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それだけは勘弁して欲しかった

 風人の周りの空間は赤くドロドロとした液体で満たされていた。それに直接飛び込むのを躊躇った風人は自分に防御用の魔法を展開し散策している。


 「…こんなになってんだな、竜の腹の中って。ドロドロは消化液だよな?」


 魔法を指先だけ解きドロドロに手を伸ばして見ると爛れるような痛みを感じた。慌てて魔法を再展開し回復も行うと風人の額に冷や汗が滑る。


 「こりゃ魔法出せなくなったらお陀仏だな」


 焦りを感じるも落ち着いて辺りを見渡す。


 「うーん、簡単には見つからないか。見間違えじゃなければあるはずなんだが」


 風人が探しているのは、正体は分からないがきっと竜が暴れていることの解決に繋がると風人が勝手に信じている物だ。


 「これで違ったら笑えないな。でもあの時、こいつの口の奥に光る物があったんだ。きっとそれが今回のイベントを解決するフラグだ、と信じたい」


 とガッツポーズをすると集中力が途切れ、魔法の裂け目からドロドロの液体が少量流れ込んだ。風人の靴の先に接触するだけで煙を発し溶け出したので消化液と判断し、


 「わ、わわわ《ワープ》、《ワープ》!!」


 慌てて魔法──目に見える物を目に見える範囲内に移す魔法──を使い魔法内の消化液を除去する。


 「危ない危ない、マジで消化液だ。こんな威力があるなん…ん?」


 消化液の強力さを物語る爪先の溶けた自分の靴を見るとその先に光る物が見えた。


 「よっしゃラッキー!!さっそく見つかったぜ!!後はこれを持ち帰ればって…ええぇっ!?」


 なんと消化液はさっきまでとは比べ物にならない程、壁面から降り注がれた。


 「…っ!?」


 魔法の壁をも破って風人を溶かさんと消化液が迫る。慌てて魔法を展開し直すも薄い紙を破るように消化液は落ちる。

 風人が諦め、自分を溶かすであろう消化液を見上げるとそこだけ他より天井が高くなっていた。空洞があることにかけた風人は、


 「《ワープ》!!」


 自身の生死を賭けて魔法を叫ぶのだった。



 「か、カザト…様」


 上空を羽ばたく竜を見上げ、プラシアは絶望の淵に突き落とされていた。竜が風人に大口を開いて風人に迫り、風人が姿を消した。それは風人が竜に捕食されたことに他ならない。


 「ご主人様どこー?」


 シエルは呑気な台詞を言いながら竜のいる高さまで跳躍する。比喩ではなく本当に素足で跳んだのだ。シエルにも少なからず女神の加護が付与されているらしく身体能力は前から目を見張るものがあった。今更それでプラシアは驚かない。驚くこともできない。自らの希望がこの世から消え、残ったのは絶望だ。絶望への恐怖と希望の喪失によりプラシアの体は小指一本動かなかった。


 「ギュルルルルルルォ!!」


 竜が我が身に近付くシエルを払いのけようと放つ咆哮にもシエルはびくともせず遂に竜のゴツゴツとした背中に乗り立つ。そして、


 「うにゃぁぁぁぁー!!」


 と叫び、硬い鱗に剣を突き立てる。この剣も女神の補正のようで、彼女の任意で好きな時に剣──飾り気がないが切れ味のある──を出すことができる。危ないので風人は使用を固く禁じていたがシエルは覚えていないようだ。


 「ご主人様ー、この中にいるんでしょー!!」


 やはり風人を探しているようで弾かれてもなお何度も剣を不恰好に打ち付ける。猫がドアを引っ掻いて部屋に入れろという印象を猫を知っている人は思うだろう。

 プラシアにはその行為を恐ろしくも勇敢に思えた。主人のかたきを取ろうとする従順な忠誠心と取れた。


 (シエルさん…そうですよね。大事な人を目の前で殺されたのに恐怖にかられて何もできないなんて、本当にその人を大事に思っていたとは言えませんよね)

