10.パン屋と孤児院
次の日も俺は列車を走らせ、乗客や貨物を乗せて駅から駅へと行ったり来たりしていた。
線路を走っていると、明るい昼間の時間なのに、急に辺りが暗くなることがある。 正確には列車とその周囲が巨大な影に覆われるのだ。 そんな時上を見ると、その影の正体が見える。 それは|『飛行船』だった。 列車の上空を飛んでいる飛行船が太陽の光を遮り、その影が列車を覆っていたのだ。 列車の乗客達も客車の窓を開け、上空に浮かぶ巨大な飛行船を見上げていた。 飛行船は、しばらく列車を影で覆うように並行して飛んでいたが、そのうちに進路を変え列車とは別の方向へ飛んで行き、列車は光の中に再びさらされた。 列車から離れ、遠くへ飛んで行く飛行船を見送りながら、俺は、いつか自分もあのような飛行船を所有してみようか、と思いながら機関車を駅まで走らせた。
プレイヤー達は、ギルドや駅で様々な種類の依頼をクエストという形で受注している。 そのなかで、街の住民やそれを守る衛兵、ギルドマスター等NPCから依頼されるものを|『ノーマルクエスト』、そしてNPCではなく、プレイヤー個人が報酬と仲介料金を支払って他のプレイヤー達に受注してもらう|『個人クエスト』がある。 それ以外にもゲーム内の国家からプレイヤー全員に発令する|『国家クエスト』や強大な敵ボスモンスターを参加者上限なしで討伐する|『大規模討伐クエスト』などがあるが、省略する。
個人クエストは報酬とクエストの仲介料金を支払えば、上級者から初心者、戦闘特化から生産職プレイヤーまで誰でも依頼出来る。 だがその依頼内容のほとんどはアイテム採取が中心であるのだが。
当然そこにはプレイヤーに不正をさせない仕組みがある。 まず依頼を達成した際に支払う報酬と仲介料金の下限はある程度決められている。 クエストを依頼した者だけが、得をすることを防ぐためだ。 また、採取するアイテムのレアリティが高かったり、アイテムそのもののドロップ率が低い時は、その分支払う報酬と仲介料金の下限が高くなる。
鉄道などの移動手段を用いる輸送クエストにも個人クエストはあり、その内容は|「○○駅まで乗せてくれ」といった乗客系と|「生産した商品を○○駅まで運んでくれ」といった貨物系の2種類ある。
それにも不正を防ぐ仕組みがあり、前者はクエスト受注者に報酬を支払うまで駅から出られなくなり、後者の場合は、ノーマルクエストの時は乗客や貨物を運べばその時点で乗客や依頼者のNPCから報酬を貰えるが、個人クエストの時は依頼者の商品を受け取りに来たNPC等が報酬袋を渡すが、その袋はその場では開けれず依頼者に渡すことで開けられる、これは受注者が報酬を持ち逃げするのを防ぐためである。 また、依頼者も受注者に分け前としての報酬を渡すまで持ち逃げは出来ない仕組みになっている。
俺は通常のクエストと共に個人のクエストも|(まだ限られた区間の依頼しか受けられないが)行っている。 クラウドからサニーヒルズ、ラッシュまでの区間でも徒歩で行くとモンスターの出る森の中を通る上時間もかかるので、特に戦闘力がない生産者プレイヤーには困難な道のりになるため、輸送がゲームに実装されるとその需要はかなり大きくなっている。
その日も俺は他のプレイヤーから個人クエストを受けていた。 今回のクエストの依頼者の名は|『オグラヤ』、白い服装にコック帽の姿は彼が生産者であることを示した。 依頼内容はラッシュまでのパンの輸送、貨物の受け取りは街のレストランの従業員NPCがしてくれるとのことだ。 依頼を確認すると俺はオグラヤに改めて依頼を受ける旨を伝えた。
「ああ、よろしく頼む。 それから、今回の依頼では貨物は俺が持っている有蓋貨車を使ってくれ」
オグラヤがそういうと、駅の外から駅員が手漕ぎトロッコでオグラヤが所有しているという有蓋貨車を押してきた。 俺は自分の持っている有蓋貨車を列車から外すと|(アンクル・パフの馬力は3なので4両は連結出来ないため)押されてきた有蓋貨車を最後尾に連結した。 貨車の側面のドアには|『オグラヤ・ベーカリー』と書かれたロゴマークがついていた。
貨車が連結されると、オグラヤと駅員が貨車にパンが乗ったトレーを次々と入れていき、すぐに積み終えドアを閉め、駅員が機関車に出発の合図を送る。 こちらも準備が整っていたので、
ポッポー!
