7-15 迷宮の対処と帰還の可能性
7-15 迷宮の対処と帰還の可能性
「ふーむ、そりゃ困った」
モース君の報告を受けて俺はそんなことを言った。
モース君には先行して迷宮の調査をしてもらっていたのだが、どうもあの迷宮はよろしくないらしい。
『邪壊思念が強いような気がするであります』
「うん、でもおかしいよな…ますます作為的だ」
迷宮というのは高濃度の魔力だまりなので魔力がよどみやすい。
そこに人の欲望だの悪意だの恨みつらみだのが加わると邪壊思念に代わりやすいのだ。
邪壊思念が強くなると人の魂の循環が正しく行われなくなり、それがまた邪壊思念を増幅させる。それはいずれ…
でもそれは本当に何十年、何百年という時間で起こることで、出来たばかりの迷宮に邪壊思念がたまるというのは普通はあり得ない。
つまりこの迷宮は普通ではないということだ。
とりあえず封鎖したのは正解だった。
だけどそこに入り込むやつらがいたと。
「まあ、冒険者だからなあ…」
下っ端は無理をしない、無理をする奴はすぐに死んでしまう。
一流は無理をしない、無理をしなくても十分にやっていける。
無理をするのは半端なやつらだ。
数名の冒険者が門番を買収して潜入し、そして死んだらしい。
モース君は見た。
見たら助けろとかはない。精霊は人間の生き死にをほとんど気にしない。
でなかったら津波とか台風とか火山の噴火とかやってられないって。
寧ろ大自然の猛威で人が死ぬのはいいことだ。
人間の側からするとたまったもんじゃないのだけど、自然は人間の生き死にも含めてぐるぐる回っている。
だからその循環を妨げる邪壊思念は解消されないといけないし、その元は排除されないといけない。
まあ、俺も精霊側だからあまり気にならない。
周りのやつらには気を使うけど、それはどの精霊も同じだ。
自分が気に入ったやつには助力するし守りもする。
そういう存在なのだよ、精霊は。
だから入り込んだ冒険者なんかはっきり言ってどうでもいいというスタンスなんだけど、冥属性の俺としては別の意味で困る。
死んだ人はちゃんとあの世に行ってほしいのよ。マジで。
フォローは必要かね。
『でありますな。見つけしだいあの世送りであります』
そゆこと。
■ ■ ■
「やっほー、久しぶりー元気だったー」
「久しぶりって、いつも見てるんじゃないですか?」
メイヤ様である。
「ふっふっふっ、よく見破ったわね。というわけでご注文の品です」
そう言うとメイヤ様は俺に一枚の石板を渡した。
そこに描かれているのはゲート魔法陣である。
この世とあの世をつなぐゲートね。
「これをあの迷宮のどこかに設置すればあそこで死んだ人をあの世に送ることができるでしょう~後分かっていると思うけど…」
「はい、邪壊思念のもとをどうにかしてからということですよね」
「そうそう、そうでないと意味がないから」
俺は迷宮を残す方向で考えている。
なんといっても迷宮が大きくなりすぎてしまったからだ。しかも短期間に。
一度に大きな歪みができてしまったために今あの迷宮をなしにすると穀倉地帯一帯がどんな影響を受けるかかなり怪しい。とりあえずもろもろ安定するまでは迷宮を残すほかない。というね。
「まあ許容範囲よ。普通の迷宮になれば影響は下がるから」
そう、普通の迷宮になれば。という前提でだ。
あそこに邪壊思念が集まっていることは分かっている。臭いでね。
そして迷宮というのはそういったものが自然に散らないので邪妖精が出やすいのだ。
なので冒険者の人たちには魔物をいっぱい狩ってほしいわけさ。
「で、やっぱりあの迷宮って人為的なものですか?」
「うーん、そうねえ…あれたちにも困ったものなんだけどねえ…」
あれたちというのは何だっけ、そうそう、世界再生委員会。とかいう連中だ。
