伝説
人類から迫害を受けた我々は結託し、人里離れた場所に棲み家を求め、南へと旅をした。自然や通る国々でも仕打ち等、幾多の困難を乗り越え向かったのは竜が住むという場所だ。竜がいれば人は容易く近付かない。我々は人より他の生のある者と心を通わせることを主としてきた。きっとその竜とも共存できるだろう。そう考えていた───
◆
「…よく読み返したところ、この書物にはそう書き残してありました」
ライオット達が迷宮を通り村に帰り着く頃、ちょうど竜も目覚め、鉢合わせした両者は威嚇しあったが風人がその場を収めた。
その後、ライオットは迷宮の地図の載る本をプラシアに差し出し、その中身をライオットや他の兵、竜の立ち会いの下、朗読された。
『その者達は我に血の契約を求めてきた──その者達を他の人間から守る代償として継続して供物を捧げる、反旗を翻した時には皆殺しにする──とな。血の契約は使用した血液の後継者をも巻き込む。何もないこの地で退屈していた我はそこまでせずとも条件を飲むと言ったのだが聞かなくてな。誠に義理堅い奴らだった』
「それがこの指輪だと?」
懐かしそうな目をする竜に風人は指輪を見せる。赤く錆びていると思ったのは血だったようだ。竜は大きな頭を縦に振った。
『そうだ、その宝具に奴らの血を通わせて我に喰わせた。そうして、我は迷宮の奥に眠り、時折食物を持ち寄って来たのだ』
「そんなこととは露知らず、何も差し出さず我々はあなたに背いてしまった。どうか、私の死だけでお許しを」
ライオットが俯きながら竜の前で膝をつき、自らの剣を手に取る。いきなり切腹しようとするライオットを慌てて皆が止め、呆れたように竜は言う。
『もうよい。我は元より見返りは求めておらぬ。全く、あ奴らの子孫と言うだけあって変わらんな』
「あの、今更なんですけど、どうして私達はこの方──竜と話せているんですか?」
ずっと疑問をぶつけるタイミングを逃していたプラシアが竜の顔を覗き込み尋ねる。
『かような呼び方ではなんだ、我にはファルガンという名がある。そう呼ぶが良い』
竜──ファルガンは今まで話をするために低くしていた頭を上げ胸を張るような体勢をとる。
「は、はあ。では何故私達とファルガンさんはこうして話せているのでしょうか?」
『元より我はこうしてお主らと意思疎通を図ることくらいできる。先程は契約の影響下にあった故、見境がなくなっていた。だからといって到底許されることではない。そなたが族長の娘といったな。心より詫びよう。我の未熟さを』
納得しきれないようだったがプラシアは下がった。代わりに前に出たのは風人だった。
「失礼を承知で、一つ、ファルガンさんにお尋ねしたいことがあります」
『お主は我を救った人の子か。お主にも恩があるからのぅ。何でも申してみよ』
快く了解してくれたファルガンに安堵した風人の表情は一転し、その場の空気を凍らせる程、険しいものになっていた。
「竜種の鱗は不治の病をも治すと聞きました。プラシアは、いつ症状が悪化するか分からないんです!!どうか、鱗を分けて貰えませんか!?」
地面に座り込みできる限り頭を低くする──日本では土下座と呼ばれる作法だがこの世界でそれに当たるものを風人は知らなかった。それでも、己の気持ちを伝える為、ひいては大事な人を救う為、風人は全力を注いで協力を乞う。
風人の思いが伝わったのかファルガンは目を丸くする。
『頭を上げよ、カザト殿。そなたは我の命の恩人に他ならない。懇願されずとも助力するが定めであろう。だが、我の片鱗にそのような効用は持ち合わせぬと思うが?』
「…え?」
ファルガンが目を丸くしていたのは関心からではなく、驚きからであった。そして、今度は風人が目を見開く番だった。
「竜種の鱗には病や毒を消し去る効果があるのでは…」
プラシアも驚いてその先の言葉を失う。
『さよう。しかし、我の鱗は滋養強壮。病の際に、使われはすれど、用途は身体を強化し病に対抗する体をつくる為だった』
何でそんなことを知っているのかと尋ねれば、昔、獣人に協力し鱗を提供し、効能を調べたとか。それからも頼まれれば鱗を供給して貴重な薬になっていた。その話が歪曲され、どんな病気にも効く万能薬という間違った知識が伝わっていた。
