7-14 存在変異
7-14 存在変異
迷宮が氾濫した。そして迷宮から溢れた魔物が町になだれ込んで町は大騒ぎに…ということにはならなかった。
迷宮が氾濫した。という知らせはすぐにギルドにもたらされ、行政府経由で俺たちのキャンプにも知らせが来た。
すわ一大事と俺たちも動いたのだが魔物が迷宮から出てくることはなかったのだ。
それでもみんな警戒は緩めず、その日、日が暮れ、翌朝の太陽が昇るまでは厳戒態勢だった。
日が昇り、周囲が十分に明るくなってからやっと集まった人々は『どうやら大丈夫そうだ』と肩の力を抜いたものだ。
それでも気を抜くことができない人たちがいる。
それがえらい人。
すぐにギルドが迷宮に詳しい腕の立つ冒険者を使って迷宮を調査、もちろん軽くではあるがその日の夕方には一応の結果が届いたりした。
迷宮に異変があったのは間違いない。ということだった。
「迷宮の存在変異か」
「そうとしか考えられません」
爺さんがギルマスと顔を突き合わせて話をしている。
他にも行政府のスカニアさんとか、騎士団のルイ氏とかが参加している。
もちろん我らがサリアも参加しているが、ちょっと影が薄い。
というかギルマスと爺さんが目立ちすぎてます。
特に爺さんが。
冒険者なんてのは力に寄りかかって生きている人種なので獣王の威光というのは結構半端なく効いてしまうものらしい。
『サリア強いのに』
ルトナがポツリとこぼした。
妹をないがしろにされたような気分なのだ。その気持ちはわかる。ただ見た目がね、清楚可憐なお姫様だから。でも…
『じきにみんな認識を改めるよ』
俺は本気でそう思う。
サリアは強いし、胆力も気概もある。
王族として実に輝かしい存在だ。
この一件が終わればきっとみんながサリアを見直すだろう。
そんな集団からちょっと距離を置いて俺たちは成り行きを見守っている。
ちなみにモース君を偵察に出してある。人にはまず見えないしね。
「あの、迷宮の存在変異って何ですか?」
「やや、知りませんか、知りませんね。説明しましょう」
そんなときに勇者ちゃんが疑問を口にした。この質問に嬉しそうに反応したのはアルフォンス先生だった。
「迷宮というのは魔力の吹き出し口であるとか、魔力だまりであるとか言われていますが結局は高濃度、大出力の魔力によって周囲の存在たちが歪んでできる環境なんですよね。
そしてその環境は性質としてその周囲の環境の影響を受けます。
つまり森の中の迷宮はやはり森が多くなりますし、海のそばなら海洋的な環境が強くなります」
この話を初めて聞く勇者ちゃんたちは感心している。
地球人の感覚でいえば迷宮なんてものは存在自体がファンタジーで理論的な説明とは縁のないような感じがするのだ。
こういう説明は新鮮らしい。
「ですが時折、本当にまれにですが迷宮の性質が変わったり、いきなり成長したりすることがあります。
迷宮都市の迷宮も先年これを起こしました。
以前はアンデットばかりの実入りのない迷宮だったんですが、今は普通の魔物もでる複合環境の迷宮になりました。そう、前触れもなくいきなりなってしまったんです」
はいそうです。私がやりました。
特に反省とかはしてません。
「今回の存在変異は成長といっていいのかもしれません。まず…」
蟹が上位種になった。
おっきくなって強くなっておいしくなった←ここ重要。
そして数が増えた。
他にもトラップシェルとか言うでっかい二枚貝の魔物とか、シートラップフラワーというイソギンチャクの魔物。あとシャッコーとか言うでかくて空飛ぶ魔物が確認されている。
今までのカニ取り放題迷宮から確実にバージョンアップしたといえるだろう。
他にも全身にフジツボを生やしたような人型の魔物も確認されている。
今まで確認された事のない魔物でとりあえず『シークリーチャー』と呼ばれている。
さらには階層が大きく複雑になり、攻略が大変になった。
「原因はおそらくボスでしょうね」
アルフォンス先生は言う。
「ボスですか」
「そうです、ボスがランクアップしたのか、あるいはボスの交代があったのか…とにかく以前よりも強力なボスが誕生したのだと思われます」
アルフォンス先生、すごくうれしそう。
これだから学者ってのは…
「ただ原因は分かりません」
分からんのかい! って、簡単に原因が分かれば苦労はない。
「こうなると、行ってみるしかありませんね」
一通りの話を聞いてサリアが決断した。
もちろんこの場で一番偉いのはサリアである。
つまり決定である。
そして我が仲間のうち脳筋の人たちが拍手をした。
ちなみに脳筋でないのは俺だけか?
