5-26 殴り込みしてみました
5-26 殴り込みしてみました
その男は俺を見るなりギョッとしたように見えた。
いやいや、普通ギョッとするのは俺の方だろう?
そう思えるぐらいその男は凶悪な面構えをしていた。頬にある大きな傷。オレンジ色の髪を短く切り、何よりも目つきが悪い。子供だったら見た瞬間泣くんじゃないか?
そんなヤツが俺を見てびっくり目をしている。
「き…貴様なにもんだ…何しに来やがった」
だがびびっていたのは一瞬で、すぐに自分の仕事を思い出したらしい。肩をいからせて俺に近づいてくる。なかなかに悪臭漂う悪役だった。ここまで腐っていれば地獄送りでも問題あるまい。
「ふむ、ちとこの奥にいるオースティンというヤツに用事があるのだがな…通してもらうぞ」
「ふっ、ふざけんじゃねえよ。ここを通るには俺様の許可がいるんだ。かってに…」
俺は男の胸板を押した。
俺も体格は悪くない方だがこいつの方が頭一つ大きい。まっすぐ手を伸ばすと胸を押すような形になる。男は前掲して押し返そうとするが…
「だめだな。その程度では力が足らんよ」
俺はかまわずに男をズンズン押していく。
「なっ、なんだと!」
簡単に力負けした男はズルズルと後に下がり、ついには階段を踏み外して…
「おわーっ」
「ふむ、すばらしい転げっぷりだ」
地下への階段はまっすぐ降りていき突き当たりに扉がある。男はその扉まで転がり落ちていった。
ドゴーンと盛大にぶっかった音が響いた。
「何事だ!」
「どうしたどうした」
そんな事を言いながら地下のドアが開かれる。引き戸で向こう側に開くようになっていた。
これは開け閉めの問題でこちら側に拓く構造だと階段に荷物が落ちたときなど生き埋めという線も出てくる。だからこれが正しいのだが逆に向こう側から心張り棒でもかまされると開けようがなくなってしまう。
まあ、壊せばいいのだが、あまり破壊活動はしたくない。
ドアに寄りかかるようにして目を舞わしていた大男にギョッとする男達。そいつらがこちらに気が付く前に俺はふわりと飛び降りてドアを蹴り開けた。
「ぎゃーっ」
「いでえ!」
「あべっ」
ドカーンと言う音とともにドアが吹っ飛んで、捲き込まれた男達が転げてしまった。
「むむ、加減、間違えた」
できれば器物損壊は避けたかったのだが…
まあこうなれば仕方がない。
入り口をくぐり中に入ると待ち構えていた男達が『ひいっ』と声を上げた。
いやいや、ただの酔っ払いならともかく剣を構えて待ち伏せをしているようなヤツが〝ひい〟とか言うなって話だ。
しかし何がそんなに怖いのか…
横を向くとちょうどそこには姿見があった。
なので自分の姿を観察してみる。
まず来ている服はタキシードだ。
黒くてスマートなデザイン。スラックスもすらりとしてスタイリッシュだ。
ブラウスは白で控えめにひらひらがあり、蝶タイが映える。
足はクロの革靴…ではなく銀の光沢の金属ブーツ。
まあそう見えるだけだ。
タキシードもブーツも魔力を編み上げて作った物で本物ではない。ただし実体を持つほどに編み上げられた魔力は極めて高い防御力を誇っている…と思う。
そして両腕には銀色のガントレット。
そう、この装備の原因はこの左腕にある。
左腕は液体金属で作られた機械のような腕なのでそれに合わせて右手にも銀の装甲をつけ、そして足にもと合わせていった結果だ。
そして頭には黒いシルクハット。
実にファッショナブルだ。
問題があるとすれば顔か?
今俺の顔は黒い黒曜石のような質感の仮面ですっぽり被われている。
鼻も口もないつるっとした顔。
まるでその物が黒い石でできたような頭部。
そしてその黒い頭部の奥で、時折だが丸い光がポウとともることがある。まるでモノアイだ。
そのときだけ口の所に細い月のような口がうっすらと浮かび上がる。
うーむ、どう見ても中二心をくすぐる格好好いデザインだ…
何が怖いんだろう?
『サイクロプス…』
『なんで…』
『このサイズって上位種か…』
ああ、なるほど。
サイクロプスというのは伝説の魔物だ。
一つ目で力が強く、とても凶暴。
そこらにいるヤツではなく、ごく希に目撃情報があるようなヤツだ。
確かに見ようによっては見えなくもない。
いやいや、サイクロプスはタキシード着ないし。
鏡をみて、顎に手をやってしばし黙考。
それを隙と見たか一人が剣を振り回しながら斬りかかってきた。
ゴスッ…
と言う音がして剣が空中に縫い止められる。
【粒子制御】で空気の分子を固定してしまう【アトモスシールド】だ。
剣のような切り込む攻撃には完璧とは言えないのだがそれでも止めるぐらいはできる。
俺はそのまま大気の盾を広げてそこにいる奴らを固定した。
大気の檻。【アトモスプリズン】と言うところか。
空気が動かないので当然対象は窒息する事になる。
彼等の顔が恐怖に歪んだ。
息を吸いたくても空気が入ってこない、この恐怖感はかなり強い。
窒息の恐怖と言うのはそのまま死の恐怖だ。
しかも剣と向かい合うような乗り越えられる恐怖ではなく決して逃れられない這い上がってくるような恐怖なのだ。
死がそこに見えている。
心臓がダメで苦しんだ前世、何度この恐怖にさらされたことか…
俺は恐怖に震える男達を一瞥し、神器を抜いた。
一人だけもう手遅れなほどに腐っているやつがいたのだ。これはいかしておけない。転げた男と合わせてこれで二人。
大気の盾は実体がある以上、魔法でも受け止めるが、実体を持たない術式は遮らない。
杖は素早く魔法陣を展開し、術式でできた三本のヤリを伸ばし、そのヤリはその男の胸に突き刺さった。
三本のヤリの空間を揺らめく光のような物が走る。
吸い出された魂のエフェクトだ。それは無限獄の先にはまった宝珠に吸い込まれ…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
室内を軋むような苦鳴が満たした。
それは音ではないので空気が固定されたこの部屋の中でも響き、それを聞いた残りの男達は行きすぎた恐怖に例外なく目をまわしてしまった。
しかも色々と漏れては不味い物が盛大に漏れている。
『困った物であります』
「まあこれに懲りて少しは真っ当に生きてほしい物だ」
『そういうのもいるかも知れないでありますな。しかし…』
そうならなければいずれ私のお客さんになると言うだけの話だ。そのときに狩ればいい。
魔法を解除すると男達は地面にくずおれ取りあえずびくりとも動かない。
でもバッチイから空中を歩いて行こう。
奥に続く扉に手をかけ、ゆっくりとひらくと…
そこでは三人の男が腰を抜かしていた。
『あの苦鳴で目を回したのか』
一人はまだ若いギャング風の男、一人は壮年のいかにも荒事になれた感じの男、もう一人が目標のオースティンだ。
若い男はそれ程ではないが、あとの二人はかなりの悪臭を放っている。
こっちの二人は回収だな。
俺は杖を持ち上げて…
ゾフッ…と刃が肉を切り裂く音が響いた。
気が付けはいつの間にかもう一人。男が後ろに立っていた。
そしてその男の持つ細い剣は俺の背中から胸を貫き切っ先をのぞかせている。
どういうことだ?
いつも応援ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