「そん、な…」
落胆からかそんな声を洩らし、膝から倒れる風人。集まった皆も同じ思いなのか泣き出したり、悔しそうに歯ぎしりしていた。
「大丈夫ですよ、カザト様、皆さん。私は今も元気です。ずっと危険と言われてきたのにですよ?だから──」
「何でそんなにプラシアは気楽でいられるんだ。自分のことだぞ。それで死ぬかも知れないんだぞ!?それで…どれだけの人が悲しむのか分かるのかっ!?大切な人を失った時の悲しみが分かるのかっ!?」
風人があまりの剣幕でプラシアを責めるので、プラシアは縮こまり「す、すみません」と謝り、皆も、竜でさえも押し黙った。
「ご主人様怖いよー」
シエルを除いては。会話等ができる知能は付いたものの、その場の空気までは読むことはできない。風人の足元でズボンの裾を引き、見上げる。そんな無邪気なシエルの行動に風人は我に帰り、くしゃくしゃにするように頭を撫でてやるとシエルは嬉しそうに「戻ったー」と笑った。
「すみません、どうも命が絡むと我を忘れてしまって。プラシアもごめん。よく考えたらプラシアだって両親と幼い頃に離ればなれになっちゃったんだもんな。大事な人がいなくなる辛さは痛い程分かるだろうに」
申し訳なさそうに謝る。昔からよくこういうことは起こしていたので風人は謝り方もよく知っていた。
「差し支えなければで良いのですが、カザト様はどうして人の、大切な方に執着なさるのですか?」
おずおずと手を上げ、「勿論、それは悪いことではなく良いことなのですが」とフォローを付け加え尋ねる。緩んだ風人の気迫とも言えるものが再度強張ったものになった。
「昔、シエルの前に飼ってた猫が居てさ。俺の生まれた時には家に居て、ずっと一緒だったんだ。兄弟や親友みたいに思ってたんだ。でもある日、学校から帰って来たら死んでたんだ。皆、寿命だったんだって割りきってたけど、子供だった俺は泣いて、理不尽な運命を恨んで、守ってあげられなかった自分を恨んで、二度とこんな思いをしたくないと思った。だから俺はそういう風になりたくない、そういう人を見たくない」
「って子供染みたわがままなんですけどね」とまたもすぐに緩む。プラシアも関心する程だ。風人の話も終わり再び現実を思い出し、重苦しくなった空気を破ったのはファルガンだった。
『諦めるには早いぞ、カザト殿』
どんな根拠のない話でもすがりそうな顔で風人はファルガンを見上げる。
『この地には我しかおらぬが他の土地ならば、我と同種の存在がおるやも知れん。時間の問題とは言え、これは言いたくはなかったのだがな。カザト殿の覚悟を聞いて沈黙を続けるは名が廃ると思うてな』
「ほ、本当ですかっ!?」
『あくまでも我の仮説だがな。我がかような辺境におったというのに、獣の子の先祖らは竜の存在を知っていた節が見受けられた』
「じゃあ、竜がファルガンさんの他に居ても」
『不思議はないのう』とファルガンは笑ったように風人には見え、同時に希望の光が差したようにも思えた。
「ありがとうございます、ファルガンさん。俺、探してみます。他の竜を、プラシアを助ける術を」
『うむ、その意気だ』
ファルガンが関心して頷き、長い髭で風人の頭を撫でた。
「その髭、器用ですね」
『我の腕の一つのようなものよ』
真偽の分からぬ冗談に一同は笑う中、
「…旅に行くってことですよね。なら…チャンス、ですよね?」
と、密かに事を企んでいる者がいたとかいないとか。
後々、獣人の村には竜に喰われながらも便として生きて帰って来た英雄伝説が尾びれを付けて伝わったとかいないとか。
シ「滋養強壮って温泉みたいー」
風「俺もそう思ったけどファルガンさんも竜なんだからそう言わないであげよ」
シ「温泉から出てきた人ならまだ変じゃないよー」
風「前回の話ほじくりかえさないて!!」
次回 門出
風「そもそもシエルは猫なんだから温泉なんて知らないだろ?」
シ「そんなこと言うご主人様には温泉回のお色気シーンあげないからー」
風「それだけは勘弁を!!」
シ「…みたいんだー、ご主人様のエッチー」ジト




