6-23 テレーザお嬢様は苦労が多い
6-23 テレーザお嬢様は苦労が多い
sideテレーザ
ブーン。ブーン。という聞き取りずらい音が響いた。
「ふむ、なんであろうか」
フェリペ先生が席を外す。
「何があったのでしょう?」
ユルゲン侯爵家のルーペルトが首をひねる。
今ここにいるのは三人。私とルーペルト殿とフェリペ先生。
ああ、侍女も控えているけど彼女たちは員数外ね。
三人でこの魔道機関車についていろいろ話していたんだけど…これはあきれてものが言えないレベルの魔道具ですね。
昔勇者が伝えた陸蒸気とかいう乗り物を再現した…という話だったけれど、こういう存在だったのかしら。聞いた話だともっとおとなしかったような…
とにかくこの機関車というのは兵器としての有用性がかなり高いと思われるわね。
ここまで陸上を走って、もうすぐ王都。というところまで来ています。かなり速度も速い。旅の期間は五分の一から十分の一でしょう。
その間走るのは荒野なので魔物に襲われることもあったわ。
でもこの機関車は全く寄せ付けなかった。
サイズでいうと大型の馬車並みの魔物で、それなりに脅威とされている魔物を平気で跳ね飛ばし、ひき殺してしまった。
ハーピーの群や、ダイブイーグルの群れなども出てきましたけれど空からの襲撃も問題なし。
中にこもってしまえばあのレベルの魔物の攻撃などではこれ自体には傷もつかないし、中から操作できる兵器群もうまく配置されていて、外に出なくてもそれを動かして魔物を攻撃できていました。
時間はかかりましたけど全く問題なく、被害を全く受けずに魔物を殲滅していました。
お年寄りが階段で転んでけがをしたのが最大の被害でした。
これからはこの巨大な魔道具が王都と迷宮都市を行ったり来たりして大量の物資や人員を運ぶわけです。王国の国力、技術力には舌を巻くしかないわね。
帝国でも新しい魔道具の開発などやっていますけど、かなり方向性が違うみたい。
「しかしこれが陸上しか移動できないのはよかった」
ルーペルト殿が心底安心という風情でお茶を飲んでいます。この方も考えが浅いというかなんというか…
「それは王国が攻めて来れないという意味ではですよ。逆は脅威です」
帝国と王国の国境は南は海峡と海になっていて、北は険しい山脈になっているわ。だからこれが帝国に攻めてくるというのはあり得ない。
でもこれは実質的には武装した要塞に等しい。
襲ってきた魔物に対するやり様を見てもそれは間違いのないこと。
つまりこれを北の草原地帯に持っていけば王国は自分の好きなところに要塞を建築できるということ、そして必要がなくなれば好きに移動できる。
防衛に関して言えばその効率はけた違いのはず。
さらに言えば平たんな土地があるという条件は付くものの、その条件を満たす都市の間ならば莫大な物資と人員を思うさま移動できるということ。
これは物流の革命だわ。
これがあるというだけで王国はがらりと変わるはず。
うまく使われれば王国の国力は格段に高くなる…
つまり帝国は大陸のこちら側には手を出しづらくなったということよ。
本当にお気楽な若様だわね。
よかったよかったとお茶を飲むルーペルト殿をあきれてみているとフェリペ先生が難しい顔で帰ってきた。
あまり良いニュースではないようね。
「ええ、困ったことになりました。
実は件のアルフレイディア様似の若者のことですが」
「ディア一位爵ですね」
「はい、その彼です。実は私が出てから影の方にアルフレイディア様からその者を始末するように指示が出たようでして」
「何ですって」
思いっきりびっくりしました。
「なんてことでしょう。おそらく彼がディアストラ公子であることは間違いないと思いますが、今は王国の貴族ですよ?