■ ■ ■
「納得いかん!」
「いかんといわれてもこちらもいかんのだよ」
詳しく調査するという方針が打ち出され、冒険者たちに当面の立ち入り禁止が通達されたら気にいらない奴らが押し寄せてきた。
「まあ、あいつらもこれで飯を食っているしな。それに金儲けのチャンスだ」
「でも、もう結構たつじゃないですか。十分稼いだのでは?」
「そりゃ目端の利く奴だけさ。
普通のやつは実際儲かっている奴がいて、もうかりそうだといううわさが流れてそれを聞いてからやってくるんだ」
「その証拠に最初のころからいるやつらはあの中にはいませんね」
つまり大慌てでやってきたら迷宮が封鎖されてしまいました。というやつだ。
まあ多少は稼いだのかもしれないが、それほどではないのだろう。
移動にだってお金かもしくは労力時間がかかる。
かかったコストに見合った利益がなければとてもやってられない。ということなんだろう。
俺たちは隣の部屋から詰め寄られるギルマスを覗き見ている所だったりする。
「よいかね、迷宮が存在変異を起こしたときはしばらく閉鎖されて調査が行われる。それは当たり前のことだ。
どんな危険があるのかわからんのだからな。
実力のある物に調査を頼み、その結果をもとに安全性を算定し、迷宮の危険度を出さねばならん。
もちろん冒険者は自己責任だ。
危険度を参考にして挑むのならそれは文句はない…まあ、一応止めるがね。それでも自己責任だ。
だが現状では危険度が分からん。
それが出るまでは迷宮への立ち入りを許可するわけにはいかんのだ。
納得がいかんのなら冒険者証を返還してやめるがいい」
おおー、言い切った。
ちょっとびっくりだ。冒険者がいなくなって困るのもギルドだろうに。
「まあ、中途半端な連中ですからね」
そう言ったのはアルフォンス先生だ。迷宮の研究者というだけあって事情にも詳しいらしい。
冒険者というのは一番簡単な就職口なのだ。
仕事の内容を選ばなければ日銭を稼ぐことは出来る。
なのでなり手には事欠かない。
そして一流になったやつはこんな無茶は言わない。
今騒いでいるのは初心者は抜けた。でもまだ一流にはなれない連中だ。
もちろんこの中から一流になるやつらも出てくるだろう。ピンキリだから。
だがそこまで目端の利く奴はたぶんここには来ていない。と先生は言う。
そう考えれば迷宮で死んじゃうより冒険者をやめて生き残った方が全体としてはいい。
それにそうしてやめていくやつは少ないし、いたとしてもまた冒険者に再就職することになるのが普通なのだ。
つまりやめるやめないもパフォーマンスなんだね。
結局詰めかけた冒険者たちは渋々だが戻っていった。
まあ、この方がありがたい。
迷宮で死んだ人間は歪みに囚われることが多いから処理が大変なんだよね。
■ ■ ■
「ちくしょう…このままじゃ食い詰めちまう」
「でもどうするよ」
「どうもこうも何とか潜り込むしかないだろう? 借金を返さないと奴隷落ちなんだぞ」
そんな会話が暗闇の中で交わされている。
この国は奴隷制度はないが形を変えて違法な一方が極端に有利な就労が行われていないわけではない。
もちろん取り締まり対象だが、確かにそう言うのはあるものだ。
「行くぞ」
「どうやって?」
「な~に、見張りも冒険者さ、今やっている奴には貸しがあるんだ。頼んで入れてもらえばいいさ、いやだとかぬかしやがったらあいつへの貸しを闇金に売り飛ばしてやる」
かさかさ動く音を残して3つの気配は闇の中に消えていった。




