後方にいてくださいね」
「え?」
青天のへきれきというのはこういうことを言うのかな?
まさか後方に回されるとは思わなかったわ。
愕然とする私にライラさんがにっこり笑う。
「戦いたいのは分かりますけど、戦わせるわけにはいかないのよ」
「なんでです?」
「だったあなたはまだ子供を産んでいないから」
うっ。
「女と生まれたからには何を置いても子供を産むことを考えないといけないわ。女が子供を産んでくれるから男というのは勇敢に戦えるんですよ」
「まあ、そういうこったな。修業で戦うのはいいがよ、本当に命を懸ける戦いってのは、女は参加するべきじゃねえのさ」
「それならおばあちゃんだって…」
「あら、私はいいのよ。私は女じゃなくて母だから。男が女のために戦うように、女は子供のために戦うの。
無様に逃げるのも女の闘い。
それは女にしか許されない戦いだから」
「それにサリアを守らにゃならんだろ。お前の戦車ならサリアを乗せて撤退するのも問題なくできるだろう。
あれでも王女だしよ、それにお前よりも若い俺たちの弟子だ」
いろいろな言葉が駆け巡る。
戦いたい。と思う。
でもたぶん何を言っても許可はもらえないんだ。
それに魔動船に避難させているチビたちのこともあった。
わたしはあの子たちの保護者だ。
は~~~っ
「こういうのが女の戦い方?」
「ルトナ、戦いって言うのは守るためにやるのよ。守るべきものを守るためにどう戦うのが必要なのか、そういうことよ」
「そんでサリアよ」
いつの間にかそばに来ていたサリアにお爺ちゃんが語り掛ける。
サリアも戦いたい。と顔に書いてある。
でもサリアはそんなことは言わない。
この子は王女として立派に生きているから。
「この戦いはお前にとってつらいものになると思うぜ。
自分で突っ込んでくたばるってのは気楽なもんだし苦にもならねえ、でもお前は配下の兵士たちに『死ね』と命令しなくちゃならねえ。
おまけに自分自身は死ぬことが許されないときた。
これほどきつい戦いはそうはないさ。
でも…」
「はい、わかってます。状況を見極めて、必要ならルトナ姉さまとともに撤退します」
後ろに控えていた将軍がうんうんとうなずいている。
まあ、さすがに将軍になるだけはあるということね。
それからじりじりとした時間が流れた。
少し猶予があったことで魔動船には火を入れられたし、機動要塞も配置についている。
良いタイミングだった。
そして…
ズズズズズズズズズズズズズズズズッ!
不気味な地響きが足元から這い上がってきた。
轟音を立てて迷宮の入り口が吹き飛んだ。
そしてそこから不定形の何か、とても大きいものがせりあがってきた。
うん、見ただけでわかる、ものすごい悍ましさだ。
「あれが邪神…」
誰かがぽつりとつぶやいた。
そうあれが邪神なんだ。