しかもサリア王女との中がうわさされる相手。
しかもあのキハール殿のお気に入り、そんな方を暗殺だなんて…
軽率にもほどがあります」
「はは、まあ、アルフレイディア様は少々こらえ性のない方でありますから…」
先生が苦笑していますね。
「それで現状は? まさかもう?」
「そのまさかまさかでして、確かにいろいろまずいのですがアルフレイディア様は間違いなく我が部隊の頭領です。
私がいなければ影は従わざるを得ません」
「なんてことでしょう…では今頃は大騒ぎでは?」
まさか分かるようにやるとは思えませんけど要人の変死ですもの、騒ぎにならないはずがないわ…
すぐに帝国に帰りたいけど…それでは私たちが噛んでいると喧伝するようなもの。
王国の方から正式に話があるまで知らん顔をしておく方がいいかしら。
私は控えている侍女にちらりと視線を送る。
「くぴっ」
変な声がしてルーペルト殿がガクリとうなだれた。
「よくきく薬ね、この方も軽率な方ですもの、詳しい話は聞かせられないわ」
「はい、ご安心ください。あの薬なら目を覚ました時には気を失い前後の記憶はあいまいになっておりますわ」
うん。よい侍女たちです。
ですがそのあと先生から聞かされた話は驚愕に値した。
「失敗した? あなたたちが?」
「はい」
まあ、なんて憎らしい、顔色一つ変えないでほほ笑んでいらっしゃる。
「一度目は影が部下二名を伴い、迷宮で襲撃。迷宮内で行方不明という体を狙ったようですが返り討ちにあったようです。
その時にこちらの人員の一人が特定されたらしく…」
翌日には向こうから接触があったらしい。
本当ですの? 影の部隊といえば本当に精鋭ですよ? 下手をすれば帝国の騎士団長よりも強いぐらいの…
「それで影も焦ったのでしょうな。
アルフレイディア様からは必ずという厳命だったようですから…
それで即日今度は手練れを集めて夜討ちをかけたようですがこれも失敗。というか全滅だったようです。
影を含めた数名が捕縛され、残りは戦死。
身柄は当局に抑えられたと…」
えっと、開いた口がふさがりません…
なんでそうなるんですか?
あの人って騎士団長オーバーが何人も一度に襲ってきても勝てるぐらいに強いんですか?
そもそも影が何でつかまるんです?
彼らって失敗したら自害するはずでは?
死して屍拾うもの無しではなかったんですか?
「そこもわかりません。
残った者の話では全員がつかまって、なぜかおとなしく尋問を受けておるとか…」
「えっと。ごめんなさい…」
くらくらします。
わたし夢でも見ているんでしょうか?
この場合一番悪いのは誰かしら、だれに責任を取らせればいいのかしら…
そうだわ。一番悪いのはアルフレイディア様だわ。いくら公爵家が影の頭領だと言ったって、確認も何もとれていないのに兄上に似ているというだけで暗殺者を…
「いえ、違うわね。
いくらアルフレイディア様がこらえ性がないとは言ってもそこまで軽率ではないはずだわ。
つまり彼の側にはディア・ナガン一位爵が兄上のディアストラ様であるという確信があったということ…」
「まあ、ここまで状況証拠があれば普通は確信すると思いますが…」
「それでも冷静に動くのが為政者というものです。
でも、そうしなかったということは、何か、本当にディアストラ様が生きていてはまずい何かがある? ということよね」
「お嬢様、現時点であまり踏み込んだことは…」
「私だって公爵家の秘事になんかかかわりたくないですよ。でも仕方ないじゃないですか。
そもそも私がアルフレイディア様の婚約者なのは能力を見込まれたからですよ。
アルフ様が若干おポンチ君だから。
わたしがしっかりしなかったらどうするんです」
「ふむ、それもそうですな。
してみれば私たちの頭領はお嬢様であると…
そう言ってもいいかもしれません」
「とにかく気取られないように情報の収集を続けてください。
本当に通信の魔道具が使えるようになっていてよかったですよね」
これは今代の勇者様の一人が開発したのです。ご本人は無線機レベルといっていましたがパーソナルで遠方と話ができて、中継器を置けばそれなりに距離が稼げます。
ものすごく作るのに手間がかかるのでまだ数が少ないですけど、これが量産の暁には帝国はものすごく強化されます。
「はい、帝国の秘密兵器でございますから。
今、王国内の要所要所にて中継魔道具の設置を急がせておりますので、整備が終われば帝国の情報収集能力は格段に上がるはずです」
でも出力の問題とかで中継を使っても帝国までは届かないんですよね。
もしそれができたらこんなことをさせなかったのに。
「でも愚痴をこぼしても仕方ないですよね。
できることをやりましょう。
わたしは、とりあえず王国側から何か言われたときのシミュレーションですかね」
想定できる受け答えを考えておいた方がいいでしょうね。
はー、こまったものです。
王都についたすぐあとに私たちは国王様からこの話を聞くことになりました。
その時にとんでもない情報も飛び込んできたんです。
なんですか?
なんで帝国の内情がばれてるんですか?
なんですか獣王って? 獣王って一人で軍隊を相手にできる化け物ですよ?
そして何なんですか? 勇者が行方不明って?
頭痛い。誰か代わって…
毎日暑いですね。
なかなか体調も整わないですが、皆様もお体気を付け乗り切りましょう。
コロナも早く状況の改善をがあってほしいです。