と汽笛を2回鳴らして出発した。
道中ではなにも問題は起こらず、スムーズにラッシュ駅まで到着した。 駅に着くとホームに受取人と思わしき女性NPCがいた。 女性は俺に「お疲れ様です!」と声をかけたのち、貨車のドアを開き、慣れた手つきでパンをトレーから荷車に積んだ大きなパン籠の中に入れていく。 作業が終わると女性から報酬袋を受け取り、俺はクラウドへ戻って行った。
「無事に届けてくれたようだな、ご苦労さん」
オグラヤはそういうと受け取った報酬袋を開け、俺の取り分を与えた。 これで依頼完了だ。
オグラヤは続けて言った。
「もうひとつ報酬がある、俺の店までついて来てくれ」
そう言われると俺は自分の列車をアイテムパックにしまい|(実は自分が所有している車両は車庫以外にアイテムパック内の専用枠内に収納出来る。 長時間駅のホームに車両を放置していると他の列車の邪魔になるからだ)、彼のあとをついて行った。
俺とオグラヤは、街の商店街のプレイヤーの店があるエリアに着いていた。 そこの一角にある彼の店舗の中に入っていった。 店の中は彼が留守だったので空いているが、外にあった自動販売機の前に列が出来ていたので人気は高いだろう。 オグラヤは店の奥からパンを一つ持ってきて、俺にくれた。
「今回のクエストの報酬だ、焼き立てを食ってくれ」
彼がくれたパンは見た目はギルドの酒場で無料で提供されているパンと同じだったが、質はかなり違った。
・至高のパン (レアリティ10)
他のパンと比べ物にならない位の美味しさを誇る、まさに至高と呼べるパン。
なにも付けなくても美味しい。
(製作者 オグラヤ)
レア度が10もある凄いパンだ! 食べるのがもったいないと思うかもしれないが、一仕事終えて空腹だったため|(機械人も他の種族のように空腹を感じる)、受け取ったパンをそのまま口にした。
外はサックリしているのに、中はふんわりもちもちしていて、しっかりとした噛みごたえがあり、ほんのりと甘い味がした。 こんなに美味しいパンを食べたのは人生初かもしれない。
パンを食べながら、オグラヤは自分がパンを極めた理由を話してくれた。
オグラヤは初期の頃からログインしている古参プレイヤーの一人であった。 ある日、オグラヤはラッシュから先にある大きな城下町|『オルティガ』の中にある孤児院の前を通りがかった。 その孤児院は魔王軍との戦争の影響で国からの援助がストップし、孤児達が苦しい生活を余儀なくされていたらしい。
そんな状況を見たオグラヤは、たとえそれが偽善と分かっていても、その孤児院に食料を提供することを決めたそうだ。 凝ったものではなく、普通のパンで良いと孤児院のシスターに言われ、それならせめて高品質のものを提供しようと、パンを極めた。 またオグラヤは、料理の基本である水と塩むすびも極め、提供した。 そしてその噂を聞きつけたプレイヤー達に販売を始め、店を持つに至ったらしい。
そして現在も大陸全土の孤児院に売り上げの一部と食料を寄付しているらしい。
ふと、窓の外を見ると、客とは違う、ボロボロの格好をした子供が二人、店内を見ていた。
オグラヤはそれに気づくと、焼き立てのパンを二つ持って子供たちに与えた。
「食え、遠慮するな」
子供たちはよほど腹が減っていたのかパンを与えられるとすぐに完食した。
「美味いか?」
オグラヤの問いに、子供たちは笑顔で頷いた。
「お前達、親はどうした」
その問いには子供たちはただ首を横に振った、やはり孤児のようだ。
「辛いか?」
子供たちは弱弱しく頷いた。
オグラヤは持っていた袋にお金を入れ、子供の手にしっかりと握らせた。
「これを持って駅に行くんだ、着いたら駅員さんに|「僕たちをオルティガの孤児院まで連れて行ってくれる人を探してください」と言ってお金を渡すんだ、出来るか?」
子供たちはしっかりと頷き、そしてオグラヤに何度も礼を言って、駅の方へ歩いて行った。
オグラヤは俺に向き直るとこう言った。
「本当は俺自身が連れていくべきだと思うが、まだ汽車を持ってないからな。 出来る奴に任せるしかない」
その後、レイニーに二人の孤児の事を聞いた。 するとどうやら、その孤児たちは他のプレイヤーの列車に乗って無事に孤児院まで着けたそうだ。 そのことをオグラヤにも伝えると、安心した表情を見せた。
そして、俺自身が遠くへ行けるようになったら、彼の依頼を積極的に受けることを約束し、店を後にした。
作中に出て来たワードの補足:オグラヤ (プレイヤー)
クラウドの街のプレイヤー商店街に店を構えている生産者プレイヤー。 古参プレイヤーの一人で各地にある孤児院に寄付を行っている。 料理の基本メニューである水、パン、塩むすびをレアリティ10を維持して量産できるほどの高い料理スキルを有しており、他の料理は依頼されない限りあまり作らないが、それもかなりの高品質である。
オグラヤベーカリー (プレイヤー店舗)
オグラヤが店主をしている料理店。 販売しているものは、水、パン、塩むすびのみだが、そのどれもが高品質なので、人気が高く、立地も商店街の奥の方だが、行列が毎回出来ている。
ちなみに、名前のせいで度々アンパン・小倉トースト専門店と勘違いされるが、材料が店側にあるか、客側が持ってくれば作るらしい。




