門出
「さて、こんなもんかな」
風人は自分でまとめた荷物──と言ってもいくらでも入るリュックに詰め込んだだけだが──を見て達成感を得ていた。しばらくは戻って来ないつもりなのでしっかり備えなければならない。戻って来ないと言っても風人の故郷ではないが、暖かく接してくれるこの村に帰ってきたいと思う程には十分愛着が湧いていた。
「シエル、用意できたか?」
「うん、できたー」
元気に返事をするシエルの方を見ると、ぎゅうぎゅうに詰められたリュックを持っていた。
「何をそんなに入れたんだ?」
「皆から宝物貰ったのー」
嬉しそうにリュックの中身を見せる。綺麗な押し花や石、本など、子供らしい物ばかり出てきて風人は微笑ましく頷いていた。
「これはレイル君から貰った紙ー」
が、シエルがそれを出した時、風人は思わず二度見し、目を見開いた。シエルの持っている紙は確かにこの村では珍しく綺麗な装飾が施されていたが、日本で育った風人が驚く程ではない。注目すべきはその形だった。
「手紙…」
その紙は2つ折りにされ、中にはなにやら文字が書いてあった。まだこの世界の読み書きを覚えていない風人には内容までは分からないが察しはつく。ちなみに、レイルとはライオットとペイルの子供である。苛立ちを覚えながらも押し殺し、ぎこちなく笑う。
「よ、良かったな」
「あとねー、プラシアがいっぱい作ってくれたお服ー」
そう言って洋服を引っ張り出し振る。フリルやその他の飾りの付いた服を大事に持っているのを見ると、急とは言え質素で地味な服しか与えなかった自分が甲斐性無しで申し訳なく思えてくる風人。
中には下着もあり風人は直視できなかった。まだまだ常識やモラルなどには疎いシエルをサポートして償おうと心に誓った。
「服は重いだろうから俺が持とうか?」
「シエルが持つー」
自分の服に喜び大切にしているあたり、シエルもちゃんと女の子なのだろう。どうりで荷物がかさむ訳だ、と風人が納得すると、プラシアが部屋に入って来た。
「喜んでもらえて良かったです。シエルさんとも仲良くやっていきたいので」
「え、今なんて…」
プラシアの小声は風人には最後の一言は届かなかった。それを尋ねても「あ、そろそろ時間ですよ。行きましょう」と手をとり会話を遮った。
「ミカゲ様、お気をつけて。我々が心配するまでもないと思いますが」
外にはライオットを始め、風人が村でお世話になった人、そうでない人まで一堂に会していた。村を襲った竜を鎮めたのだからもはや英雄扱いだ。
『カザト殿、いろいろと世話になったな』
「やめてくださいよ。俺だって必至だっただけですから」
そしてその当の本人───もとい本竜であるファルガンも風人の活躍によって村の一員として温かく迎えられることとなった。
『ようやく、我にも大切な者ができた。それは紛れもなくカザト殿のお陰だ』
照れ臭くなり、風人は後ろ頭をかく。次にペイルとライオットが前に出る。
「ファルガン様だけではありません。この村の者全員がミカゲ様が来訪されたことを喜んでいるのです。かく言う私もミカゲ様に命を救われました。私もこの村を離れる訳には参りませんので、お供できぬことをお許しください」
「私も、初めてお会いした時に失礼な態度をとってしまい申し訳ありません」
「皆して頭を下げないでくださいよ。お二人もいつまでも仲睦まじく」
「はい、ミカゲ様も」
ペイルの声に首を傾げるも、こんな時に余計な考えは捨てようと忘れ、辺りを見渡す。そこにプラシアの姿は見当たらなかった。
「あれ、プラシアは?」
「準備に戸惑っているのではないでしょうか?」
「準備?」
(見送りに何かするつもりなのかな、そんなの良いのに)
と思いつつも嬉しく感じ、口元が緩む。間違いなくこの村に、この世界に来て一番世話になったのはプラシアだ。プラシアと離ればなれになるのは風人としても口惜しいが、それもプラシアの為である。心を強く持たねばならない。
「お待たせしました!!」
慌てて駆け寄るプラシア。息を切らして俯く。そんな彼女も風人にとってかけがえのない存在となっていた。
僅かに息を呑む程緊張してから、風人は口を開く。プラシアをまっすぐ見つめて。
「プラシア、本当に今までありがとう」
「こ、こちらこそ」
プラシアも見つめられて頬を染め、ぎこちない。気持ちの良い暖かい風が二人の間を通りすぎる。
「長くなってしまうかも知れないけど、待っててくれ」
「はい、いつまでも待ってます」
「じゃあ、行って来る」
「はい、行きましょう」
「はい!?」
「はい?」
流れるような会話の中に風人は耳を疑った。目の前のプラシアは嬉しそうで、周りを見渡すも驚いているのは風人だけで。頭の中だけではまとまらず、言い直す。
「…じゃあ、言って来る」
「はい、どこまでも付いていきます!!」
