7-10 あなた誰? サリアはもっとおポンチ君よ
7-10 あなた誰? サリアはもっとおポンチ君よ
迷宮とは何か?
そう問えば学者はこたえるだろう。
迷宮とは魔力溜りである。
と。
世界には魔力の流れがあり、これが龍脈などと呼ばれるわけだ。
これには天を流れるものと地中を流れるものがあって、どちらも時折よどんで魔力の高濃度地帯を作り出すことがある。
この魔力濃度がある一線を越えると魔力が実体をもって塊となる。これが迷宮核と呼ばれるものだ。
迷宮格は周辺に影響を与える。
最初のうちは生き物が狂暴になったり、いろいろなものが魔物化したりする。
結構あちこちでそういうことは起こっている。
だがそれもふつうは自分を維持できなくなってほどけて消えてしまうのだ。
外の世界というのはそれほど魔力の拡散性が高い。
だが場所に恵まれるということもある。
例えば洞窟の奥深くであるとか、もともと魔力濃度の濃い森の奥であるとかだ。
そう言うところで迷宮核が育つと今度は空間がゆがんだりするようになる。
ごく初期の迷宮である。
そしてほとんど人目につかない場所であるためにこういうものは成長し続けることがある。
そうなると魔力に引き寄せられた動物や魔物が集まってきて、迷宮の魔力で大繁殖して魔物でいっぱいの迷宮が出来上がるのだ。
だが何でもありというわけではない。
「ええ、そうなのです」とアルフォンス先生はサリアの質問に答えた。
迷宮の魔物というのはその迷宮の周囲にいる生き物と同系統の魔物であることが多く、関係のない魔物というのはまず出てこない。
つまり…
「蟹だの蝦蛄だのが出てくるはずはないのです。
この辺りであれば当然ネズミが第一でほかにイノシシだの鹿だのが蛇だのカエルだのがメインになるはず。
なぜ蟹なのか?
それは誰にもわからない」
くふふっと笑うアルフォンスを見て俺は『変なおっさんだな』なんておもう。
「的確な表現ですね。変な先生なんですよ。昔から」
割としょうもない人らしい。
真面目な話ここは大草原のど真ん中みたいな土地だ。
水は山から流れてくる川に依存している。
もちろん沢蟹ぐらいはいるだろうが、それが迷宮の魔物になるというのはおかしい。
普通の草原の動物の方が圧倒的に多いのだ。
もちろんそう言うのもいないわけではないが…
「ええ、はい、最初は沢蟹の可能性も考えたんですが倒された蟹は海にいるような種類でした。
タカアシガニは大変おいしゅうございました」
「それは確かにおいしそうですね」
「はい、現在町はカニ祭りでございますよ」
いやいや君ら、もう少しまじめにやってよ。
「それでこの辺りで蟹だの蝦蛄だのが出るのとしたらどういった可能性がありますか?」
「おお、これはいけませんな。
そうですな、その迷宮で生まれる魔物は迷宮核が覚えている魔物だということです。
サリア様には以前お教えしましたが、その迷宮の魔物は迷宮核の記憶によって決まります。迷宮核が育った環境で魔物が決まるといっていい。
なのでその傾向は周辺の生態系に依存します。
ですのであの迷宮は自然発生ではない。と結論付けざるを得ません。
あの迷宮核はここで生まれた存在ではなく、よそからもちこまれたものです」
ドラマなんかであればここで雷が落ちるような演出があってしかるべきかもしれないクライマックスだった。
だが。
「そんなことありえん、それでは人為的に迷宮を作り出せるということになってしまうではないか。
第一討伐された迷宮の迷宮核は王宮に保存されているがそこから魔物が出てくるなど聞いたことがないぞ」
「ですからそれは供給される魔力の量によるものでですね、可能性としてそれはあり得ないことでは…」
アルフォンス先生とルイ騎士団長が侃々諤々の言い合いを始めてしまった。
俺たちは二人を放ってスカニアさんの説明を受ける。