 「ドラゴンだろうが、なんだろうが、カザト様の敵は…それでカザト様が帰って来ないと分かっていても…絶対に許しません!!プラシア・レデン、最後にせめて一撃でもあなたに浴びせてみせます!!」


 膝を震わせながらも最後には凜々しく立ち上がり、浮遊する白きドラゴンを睨む。

 両手を広げ前に突き出し竜に向ける。


 「シュラーク…ニーダ…ウム…ツァーオ!!」


 ゆっくりとフレーズごとに辿るように唱える。たどたどしさに苛立ちを覚える程に時が経っているにも関わらず、竜が何もしないのはシエルに構っていたからだろう。詠み終えたプラシアはまっすぐに竜を見据え。両手で照準を合わせる。


 「フェアヴルカーン!!」


 最後のワンフレーズを叫ぶと掌に丸い魔方陣が浮かび大きな炎の塊が湧き出た。それが質量など気にもしないようなスピードで見事竜の腹部に激突した。プラシアはその安心感と魔法の反動で腰から地面に倒れる。竜は魔法の当たり所が悪かったのか悶えて体をくねらせている。


 「落ーちーるー」


 背中に乗っているシエルは魔法こそ当たりはしなかったものの振り払われそうになっている。必死に鱗にしがみつくも遂に手を離してしまい、地面へとまっ逆さまに落ちて行く。


 「シエルさん!!」


 プラシアは叫ぶも魔法で体力を使い果たしろくに動けない状態で助けに行くことはできない。とても見ていられず目を瞑る。


 「わーご主人様いたー!!」

 「シエル!?何でこんなところに!?ってやべぇ、落ちてんじゃん!!」


 プラシアには幻とも思えるやり取りが聞こえ再度藍色の目を開ける。そこには、薄汚れた風人がシエルを抱えゆっくりと降りて来ていた。天の使いでも舞い降りたように───否、プラシアにとってはそれ以上に喜ばしいことだった。


 「ご主人様臭いー」

 「うん、色々とあって綺麗じゃないからしばらく近付かないようにね」

 「分かったー」

 「よし、良い子だ」


 地上に付いてからのやり取りを何事もなかったかのようにしている二人を唖然とした表情で見ていた。大粒涙が止めどなく流れているのにも気付かず。


 「プラシア、怪我はなかった?」

 「ひゃっ、ひゃい!!」

 「変な返事ー」

 「って、私の身より何でカザト様は無事なのですか!?竜に食べられてしまったのに!?」


 シエルに笑われ現実に引き戻され風人に迫る。気圧されながらも、


 「何かがあるのが見えたから思いきって飛び込んでみたから」

 「そんな軽い気持ちで行く所じゃないです!!」

 「…シエルにも言ったけど、あんまり近付かない方が」

 「…え?あ、臭いますね。まさか…」

 「それだけは避けなければと思ったんだけど、竜の腸内環境に逆らえなかった」


 皆まで言わずとも状況を理解してしまったプラシアは一歩、いや三歩ほど後退りした。風人が軽くショックを受けていると大地に大きな振動が走る。震源の方を見るとぐったりした竜が倒れていた。


 「やっと楽になれたってとこかな」

 「私、やり過ぎちゃいましたかね?」

 「多分、眠ってるだけだから。起きたら話聞いてみよう」


 規則正しい寝息をしている竜のゴツゴツとした鱗を優しく撫で同時に回復魔法を使い傷を落とす。


 「竜と話すなんて…もう話に付いて行けません」


 疲れていたのは竜だけではなくプラシアは膝から崩れ、シエルはその肩で寝息をたてていた。

シ「ご主人様ー、竜のアレになった気分はどうー?」

風「相変わらず、笑顔で嫌なこと聞いてくるね。こっちのシエルは」

シ「でー、どうなのー?」

次回 伝説

風「…詳しくは次回の本編で明かされるから今回は」

シ「事実じゃなくて気持ちだよー」

風「…昔、そういうアニメ見て笑ってたけど、笑い事じゃなかったんだな、って」

シ「それを見た時から命だったんだなって思ったー」

風「うまくないから!?」

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