言葉は変わったが言葉の意味するところは聞き間違いと同じであった。3秒程の時間を費やし、それでもなお風人は驚き、思わず口が開いてしまう。
「ちょっと待って。付いて来るの?」
「もちろんです。カザト様が私を大切な人と言っていただけるのと同じように、私もカザト様をお慕いしておりますので」
さも当然のことを言うように満面の笑みである。
「それに、私がご同行した方が薬が見つかった時に服用できるので。良いじゃないですか?」
合理的と言えばそうだが、風人には一抹の不安があった。それを伝えなければ風人は後悔することを考え、普段は使わぬ厳しい言葉を口元まで上げる。
「プラシア、この先どんな危険があるかも分からないし、必ず俺が守れるかも分からない。それこそ、プラシアを救う為にプラシア自身が死んだら元も子もないたろ?この村の皆のこともある。それでも行くのか?」
「…カザト様は相変わらずの鈍感ですね」
そう言ってため息を付き、改めて風人を見つめ次の瞬間、全てを任せるように抱きついた。翻ったプラシアの長い髪が元に戻る頃に風人は何が起きたのか理解した。
「私を幾度となく助けようとしてくれるカザト様と離れられるはず、ないではありませんか」
耳元で囁かれる優しく暖かい言葉。つい何秒か前まで感じていた風も日差しも、風人の体にはそんな情報は何一つ入ってこない。唯一全神経が向かっているのはプラシアから直接伝わる暖かさ──愛である。
「本当は来て欲しくはないんだけど」
プラシアの肩に手を置き少し離す。言葉足らずだがプラシアには分かる。「ここにいた方が安全だから、ですよね?」と確かめれば首肯が帰ってくる。
「それでも、私はカザト様と一緒にいたいです。それに私も結構凄いんですよ?ね、ファルガン様」
話を振られたファルガンは一瞬たじろぎ、
『うむ、そやつに力があるのは認めよう。まだまだ眠っている段階のようだがな』
「そういうことで、ダメですか?」
(こういう時の女子の上目遣いはズルいよな)
心の内で思いながら風人は目を瞑り、
「分かった。一緒に行こう、プラシア」
その言葉はプラシアの頬を濡らし、再び抱きしめさせた。
「はいっ!!」
「シエルもー!!」
プラシアの体重──重いとは言わない──が乗っている状況でシエルにも飛びかかられ、風人は体勢を崩す。それを見つめる皆の笑い声はしばらく絶えなかった。
「それでは皆さん、行って来ます」
「お気をつけて、プラシア様」「村のことは俺達に任せてください」「必ず帰って来て、旅の話を聞かせてくださいね」
何もない草原に踏み出し、振り替えると手を振って見送ってくれる。また、笑顔で戻って来られるように頑張ろう。そう風人が思えたのも自然なことだろう。ゴージスから貰ったコンパスを手に、右にシエル、左にプラシアを連れて風人は新たな一歩を歩み始めたのだった。
◆
少女達を連れ意気揚々に前進する少年を画面越しに見て、白き衣を纏ったその者は悔しそうに歯ぎしりしていた。
「何なのよ!!風人君の為に頑張ったせいでペナくらって謹慎中だったのに、その間に女の子と仲良くなっちゃって!!」
ただでさえその少年が他の少女といるだけでも腹立たしいにも関わらず、画面に映る少女と少年の姿はその者の追い求めるものだったので余計に腹の虫が収まらない。その者は子供のように足をじたばたさせる。
「うるさいわよ」
外から聞こえてくるその声にびくつき、「ご、ごめんなさーい」と謝罪を入れ、画面へと向き直る。
「風人君の良さに昔から気付いてたのは、私だけなんだから!!」
その者は自らの大望の為に、画面に映る少年と同じく、しかし違う方向に覚悟を新たにする。
「風人君とのイチャイチャ異世界生活の為に!!」
こうして、大声を出しまた怒られることになるのは言うまでもないだろう。
プ「遂に私達の旅が始まりましたね!!」
風「ここまで長かったな」
シ「何でプラシアまで付いて来てるのー?」
プ「シエルさんの独壇場にはさせませんよ?」
シ「大人しくストーリーから離脱すれば良かったのに」
プ「これからはお互い容赦なしで行きましょう。と言いたいところですが、作者の諸事情によりしばらくお休みだそうです」
風「マシか、だから今日は三人なのか。せっかくプラシアと良い感じだったのに」
プ「再開したらなかったことになりそうですね」
シ「無くなれば良いのにー」
?「無くなれば良いのに」
風「!!今なんか聞こえたような」
プ「と言う訳で」
風、シ、プ「今までありがとうございました。再開してからもよろしくお願いします」
はい、本当に個人的な事情で一年程更新ができなくなります。それでもまた見ていただけたら幸いです。感想で「やめないで!!」なんてコメントがあれば番外編くらいは書くかもです。ひとまずはこれでしばらく更新はされません。また機会があればこの作品でお会いしましょう。