「迷宮の位置はここになります」
スカニアさんが地図を広げて場所を示す。
地図は国が使うものなのでかなり正確なものだ。
縮尺からして町からの距離は80kmぐらいか。
これでまだ穀倉地帯のただなかなんだからどんだけ広いんだ。という話だ。
直径で400~500kmぐらいあるじゃん。
「これは何ですか?」
「これは大岩ですな。地面から頭を出しているものです。
目印になっております。
ちょうどこの岩陰が迷宮入り口ですな」
地図にそのような表記があるのだ。
「今はどうなっていますか」
「先ほどアルフォンス先生が言った通り蟹はなかなかに美味でして、しかも上層にいるのは簡単に倒せるものでありますので、にわか冒険者がこぞって狩りをしております。
周辺は既に踏み荒らされておりますので、冒険者たちのキャンプ地のような有様です」
あまりデメリットがあるようには聞こえないな。
「そのお話では迷宮を討伐する必要があるのかわからないのですけど」
「はい、それだけでしたらそうです。
ですが蟹だの蝦蛄だのばかりではなくネズミやモグラなどもおります。
しかもこいつらが際限なく地表にあふれ出てきているのでございます。
先生の話では魔物の氾濫の兆候であるとか…」
「はい、迷宮の魔力が強くなり、魔物の繁殖が過剰になっている状態だと、以前に教わりました。
下の階層で強力な魔物が多数発生しているために上層の魔物が押し出されていると…でも出てきているのが上層ならまだ余裕はあるはずです」
「はい、そのために王宮に救援を要請しました」
「よい判断だと思います」
おおー、サリアが高貴だ。かっこいいね。
■ ■ ■
「で、結局迷宮は討伐しないとだめなのね?」
執政官が用意してくれたホテル(ちょっと高級)に移動して俺たちはこれからの予定を話し合う。
迎賓館もあるらしいがそれだと子供たちがね。同じ理由で超高級ホテルもお断りした。
ここには大商人なども来るので結構いいホテルがそろっているのだ。
「結局迷宮のコントロールなんて人間には無理なんですよ。
アウシールや王都のように迷宮を利用しているところもありますけど、あれは迷宮の安定がまず先にあったから利用しているんです」
つまりまず迷宮ありきでそこに町ができたのだ。
じつのところアウシールの迷宮があり様をシフトさせたときには町の放棄も検討はされたらしい。
その後安定しているようなので厳重監視の状態で迷宮を利用しているということなのだ。
まあ、あそこは迷宮核ではなく冥力石を核にした迷宮だから氾濫の心配とかはないんだけどね。
でも他の人にはわからないからな。
「今度の迷宮が安定するのか、また爆発的に魔物をまき散らして消えるのか現在では判定できないようです。
しかもネズミやモグラは確実に周辺の作物に被害を出しています。
カニや蝦蛄も油断できないようです。あれは肉食ですから」
事例としては既に二、三人食われているみたい。
大型の魔物ばかり恐れられる傾向があるが、小さい魔物の飽和攻撃の方が実はやばかったりもするのだ。
「ですのでまず私たちで迷宮の調査に入ります。
そして軍が到着するのを待って、迷宮を封鎖、騎士たちにあふれてくる魔物たちを駆逐させ、同時に冒険者などの侵入を防ぎ、その間に迷宮を攻略します」
「うん、いいんじゃないかな」
「軍には外の警戒もさせないといけませんね」
「?」
「迷宮の発生が不自然ですから、人為的なものなら、そこまでいかなくても何らかの意思がかかわっているのなら妨害が入る可能性もあります」
サリアが化けた。
「あなた誰、サリアじゃないでしょ。サリアはもっとおポンチ君よ」
いや、冗談にしてもそれはひどい。
「「「「あはははははっ」」」」
サリアも笑っているし…
《毒されたでありますよ…マスターに…》
俺のせいか?
モース君の口撃がぐさりと刺さった。