こいつらをどうにかすると世界の安定性が安心レベルに下がりそうな気がするんだけど、こいつらとにかく邪気まみれ、邪念まみれで冥界からは観測がしづらい。
「そうなのよね~、上から見てても深い霧の中みたいでよく見えないし、よく聞こえないの」
「神様だって万能じゃないですからね」
神様はそりゃできることが多いよ。すごい。
でもなんでもかんでも神様がやるなら人間なんか存在させる意味なんてない。
人間にしかできないことがあるからこそ、人間が存在する余地があるのだ。
「だからディアちゃんに頼ることになるんだけどね」
俺は神様の側についていて、しかし人間でもあるのであちらでかなり思い通りに動けるというのがある。これが俺の利点だな。
例えば人間を殺して直接魂をあの世に送り込むとか、例えば獄卒を召喚して仕事をさせられるとか。
こういうのは俺が中途半端でいるおかげといえる。
多分今生限りだ。
だが、当然俺にもできない仕事がある。
んでそれのことだが…
「大丈夫。うまくいきました」
「えっ、本当ですか?」
「本当です。接続は問題なしって思ってたんだ。昔から私の所に来てた娘だし、いろいろなものを神様に捧げていたしね。奉納?」
「あれ? そんなことしてたんですか?」
「いやいや、やらせたのはディアちゃんでしょ」
??
「血とか捧げてたし」
??? あれ? 本当に心当たりがないぞ。
「今でこそないけどね。昔は神社に奉納でHとかあったのよ。神前セックス?」
あっ、やってました。
というか他にできる場所がなかったのですよ。はい。
すると〝血〟ってのはあの時の血か…
「うんうん、若いってすごいよね」
「あはははーっ。所詮人間なんて猿に毛が生えたようなものですよ」
「というわけで凰華ちゃんに神託を届けることができました。
最初信じてもらえるか心配だったんだけど、思い出の映像とか見せたら信じてくれたわ~」
ぎゃー、なんてものを!
「こういうのなんて言うんだっけ? リベンジポルノ」
違う。断じて違う。
うううっ、なんてこった…
「まあまあ、おかげで流歌ちゃんたちが地球に帰れる可能性が出てきたんだから」
そうなのだ。そういう話なのだ。
つまりこちらから向こうに送り込もうとした場合、目標が広すぎてどこに送れるのかわからなくなってしまう。
海の底、空の上ぐらいの誤差は普通に出る。
下手したらそのまま隣の世界とか、世界のハザマとかそういうこともある。
そこで発想の転換だ。
こちらから送り込めないなら向こうから引っ張ればいい。
釣りだよ釣り、釣った魚を元のポイントに戻すのは不可能だ。だが逆に自分手元に引っ張り上げるのは簡単だ。ということで、凰華に流歌を召喚させればいいじゃない作戦を考えたのだ。
「親子で血のつながりがあるからね。縁も結びやすいし、つながればそれを引っ張ることもできるでしょう。問題は魔力か?
でもこれも神社の中に魔法陣を作ってくれれば少しずつでも魔力を溜められるからね」
「どのぐらいかかりそうです?」
「そうね、あの神域の力をためて…5年?」
ふう、結構かかるな、だが帰れないよりも返れる方がいいだろう。
「だけど五年というのは人間には長い時間だよ。
五年後、彼女たちが帰るのを良しとするかどうか…
折を見て聞いてみて」
五年あればひょっとしたら伴侶を見つけているかもしれない。
魔法になれて魔法なしの生活なんてできない。と思うようになるかもしれない。
しかもさらに問題がある。
この方法で引っ張れるのは流歌だけだということなのだ。
翔子君が返るには一度流歌が向こうに帰って、その流歌が翔子君を召喚しないといけない。
流歌が帰りたくない、翔子君が返りたい。となったときが一番厄介だ。
どうやって説明するか…
「まあ、それよりも迷宮何とかして」
「あっ、はい、そっすね」




